392豚 もう一人の片翼

 父上がクルッシュ魔法学園にやってくるって、サンサは知らなかったみたいだ。あいつが近づいてくると、コクトウに喚く声が聞こえてくる。


「コクトウ、何がどうなっている。どうしてこのタイミングで父上がクルッシュ魔法学園にくるんだ。父上は私に全てを任せると言っていた――。スロウの従者は私が選ぶ筈だった!」

「サンサ様。落ち着いてください。公爵様から直接、聞けばよろしい」

「あの父上だぞ。直接顔を合わせるのがいつになるか! また私は騙されたんだ」


 ふうん、サンサは知らなかったのか。やっぱりミントちゃんとサンサは繋がっていないな。サンサは父上の掌で転がされていただけか。


 バルデロイ・デニングは徹底した秘密主義だ。

 苦労は自分一人で背負う性格で、口数も多くない。今回、サンサは父上からの命令で動いていたようだけど、何か思い違いがあったのか。アニメの中でも、父上は最後までシューヤの力に懐疑的だった。いつか火の大精霊の力を使って、ダリスに歯向かってくるんじゃないかってな。あの人は疑い深くて、身内だって心の底から信じていないだろう。


「サンサ様。ここはクルッシュ魔法学園です。誰が見ているか分かりません。落ち着いてください」

「分かっている、私は十分冷静だ」


 嫌だなあ。サンサの奴は生真面目だけど、あんな風に融通が利かないところもある。何か怒ってるみたいだし、俺に八つ当たりされてもなあ。


 その時だった。


「よーお。坊ちゃん! 久しぶりじゃないすか、元気してましたかっ!」

 

 思考は、場違いに明るい声で遮られた。


 この学園に通って一年と半年に満たないぐらい。俺も大分、学園生活に溶け込んだと思っているけれど、それでもこんな気安く声を掛けてくる人物は限られている。

 というか、いないよ。うん、こんな風に俺に馴れ馴れしく喋りかけてくる奴なんて。しかも俺の肩を掴んでくる奴なんているかよ。てか、痛いって。


「へへ、久しぶりっすね。坊ちゃん」


 しかもそいつは肩まで組んでくるんだ。俺はこれでも結構、学園で恐れられている。誰だよと聞こうとする前に、声だけで何者か分かってしまった。


「……おいおい、嘘だろ、お前までクルッシュ魔法学園にやってくるのかよ」

 

 片目を隠す長い前髪に、学園の陰鬱な空気とは打って変わって明るげな姿。

俺が真っ黒豚公爵になるまでは公爵領地で常につるんでいた男。

 平民の期待の星。シルバはにっかりと笑って。

 

「俺だけじゃないっすよ、なんとクラウドの旦那もいます。坊ちゃん、気付いてましたか!? クラウドの旦那、ずっとクルッシュ魔法学園に潜入してたんすよ!」

「それは知ってる。あいつの下手くそな変装はすぐに見破った」


 すると、シルバは目を丸くして。


「っはは、だから俺は言ったんですよ。あのクラウドの旦那が潜入みたいな器用な真似は無理だって」


 案外、上手に溶け込んでいたけどな。

 公爵家のシンボルカラー、紅の外套を着込んだシルバが話しかけてきたことで、いつの間にか、サンサは俺の視界から消えていた。


「それよりシルバ。どうなってる。父上にサンサ、それにお前やクラウドまで集まってきて……一体、何が起こるんだ」


 絶対に可笑しい。

 公爵家関係者はダリスのために、眠る暇がないぐらい働いている。今のクルッシュ魔法学園は平和だ。平和なのに、サンサだけじゃなく、父上まで来てしまった。

 現役の公爵と、次期公爵家の一人。何かが可笑しい。


「ああ、ちょっとそれはですね……まだ言えないです。だけど――」


 すると、シルバはどこからか学園の地図を取り出して、あ、この近くに公園があるんすね。ちょっと移動しましょうとか行って、俺の腕を強く引っ張った。


 

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