378豚 従者、選抜試験

 何度もサンサに確認した。 

 けれど、あいつは真剣な顔で父上がその内、この学園にやってくるとしか教えてくれなかった。あのクソ忙しいおっさんが、ただ俺の従者を決めるためにクルッシュ魔法学園に滞在する? はあ? それってどんな冗談だよ。 


「スロウ様、顔色がとても悪いんですけどどうしましたか? 賞味期限切れのパンでも食べましたか?」

「……嫌な夢を見たんだよ」

「ゆめ? スロウ様でも夢を見るんですね」

「ビジョン、お前は俺のことを何だと思ってるんだ」


 学園を守った俺の威厳はどこに行った。

  

「実の姉を公衆の面前の前でボコボコにした大人げない人でしょう。今や学園の大多数がサンサ様に同情してますよ?」

「……ほら、口を動かすよりも手を動かせよ。自習だからってサボっていいわけじゃないぞ?」

「スロウ様だってぼんやりしていたじゃないですか」

「俺はもう解き終わったんだよ」


 突然、授業が自習になった。自習時間として、大量の課題が与えられクラスの大多数が頭を悩ませている。俺はすぐに解き終わったけど。


「ビジョン……お前、俺の父親がここにに来るって聞いたらどう思う?」


 隣でみんなと同じように、ぶつぶつ計算問題を解いていたビジョンに話しかける。こいつは魔法演習の成績はそこそこいいが、こういう算術系は苦手だ。


「デニング公爵様ですか? そんなの天地がひっくり返ってもあり得ないですよ」


 あいつは手をひらひらとさせて言った。


「このクルッシュ魔法学園を戦場にするつもりですかって話です」

「だよなあ」


 俺の父上は誰よりもこの国の民のために尽くしている。

 公爵家の当主として、現在進行形を人生を民に捧げている。


「スロウ様、本当に顔色が悪そうですよ? 医務室に行ったほうじゃいいんじゃないですか?」

「そこまで重症じゃないって……ほら、喋るより手を動かせよ」

「スロウ様が喋りかけてきたんじゃないですか」


 公爵家の当主は敵が多い。

 バルデロイ・デニングいる所、血の雨が降るなんて通説が流れるくらいにな。


 あの人が来るって話が広がったら、この学園にいる平民の中には逃げ出す者も出てくるだろう。




 まだサンサは父上来訪の話を学園に広める気はないようだった。

 俺……逃げ出してもいいかな?

 

「スロウ様、何、外見てるんですか。次の授業に向かいますよ」

「うっせ。分かった、行くよ」


 父上との相性、悪いんだよなあ。

 いや、俺だけじゃないか。俺の兄妹、全員が父上を尊敬しているけど苦手としている。それはあのサンサも例外じゃない。


「そういえばスロウ様。あの緑色の髪をした女の子は何者ですか?」

「緑色の髪? ああ、ミントちゃんか。あの子は俺の新しい従者候補だよ」

「へ? スロウ様にはシャーロットさんがいるじゃないですか」


 俺もそう思うぞビジョン。


「シャーロットが俺の従者として相応しいのかって疑問視している奴がいてな。強さ的な意味でだけど」

「でも、あの緑髪の子、平民ですよね? まさかあんな可愛い顔してるのにとんでもない実力の持ち主ってことですか?」


 らしい、と呟くとビジョンは青ざめた。

 何せ、あのサンサが俺の従者として推薦してくるぐらいだからな。俺が認めるって自信はあるんだろう。


 

 姉上、サンサ・デニングによる俺の従者、選抜試験。

 サンサの考えによると公爵家の従者として一番に必要な能力は、危機を察知する能力だという。


 俺たち公爵家の人間はいつだって狙われているから、傍にいる従者は何があっても主人を守り切る力が必要だと言っていた。分からんことはないけど。


「スロウ様、が、頑張ります!」

「若様! 今日はよろしくお願いしますッ!」


 シャーロットもミントちゃんも緊張気味。特にミントちゃんは俺の部屋をめちゃくちゃにしてしまった負い目もあるんだろうけど、ガチガチだ。


 よし、ここは俺が二人の緊張をほぐしてあげないとな?


「サンサ達も本気で襲ってくるわけじゃないし、二人ともリラックス、リラックス。そう言えば、ミントちゃんはどこ出身なの?」

「えっと私は……」


 授業中を除いた纏まった時間。

 二人はできるだけ俺の近くにいて、サンサ達の奇襲から俺を守るらしい。


 でも実際にあいつらが攻撃を仕掛けてくるわけじゃない。

 あくまで攻撃を行う予備動作まで。

 だから必要以上に気負う必要なんてない——と思っていた。


「ミントちゃんはさあ、サンサに強要されてるんじやゃない? 俺の従者になったっていいことないよ? 苦労ばっかり掛けて、見返りなんて無いに等しいし。俺の父上の従者なんて何人変わったか……」


 でも、すぐに理解する。

 俺は君を舐めていた。

 サンサが推薦した女の子、普通じゃないことは分かっていたのに。


「若、ご容赦を——」


 何気なく放課後の学園を歩いていると、俺の左側を守っていたミントちゃんが俺の腕を取った。


「——来ます」

「え?」


 華奢な身体からは信じられない力、そちらに気を取られると、ミントちゃんに足を払われた。足払いだ。

 ふらっと足が地面から離れて、顔が自然と上を向いた。


 俺の顔があった場所に、突き出された誰かの太い拳。 

 風圧に、目を瞑ってしまう。


 どしんと俺の尻が地面に激突。そして俺はその男を見上げる構図になった。

 僧衣を着た大柄の男。


「若。ミントがいなければ、死んでおりましたぞ」


 ようやく理解する。


「……コクトウ。今、俺を本気で殺す気だったろ」 


 サンサの専属従者サーヴァント、コクトウ。

 北方の鬼人と呼ばれた男が、校舎の屋上から飛び降りてきたのだ。

 そして、俺はこいつの攻撃に気付けなかったんだ。



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