397豚 両翼と共に、動き出す
俺達の宿泊先として提供された宿。
そこはクルッシュ魔法学園で俺を慕ってくれた二人の後輩が生まれ育った場所。
ティナの計らいもあって俺やサンサはこの宿の最上階に泊まることになり、夕食の場には俺以外の学生の姿も見えた。だけど、俺と同席していることに彼らは随分と恐縮しているようだった。まあ、俺の隣に座るシルバは平民にしてカリーナ姫の
俺と同じく最上階に泊まっている筈のサンサの姿はない。あいつはあいつで父上がクルッシュ魔法学園で何をしているのか探るため、ヨーレムの町を駆けずり回っているんだろう。
食事中は同席していたティナと話しながら、楽しい時間を過ごすことが出来た。
「――状況の整理を始める。クラウド、お前を見張っていた男は消えたか?」
深夜にシャーロットが寝静まったことを確認すると、俺は二人を呼び出した。
場所は冷たい夜風がびゅんびゅんと吹く宿の屋上。頭を覚ますにはちょうどいいし、ここからはヨーレムの町を見渡すことが出来る。
本来は立ち入り禁止の場所だけど、宿のオーナー。つまりティナの父上にお願いすると快く扉を開けてくれた。
「ええ、スロウ様。綺麗さっぱりと気配が消えました。ヨーレムにまで俺を見張るようなら、こっちから仕掛けてやろうと思っていたんですが……」
「クルッシュ魔法学園でお前の行動を制限していたのはあの子か?」
「公爵様の
自分よりも一回り以上も年上のクラウドへ命令を与えるっていうんだから、あの子は本当に凄い子だ。
「クラウド。お前が潜っていた理由、学園が再建した影響か」
「ええ。公爵様は魔法学園で戦う許可を女王陛下から取りました。来るべき戦いに向けた下調べ、俺の潜入理由はそのためです」
クルッシュ魔法学園の敷地は広大である。
このヨーレムの町がすっぽりと入ってしまうぐらいの敷地面積を持ち、学園に一年以上、真っ暗豚公爵として在学している俺でも全容は把握出来ていない。というか何の目的で使うのか分からない校舎だって幾つもあるし、広大な農地も存在していたり、全容を把握しているのは学園長ぐらいって話だ。
「もっとも公爵様の来訪が想定以上に早く、途中で俺の仕事も打ち切りとなりましたが……」
「あー坊ちゃん、ちょっと確認したいことがあるんすけど――」
シルバの奴は屈伸をしながら、声を上げる。寒いはずなのに、外套すら羽織っていない。
「公爵様は俺達の関係を当然、知ってますよね? つまり、俺たちは嘗て坊ちゃんの両翼だった。それが今、俺とクラウドの旦那はあの頃と同じように坊ちゃんの傍にいるよう命令を受けた。これって――」
「シルバ、お前の考え通りだ。ヨーレムの町に何かがある」
「っすね。了解っす」
俺とクラウド、シルバの3人が父上によって、ヨーレムの町に集められた。
これが何を意味しているのか。
クラウドもシルバも有能だ。二人の働きはサンサの直属騎士よりも遥かに上、場合によっては父上の直属騎士すら勝るだろう。
「クラウド、俺も確認したいんだが……あの人から俺に何か言伝があるとか……」
「あります。これも学園から去る際に、ミントから伝えられただけですが」
クラウドは人差し指をおでこに当てて目を瞑り、何かを思い出すかのように言葉を発する。俺の父上からの伝言だ。
「やり方はスロウ様に一任する、とのことです」
「……それじゃあ、なんのヒントにもならないな」
本当に父上の秘密主義には呆れるしかなかった。
もっとあるだろ……何が一任するだよ。
「でも、やるしかない。お前たちも気づいているだろうが、相当ヤバい状況だ。折角、綺麗になった学園をまた壊されても溜まらない」
俺は屋上の端に向かって、頭の中を整理しながらゆっくりと歩き出す。
大きな何かが始まろうとしている。それは多分、俺一人の手には負えない。そう父上が考えたからこそ、二人の有能な騎士が俺の元へ集められた。
「クラウド、シルバ――お前たちは交代でシャーロットの護衛を。手が空けば、お前たちのやり方で町の様子を探れ。好きなようにやればいい」
「「
神妙な顔で頷く二人。
事態は恐らく、非常にヤバい。女王陛下がクルッシュ魔法学園を戦場とする許可を出し、モロゾフ学園長までが避難するよう声明を出した。
事態は差し迫っている。父上が俺を頼るぐらいの緊急事態。もはや、シャーロットに学園から逃げようとか言っている場合じゃない。
「……」
屋上の手すりに片足をかけて、思う所があり振り返った。
二人は俺が想像していた通りの表情をしていた。
シルバは口元に笑みを浮かべ、クラウドは変わらず仏頂面。二人に共通しているのは、これから起こる何かを楽しそうに待ち構えている、そんな心情が抑えきれていなかった。
「これは今更の話なんだけどな……」
この二人には大きな迷惑を掛けた。
俺が在るべき次期公爵家の当主というレールを外れたことで、二人の人生設計が狂わされたことは間違いないだろう。本来なら俺を親の仇のように恨んでも可笑しくない。だけどこいつらは、再び俺の元に戻ってきてくれた。
「二人とも、頼りにしている」
豆鉄砲を食らったかのような二人の顔。
それ以上、恥ずかしくて見ていられず――俺は宿の屋上、地上20メートルから地面に向かって飛び降りた。
―――――——―――――――———————
恥ずかしかった模様。
次話から、『
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