356豚 シャーロットとの合流。前編⑤

 シューヤとアリシアとヨロズの隠れ家に置いて、俺とヨロズは来るべき脱出に備えこの砦全体が見渡せる場所を目指した。


 鎧を脱いで身軽な恰好で、尖塔の上から砦全体を見渡す。

 そこに辿り着くまでに苦労は割愛する。どうでもいいことだ。


「見えるかい、龍殺し。君たちがやってきた砦の入り口。さっきまではコボルトが配置されていたけど、普段は巨人が守っているんだ。古の巨人がね」


 簒奪のステインは二属の杖ダブルワンドを取り返すために、涼しい目元で砦の入り口を見つめるヨロズを絶対にこの砦から出す気は無いらしい。

 こうやって砦を見渡せる位置にくれば、厳戒態勢が引かれていることがよく分かった。砦からの脱出口全てに腕利きのモンスターを配置し、砦から出ていくモンスターを一体一体厳重にチェックしているらしい。

 砦の中へは入るのは簡単だが、気付かれずに出るのはS級冒険者でも困難とヨロズは笑って言う。


「アリシア様の様子を見ていて思ったんだけど、いいかな」


「……どうぞ」


「アリシア様を振ったって聞いてから君のことをずっとクソ野郎と思っていたけど、そんなことはないらしい。これじゃあ勝手にサーキスタ大迷宮に潜った私が馬鹿みたいだ。全部アリシア様が喜んでくれると思ったから、始めたのにな」

 

 S級冒険者であるヨロズはアリシアのことを溺愛している。

 直接の交流はヨロズがサーキスタに滞在していた幼い頃以外は無いらしいが、定期的に手紙のやり取りでお互いの近況を報告していたらしい。


 しかし、俺との婚約を破棄させるためにこのサーキスタ大迷宮に潜ろうとするなんて大した溺愛ぶりだ。言葉が出ないよな。アリシアも幸せもんだな。


「聞いてもいいんだよ? どうして私がアリシア様にスロウ・デニングを婚約者として推薦したのか」


「どうでもいい。俺は今、未来しか見えていないんだ」


「恰好いいことを言うじゃないか。アリシア様やあの赤髪の少年がいないんだから、少しぐらいは弱音を吐いてもいいと思うけど。この位置からなら、砦の中にどれだけ恐ろしいモンスターがいるかよく分かるだろう? 戦力差は絶望的だ」


 嫌ってぐらい、分かるさ。

 はあ……本当にアリシアやシューヤを連れてこなくて良かった。

 シューヤなんか、俺たちが入ってきた門に、今や二体の巨人が配置されているのを見たら吐くんじゃないか。

 しかも普通の巨人じゃなくて、古の巨人だからな。大きさは数倍の違いがある。


「ヨロズ。一応伝えとくと、アリシアを救うためにダリスの公爵家、俺の姉上が上層にまでやってきている。でも、姉上がこの中層にきてしまうことだけは避けたい」


「へえ、ダリスの公爵家か。戦力になる……おいおい、怖い顔をするな。君の気持ちは分かった。家族は巻き込みたくないんだろう?」


「そういうことだ」


 本当はめっちゃ弱音を吐きたいさ。

 それにヨロズには、聞きたいことも山ほどあった。

 どうして、幼少のアリシアに俺のことを婚約者として推薦したのかとか。敢えて指摘しないけど、S級冒険者の正体は長寿のエルフだったのかとか。

 もう、左腕は使い物にならないんだろうとか。


 今は考えちゃいけない。

 砦から脱出して上層に帰り、地上に帰還することだけを考える。そのために、砦の中にいるモンスターを記憶する。どんなモンスターが目の前に現れても、対処できるように。


「私はアリシア様を帰還させる。そのために、君を捨て駒にするつもりだ」


「はっきり言うんだな。でも俺は死なない」


「本気で言ってるんだったら今すぐにS級冒険者になれる器だ。地上に帰ったら、私が推薦してあげてもいい」


 黒龍の時もそうだった。

 迷宮都市の時もそうだ。俺は、何とかなる。何とかさせるしかない。


 でも、驚いたのはアリシアやシューヤの二人がヨロズの作戦に大反対したことだ。

 ヨロズの作戦は何が何でもアリシア、そしてシューヤを生きたまま中層から脱出させことを最優先にしている。俺を犠牲にすることで、な。


「全く——驚いたなあ。随分と噂と違うじゃないか、公爵家のスロウ・デニング。君のことはアリシア様を振ったクソ野郎って、大嫌いのまま終わりたかった。捨て駒扱いにしても、心が痛まないから大嫌いのままでいたかったよ」


 サーキスタ大迷宮に入って、奇跡みたいな確率が続いている。

 地図のお陰で大きな苦労もなく上層を移動し、バックルの群れに続いて中層に降りてきた。アリシアがでかい鳥に連れ去られれて、砦の中へ侵入。

 そして砦の中で生きる唯一の人間、S級冒険者と合流、しかもヨロズが俺とシューヤの目的である二属の杖ダブルワンドを持っていた。

 地上への帰還に協力すれば、俺たちに二属の杖ダブルワンドを引き渡すとまで言っている。これを運が向いてきているといわず、何ていう。


「約束しよう、スロウ・デニング。生きて地上に戻ることが出来れば、どうして私がアリシア様に君を婚約者として推薦したのか、嘘偽りなく教えてあげる。公爵家の現当主、君の父親であるバルデロイ・デニングなんかは――嫌がるかもしれないけど」


 


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次話 シャーロットとの合流。前編Lastに続く

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