368豚 騎士たちと一緒に
夜になると、途端に冷え込む。
俺はサンサの部下の騎士から外套を借りて、夕食が出来上がるのを今か今かと待っていた。
「サンサ様! サーキスタで手に入れた秘蔵の肉も全部入れちゃってもいいですか!? スロウの若様も待ちきれないって顔してるので、ここは一気にいっちゃいましょうよ!」
しかし、大鍋に具材を投入して夕食の準備をしている騎士さん達の手際のいいことよ。皆さんシャキシャキと働いて、活気もいい。
彼らを監督する者の教育が行き届いているからだろう。
シャーロットもお手伝いをしているし、俺も見ているだけじゃ悪いので、少しは夕食のお手伝をしようとするんだけど……。
「若様はそこでゆっくり休んでいてください! 俺たちが作りますんで!」
ほら、この通り。腰を浮かしたらこれだよ。
「デニーロ、サンサがこっちを睨んでるんだけど」
「あれはポーズですから! 若様は気にしなくていいですよ!」
騎士の何人かは俺も見たことのある顔だった。何だかんだでクルッシュ魔法学園に行くまではずっと公爵領地の本館にいたからな。知り合いは多いのである。
デニーロは俺よりも5歳ぐらい年齢が上の騎士だ。公爵領地で騎士見習いとして過ごしていた頃からムードメーカ気質で、それは今も変わらないみたいだ。
それに騎士さん方は意外にも、公爵家の問題児だった俺に好意的である。
「おい、デニーロ! スロウを甘やかせるな!」
「サンサ様! そんなこと言っても、スロウ様を休ませてやれって言ったのはサンサ様じゃないですか!」
「私はそんなこと、一言も言っていないぞ!」
「俺たちぐらいサンサ様と一緒にいると、雰囲気で分かるんですよ」
俺は公爵家の人間だけど、この場にいる最高権力者は俺じゃない。
あちらの人だ。今は騎士達の中に混じって、働いている女性である。名前はサンサ。俺の姉だ。俺が言うのもあれだけど、人間が出来すぎている。
「……まだかなあ。腹、減ったなあ」
大鍋の中に放り込まれる肉や野菜の数々。
騎士達がせっせとかき混ぜる大鍋はぐつぐつと煮えて、こっちにまで良い匂いが届くもんだから、たまんない。
俺はたった一人。
夕食が出来上がるのを、切り株に座って待ち続ける。
あ、お腹がぐーって鳴った。
「スロウ様、そわそわしても、ご飯は逃げません。もうすぐですよ」
「逃げるかもしれない。鍋に足が生えるかもしれない、誰かが俺の分まで食べるかもしれない」
「……逃げませんって。はあ、スロウ様はご飯に目がないこと、忘れてました」
「ぶひい」
シューヤの一件が片付いたから、目先の心配は何もない。
シャーロットとも一緒になれたし、食欲は涌く一方だよ。
「——スロウ様の分。持ってきましたよ、わあ! 誰も取りませんって!」
ふうふうしながら、一口ごくり。よし、スープにはしっかり肉の味が溶け出している。そして銀のフォークで皿に入った肉を口に運んでいく。肉だけじゃなくて、野菜も芋もたっぷり入っている。噛み締める度に旨味が溶け出した。
「うま! うまうまうま! シャーロット、お代わり!」
「え!? もう食べたんですか!? 一口じゃないですか!」
「シャーロット、お代わり!」
切り株の上で、隣にはシャーロット。
俺が夕食にがつがつぶひぶひしている姿を、全く困った人だなあなんて表情でシャーロットが見てる。
「デニーロ! 食え! 残さず、食え!」
「サンサ様! どうして俺のにだけ野菜多めなんですか! コクトウさん、笑ってないで助けて下さいよ! スロウの若様の皿に肉ばっか入れたの俺、見てたんですからね! これは差別でしょ!」
「余計なことを言うな! お前は好き嫌いが多すぎる!」
夕食を食べながら、和やかな談笑がそこら中で行われている。
サーキスタ大迷宮に向かう途中は国境沿いにいたごろつきに馬車の荷物なんかを狙われたりしたけれど、今はそんな心配一切無し。
公爵家の家紋が刻まれ、さらには公爵家の騎士であることを示すあの外套を着込んだ連中を、襲うやつなんてこの世界にはいないだろう。
サンサも部隊の騎士と楽しそうにしている。
公爵家の中でもサンサは兵士連中から抜群に人気がある、分かるような気がする。サンサは何て言うか、オンとオフがしっかりしてるんだ。
気を締める時は締めるし、気を緩める時はしっかり緩める。
ここだけの話、サンサのことを自分の娘みたいに思ってる騎士や兵士は多い。
「サンサ様、人気ありますよね」
「シャーロット。実際のところ、俺とサンサ、どっちの方が兵士から人気あるかな」
「……」
「悩むところじゃないって。サンサ一択だよ。あいつが次の公爵になれたらいいのになあ。そしたら、俺のことに構ってる暇なんか無くなるのに……」
さて、サンサから教えてもらった俺の従者交代の話。
敢えて俺が聞こうとしなかった話に、シャーロットから切り込んだ。
俺とシャーロットの話は自然と、そのことに。
「フリッカー家はもうありませんけど、昔は公爵家にも劣らない大貴族って聞きますから! ミントさんってどんな人なんでしょうね」
俺の従者候補の名前は、ミントって言うらしい。
サンサから名前を聞いて、平民かと思ったけど全然違った。俺がシャーロットと出会った頃に、女王陛下に取り潰しにされた大貴族フリッカー家の子らしい。
だから、家が取り潰しになる前の名前は、ミント・フリッカー。
「フリッカー家の連中は皆、自由連邦に向かったって聞いたけど……サンサの奴。フリッカー家の人をどこから見つけてきたんだか」
「サンサ様があれだけ褒めるんですから、きっと凄いお方なんでしょうね……」
新しい従者候補はクルッシュ魔法学園にいて、俺の帰りを待っているらしい。
それに馬車の中では、ミントって女の子がどれけ俺に従者に相応しいかサンサは語っていた。サンサの語り口はこれまで俺の従者だったシャーロットに十分、配慮するものだったからか、シャーロットは大きなショックは受けていないようだ。
しかし、あの厳しいサンサが太鼓判を押すミントって子はどんな人なんだろう……。
「あ、サンサ様だってニンジンこっそり避けてるじゃないですか! 俺に好き嫌いするなとか言ってそれはないですよ! スロウの若様を見て下さいよ! 好き嫌いせずに食べてますよ! というか十杯目ってスロウの若様、相変わらず過ぎませんかッ!」
ダリス帰還への旅は、シューヤやアリシアと行った旅よりもずっと楽だった。
何でもかんでも、公爵家の騎士さん方がやってくれるからだ。それに騎士達とサンサの絡みも新鮮で面白かった。
そしてダリス領に入って、俺は一つの違和感に気付いた。
サンサは俺と違って立場のある人間でとっても忙しい。
ダリス領に入ったらすぐにサンサは馬車を降りていなくなると思ったのに、ずっと俺と同じ馬車に乗っているのである。
え……なんで? 俺がずっとサンサの顔を見つめていたからだろう。
「お前がミントを受け入れるのか、見届けるためだ。スロウ、お前は私がいなかったら適当なこと言って、ミントを公爵領地に追い返す気だろ」
……バレていたか。
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次話でクルッシュ魔法学園に帰還します。
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