404豚 公爵家の風紀部隊リーダー

 ヨーレムの町、中心部にある広場で一人の男が町の住民を大勢集めていた。


「シルバだ! 守護騎士ガーディアン筆頭候補だぞ! あれがダリスの国宝、付与剣エンチャントソードだ!」

「……スロウ様。シルバさん、やっぱり人気者ですねえ」

 

 シルバにはヨーレムの町中で人を集めろと伝えていた。

 シルバが平民の中でとんでもない人気者なのは知っていたけど、あいつが剣を持って町中を歩くだけでこれだけの人が集まるとは……。


 中にはヨーレムに避難したクルッシュ魔法学園の生徒も大勢いる。俺とシャーロット、クラウドはシルバが集めた観衆からちょっと離れた場所で、その様子を伺っている。


「スロウ様、どうしてシルバさんに人を集めろってお願いを?」

「この町に潜んでいる父上の敵をおびき出すためだよ」

「い、いるんですか? その……錆って呼ばれる人たちが……ヨーレムに……」

「いるよ。だけどシャーロット、そこまで心配することはないよ。錆の連中は、絶対に一般人を狙わないからね」


 しかし父上が錆の連中と戦うなんて奇妙な話だ。

 やっぱり俺が未来を変えたからか?


 確かに俺はドストル帝国との戦争が起きない未来に誘導した。あちらこちらに俺の知らない歪が起きているとは思うけど……。

 例えばシューヤがアニメ程強くならないとかさ。


 そういえばシューヤの奴、王都で元気にしてるかな。女王陛下にお気に入りになったシューヤには無茶な仕事が沢山与えられているだろうな。風の噂ではシューヤが王室騎士ロイヤルナイトになったなんて噂も聞こえてくるけど、それで終わりじゃないだろう。


 まあ、今はこっちに集中しよう。


「シルバ! 俺の息子に剣の稽古をつけてくれ!」

「今夜はうちに泊まっていってくれ!」


 アニメの中で火の大精霊を身体に宿すシューヤは当初、女王陛下にも大いに危険視された。そんなシューヤを殺すために、錆の連中は利用された。


 だけどシューヤは危険じゃないと判断したのも錆の連中だし、帝国に向かったシューヤをサポートしたのも錆の連中。

 あいつらが全滅して、シューヤが涙を流すぐらいには――気のいい連中だった。


「……いた」

「スロウ様。どの人ですか?」

「それは秘密。あっちにばれることは避けないとね」


 一般市民の中に、そいつは溶け込んでいた。

 灰色の外套を羽織って、若干癖のある長い黒髪。生気のない瞳は、ぼんやりとしてどこを見ているのかも分からない。

 平民の中に交じってしまえば、誰も注意を払わない影のような男だ。


 だけど、俺は覚えている。

 あれはアニメの中じゃ救国の英雄、その一人。シューヤを逃がすために死んだ男。


「……方針変更だ」

「え? スロウ様? どこに行くんですかっ」


 公爵家の当主だけが動かせる私設部隊――錆ってのは、俺も思い入れがある。ドストル帝国に向かったシューヤ御一行を影から支え続けた大人たちだからだ。


 錆の中心人物が人の輪から去っていく。そいつの名前はイチバン。戦場だと、あの長い髪を後ろに結んで、印象に残る可笑しな笑い方をする男。

 

「……シャーロットはここにいてくれ。俺はちょっと用事が出来た」

「スロウ様! 接触はしないんじゃなかったんですかっ!」

「クラウド! シャーロットの傍にいてくれ!」

「了解。こちらはお任せ下さい」


 シャーロット、散歩だと思っていたさ。

 だけど、あいつの姿を見たら身体が勝手に動き出していた。

 錆の実働部隊の中でも、リーダー的な役割を担うことが多い――イチバン。


 父上たちはクルッシュ魔法学園で錆の連中と戦うための準備をしている。あの慎重な父上がここまで大掛かりな準備をするってことは、もう戦いは避けられないんだろう。

 

 俺は歩き出した男の肩を後ろから叩いた。 


「ちょっと待ってください、ハンカチ落としましたよ」

「ハンカチ……? 俺のではないと思うが……」


 イチバンに話しかける。

 この男は父上に長年仕えてきた男だ、俺のことも当然知っているだろう。だけど、俺の姿を見ても顔色一つ変えないのは見事だった。


「君の勘違いだろう……」

「じゃあ、こうすると? これでも勘違いだと言いますか?」


 魔法でハンカチの上にオオカミの顔を描くと、イチバンは目を見開いた。


「……」


 錆は闇に生きる連中だ。戦場や仕事中、錆の構成員はいつも素性がばれないように仮面をつけて仕事を行う。イチバンに与えられた仮面はオオカミを模していた。


「ひひっ……」


 イチバンが小さく唸って、笑い声を出した。

 聞きなれたイチバンの卑屈な笑い方。アニメの中じゃシューヤを驚かすことが好きで、闇の中で存在を消してシューヤをビビらせていた。


「……公爵様だって、こっちの姿は知らないんだけどな……若様……俺に何用か?」


 イチバンの声は驚きを隠し切れない――そんな声だった。



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