396豚 ヨーレムの宿

 デニング公爵家の中でも専属従者サーヴァントと呼ばれる人種は特別だ。

 サンサにとってのコクトウ。俺にとってのシャーロット。頼りになる騎士とも違い、家族以上の繋がりを感じられる関係。それが公爵家の直系と専属の従者。

 

「参ったなあ、そう来たか……やられたね、シャーロット」

「やられました。ミントちゃんがまさか公爵様の特別な人だったなんて……でも、年の差。凄くないですか……?」

「あのおっさん、何歳離れた子を従者にしているんだよ……ド変態かよ……はぁ、これ楽だ」


 俺もシャーロットもやたらと落ち着く部屋でウッドデッキに座り、力を抜いて脱力していた。馬車の中で揺られて固くなった身体がほぐされる。何だか眠気を誘う良い匂いもするし、部屋の隅に置かれた黒い観葉植物、あれの匂いか? 


「スロウ様、私たち、こんなにのんびりしていいんでしょうか……」

「いいんだよ、シャーロット。どうせすぐに忙しくなるんだから」


 全ては俺の元にやってきた新しい従者候補、あの子の正体が見抜けなかったこと。元からミントちゃんが父上の関係者であることは分かっていた。分かっていたさ。それでも父上の専属従者サーヴァントだなんて――あり得ないだろ。

 あの二人、何歳離れているんだよ。ミントちゃんはあのサンサが認めるぐらいの優れた魔法使いなんだろうが、あの父上の専属だぞ?


 この騎士国家ダリスでも名高い現役のデニング公爵の専属従者があの子でいいのか? 公爵の専属従者だったら、式典に招かれる機会だって俺以上だろうし。


「――坊ちゃんとシャーロットちゃん。夕食の時間だけど、どうします? この部屋に届けてもよう、俺が宿の人に伝えてもいいっすけど」

「食べるよ、シルバ。食べるに決まってるだろ」

「っすよね。ほら、落ち込み続けるのは坊ちゃんらしくないっすよ。あ、この部屋。何だか良い匂いがするっすね」


 ノックもせずに、俺達の部屋にやってきたのはシルバだ。あいつは土足で部屋の中に足を踏み入れて、しげしげと部屋の内装を眺めている。

 俺は椅子から身体を起こして、靴を履きなおす。シャーロットはもうちょっと部屋でゆっくりしたいみたいだから、先に食堂へ向かうか。


「坊ちゃんの部屋にもあの椅子があったんすね。あれ、気持ちいいっすよねえ。クラウドの旦那が言ってたんすけど、あれ一脚で業物の剣が買えるとか……。はあ、嫌になっちゃいますね、これだから貴族っていう奴は……」

守護騎士ガーディアン候補にも選ばれた男が、今更それを言うのかよシルバ。お前だってカリーナ姫の傍にいたときは良い生活していたんだろ」

「俺の心に染み付いた庶民感覚は中々、消えないっすよ、坊ちゃん」


 クルッシュ魔法学園から早々に追い出された俺達はヨーレムに街にやってきた。

 一応は公爵家関係者である俺に提供された宿は街でも三本の指を現す最高級のもの。しかも、最上階にある四室の内の一室だ。

 到着してから、至れる尽くせりの歓迎を受けている。


「坊ちゃんからも言ってくださいよ、どうして俺とクラウドの旦那が同じ部屋なんすか。俺達もいい年齢なんすから」

「諦めろ、シルバ」

「はあ……あんだけ上等な部屋に泊まらせてもらうんすから、これ以上は何も言わないっすけど……。坊ちゃんはいいなあ、シャーロットちゃんと一緒なんて」


 俺とシャーロットの部屋は同じ個室、そしてクラウドとシルバの部屋も一緒。

 あいつらはどうして自分たちが同室なんだって文句を言っていたけど、仕方ないだろ。ヨーレムの町はクルッシュ魔法学園関係者が突然、大挙したせいでパンク寸前なんだから。


 さて、何故ただの学生である俺がこんな上等な部屋に通されたかというと、理由は幾つかある。一つは公爵家関係者であること。うん、それが最も最たる理由だろう。どこだって公爵家デニングの名前は勝手に影響力を発揮するからな。

 でも今回はちょっとだけ違う。何て言うか、それだけじゃないんだ。

 

「あ、先輩! やっと降りてきてくれたっ! お部屋の居心地はどうでした!?」


 ここはクルッシュ魔法学園の後輩。黒髪黒目の一年生、ティナの家族が経営する宿なんだ。


 

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最近書いている新作もよろしくお願いいたします。

珍しくイケメン青年が頑張る転生学園ものです。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054921865154


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