367豚 シャーロットは興味深々

 俺はサーキスタ冒険者ギルドからダリスへ連れ戻されていた。

 いや、連れ戻されているなんて優しい表現じゃだめだな。これは連行と言っていいだろ。俺は実の姉から罪人みたいな扱いを受けていた。


「い、いやだああああ」

「スロウ様! 落ち着いてください!」

「うわああああああああああああ」


 街道を走る立派な馬車の中。

 床も俺たちがサーキスタに向かうために利用した馬車とは違う高級仕様。

 乗っている者を分かりやすい示す公爵家の飾りが外にはつけられ、先を走っている人や馬車があれば、俺たちに恭しく道を譲っていく。

 サーキスタでも騎士国家の公爵家デニングの威光は十分にあるらしい。

 まあ、馬車の周りを公爵家デニングの騎士が守っているんだからそりゃあ退くよな! 


「俺はまだあそこにいたいんだああああ」

「スロウ様、そんなにあの場所が気に入ったんですか?」

「違う! そういうことじゃないって! 俺はただ、休養が早すぎって言ってるだけで!」


 同じ馬車に同席しているのは三人。

 俺の目の前に姉上であるサンサ、その隣には姉上の従者であるコクトウ。

 そして俺の隣にシャーロットが姿勢正しく座っている。

 シャーロットは俺と離れ離れの間、公爵家でサンサを信奉する者たちから随分と世話になっていたようで、彼らのボスであるサンサがこれだけ近くにいるもんだから、少し緊張しているみたいだ。


「おい、コクトウ。実の弟とはいえ、いい加減見苦しい。押さえつけろ」

「……サンサ様、いいんですか?」

「手加減するなよ? 本気でやれ」

「では遠慮なく!」

 

 斜め前に座る大男が急に立ち上がったかと思うと、腕を引っ張られた。


「えっ、いっつ!」


 しかも、とんでもない力で! 

 味わったこともない馬鹿力で抗う気にもならなかった。ふかふかの床に顔を押し付けられて、シャーロットが小さく悲鳴を上げる。


「痛いって! おいこら、コクトウ! 俺の上からどけ!」

「サンサ様の命令なので。若、我慢してください」

「ふざけるなよ! サンサ、こいつをどけろ!」

「スロウ、さっき窓から逃げようとしただろ? これでも優しくしている方だ」


 当たり前だろ!

 何が悲しくて、もうダリスへ帰らないといけないんだ。俺は一ヶ月ぐらいは休養を取ってもいい、それだけの偉業をサーキスタ大迷宮で成し得たはずだ。

 俺がどれだけのモンスターを倒したと思ってやがる!


 だけど、床に組み伏せられた俺に向かって、足を組んだサンサが偉そうに言う。


「お前以外の兄弟にとっては、あれは休養のとりすぎだ」

「俺の功績を考えたらあれでも少ないぐらいだろ! 二属の杖ダブルワンドだぞ! サーキスタとダリスにいる大精霊同士が作り上げた平和の証だぞ!」


 どれだけ祖国の平和に貢献したのか、こいつらわかってるのか?

 二属の杖ダブルワンドが両国のどちらかにある限り、二国の平和は約束されたようなものなのだ。それなのにサンサの俺に対する扱いときたら……。


 俺はシャーロットと仲良くサーキスタ観光プランまで考えていたっていうのに!


「お前の功績というよりは彼だろ? 今回の件は全てシューヤ・ニュケルンの功績にする、お前もそう言っていたじゃないか」 

「……」


 く、くそ……そういうことにするんだった!

 シューヤは今頃、俺の代わりに女王陛下から褒められているだろう。だけど、シューヤがこれからもずっと騎士国家で暮らしたいって望んでいるんだから、今回の功績はあいつに譲る以外の選択肢はなかった。

 というか、もう俺は今まで以上の功績なんていらないしな! 

 

「——おい、いい加減重いって! コクトウ、俺の上から退けよっ! それにサンサ! 俺がダリスへ帰ったってやることないだろ! 」

「昨日伝えた内容、もう忘れたのか? スロウ、お前にはクルッシュ魔法学園で新しい従者が待っている」

「だから、それは散々、断っただろ! 俺の従者はシャーロット一人だ!」

 

 シャーロットの代わりに新しい従者?

 そんなのありえないって断ったのに、サンサの押しが強すぎるんだ。

 俺がシャーロットといたいなら従者じゃなくて専属のメイドにでもすればいいとまで言い出し、俺たちの話し合いは昨夜、決裂した。

 ていうか、この場でそんな話を出すなって!


「……」


 ほら! シャーロットが悲しそうな顔してるだろ!

 シャーロットには従者交代の話をしてなかったなのに、今日、突然サーキスタからダリスへ帰るぞと馬車に押し込まれて、いきなりサンサにその話をされたんだ。

 その時のシャーロットの悲しそうな顔ったら、なかったよ。


「部下からシャーロットに関する報告は聞いている。勤勉でも、どうにも出来ないことはある。それが公爵家の専属従者という立場なら猶更だ。幾らシャーロットに強力な魔物が懐いているといっても、うちは本人の力量重視だ」


 ……シャーロットの膝の上にいるやつは強力な魔物どころじゃなくて、大精霊なんだけどな。


 はあ、こんな感じでサンサは俺の気持ちなんて全く気にしていない。


 サンサの言う通り、従者交代なんて公爵家の中ではよくある話だ。

 けれど、俺に限っては一貫して従者はシャーロット、というか俺の従者がシャーロット以外の誰かになるなんて話を聞いたことも無かった。

 クルッシュ魔法学園に入る前の俺はダメダメな真っ黒豚公爵すぎて、俺の従者になりたいなんて人がいなかったってのも理由だったんだけど……。


 俺がちょっと有名になったら、これかよ!

 

「スロウ。私もコクトウを従者に据えて、未来が開けた。お前も従者の力が私たちの未来にどれだけ重要かは知っているだろう」

「うははは。あの名高い若様と同席できるなんて、栄誉ですなあ」


 俺の上に載っている僧衣を着た大柄の男。

 確かにサンサは、コクトウという男を従者に得てから、急激に戦場で戦果を上げるようになった。サンサ・デニングとコクトウのコンビは、南方の力自慢の間じゃ知らない者はいないぐらいの有名人だ。


「コクトウ。本物のスロウ・デニングという男は名高いなんてものとは程遠いぞ。あまり期待しすぎるな、こいつの性根はひどい」

「サンサ様は実の家族相手でも、相変わらず手厳しいですなあ」


 俺の上に乗ったまま、というか、ついには俺の背中を椅子のように座り込むおっさん。本当にむかつく。この野郎、ダリスに戻ったら覚えておけよ。

 こいつはサンサに盲信して、北方の地からわざわざ南方にやってきた変わり者だ。家柄も重んじる公爵家の中で、直系の専属従者って地位になれたのは、それだけコクトウの実力がずば抜けているからだ。


「あの……サンサ様、スロウ様の新しい従者候補の人って……どんな人なんですか?」


 俺は聞くまい聞くまいと、話にも出さなかったのに。

 どうやらシャーロットは俺のために公爵家が用意した従者候補に興味深々のようであった。




―――――――――――————————

今回の話で100万文字超えました!

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