390豚 クラウドとの再会

 誰もやってこない店内で、俺はクラウドの姿を見つめていた。


「スロウ様……何故、ジオールに……」

「……」


 お互いに久しぶりすぎて何も言葉が出てこない。

 だってさ、もう何年ぶりだよ。10年位か?

 クラウド、嘗ての俺の片翼の騎士。

 赤銅色の短髪は相変わらずで、黒の執務服を着てカフェ店員の真似事か?随分似合ってるじゃんか、おい。


「彼女の指示通り誰とも接触せず、大人しくしておりましたが……ばれてしまうとは……はあ、だから俺は言ったんですよ……俺がクルッシュ魔法学園に潜入するなんて……らしくないって」

「……まさか、お前が学園にいるとはな」


 だって……ここ、ただのカフェだっぞ?

 クラウドがカフェの店員? なんで? 意味が分からない。

 頭が混乱している俺を他所に、あいつは店の扉を閉めて、窓のブラインドを降ろす。  

 あいつはあいつで俺がやってきたことに驚きが隠せない様子だったけど。てきぱきとカウンターに入って、何やら作り始めていた。

 

「え。ここ、お前の店なの? 勝手に閉店にしていいのか?」

「問題ないです、今は俺の店のようなものなので。それに滅多に誰も来ませんから」


 クラウドが俺の騎士でなくなってからはその器用さを買われて、俺の家族から便利に使われているなんて噂を聞いたことがあるけれど。


 まさかカフェの店長をやっていたとは。

 てか、大精霊さん。あいつ、この店にいるのがクラウドだったって絶対気付いただろ。先に言ってくれればいいのに、性格の悪いやつだ。


「お前の店なのか……そうか立派になったな……クラウド、お前に商才があったなんてな。昔から器用だったもんな」

「すいません、そういう意味じゃないです。このジオールは公爵家が出資していて自由に使えます。スロウ様、これ飲みますか」

「成程、そういうこと。うちのお抱えってことか。お、ありがとう」


 ほっと一息、懐かしすぎるその姿。

 こちらを見つめる大きな瞳、見る者を落ち着かせる朴訥な姿。

 クラウドの近況は風の噂で聞いていた。その器用っぷりから公爵家関係者が嫌がる護衛仕事なんかを中心に、良いように使われていたらしい。


「えーと、クラウド。色々聞きたいことはあるが、あー、元気だった?」


 そんな言葉しか出てこない俺の頭の不器用っぷりに嫌になった。 

 何が元気だった、だよ。クラウドは俺の被害者だろ。



 クラウド・ムスタッド。

 才能ある魔法使いとして、10代前半の頃からデニング公爵家に送り込まれたムスタッド家の次男坊。

 任務に実直に取り組む姿勢と、誰からも信用される誠実な人柄が高く評価されて、俺の直属騎士として父上から推薦された。


「俺は他の騎士とは異なる道を辿っていたので、悔しくないのかと言われる機会も多かったですが……」

「だ、だよな……悪い、それは全部ーー」

「スロウ様、その言葉は、言わせませんよ。だって、俺は自分の選択に後悔なんてありませんから」


 俺が真っ黒豚公爵にならず、次代のデニング公爵となっていたら公爵家の中でも高い地位に就くことが出来ただろう。

 あの頃の俺は次期公爵として成長するよう求められていた、そんな俺の直属となるんだからこいつも相当将来を渇望されていた。


「俺は……スロウ様の片翼として在り続けた過去を恥じることはありませんでした。ここ最近のスロウ様の活躍を耳に聞き、誇らしい気分で胸が苦しい」


 ……俺を恨んでいても全く可笑しくないけれど、あいつはそんな様子を欠片も見せなかった。


「スロウ様。この通り、公爵家の人使いの荒さは相変わらずで、そこには思うところはありますが。この俺がカフェの店員ですよ? 笑ってしまう」


 クラウドは相変わらず、人の好さそうな笑みで、温かいお茶を飲んでいる。

 

「……お前は何でもできるからな、適任だよクラウド」

「それは買いかぶりというものです」


 昔から、そうだったよな。

 クラウドって男は痒い所に手が届く男なんだ。

 何をやらせても、卒なくこらす。シルバが一転突破型ならクラウドは万能に何でも出来る。


「そんなお前に聞きたいことがあるんだけど……父上が来るってことは、ここで何かしらの戦いが始まるってことでいいな?」

「……」


 クラウドは元からシルバみたいに饒舌な男じゃない。


「……」

「言えないなら、言わなくてもいい。お前がここにいるってだけで、わかることがある」


 大精霊さんはミントちゃんを探って、クラウドに辿り着いたのだ。

 つまり、二人は繋がっているんだ。父上からの信頼も厚いこいつが、クルッシュ魔法学園に派遣されているって事実。


「坊ちゃん、俺はただの騎士です。上の命令には、従うのみ」

「……悪いな。探るような真似をして。もう、これ以上は何も言わない。お前はお前の仕事をしてくれ」

 

 今の発言で大体わかった。

 クラウドは言葉にしないでも、その態度で俺に雄弁に伝えてくれた。


 ーークルッシュ魔法学園は、戦場になるって。


「……とりあえず、乾杯するか」

「ええ、そうしましょう」

「「再会に」」


 その後小一時間。

 俺たちは思い出話に花を咲かせた。


 そうだ、あとでシャーロットにもクラウドがここにいるって教えてあげようっと。二人とも仲良かったからな。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る