354豚 シャーロットとの合流。前編③

 サーキスタ大迷宮に向かう馬車の中。

 俺とアリシアが幼いころに結んだ婚約は、このS級冒険者の勧めがあったからだとアリシアは言っていた。

 兜を脱いだ俺の元に、美女がやってくる。


「スロウ・デニング! アリシア様を振るってどういうこと!」


「ちょっと、ヨロズ! こんな時に止めて! 私、何とも思ってないから!」 


「え? アリシアちゃん、怒ってないの!?」


「もう何年前の話よ! ずっと前のことだし、別に振ったとか、振られたとかないから! それにヨロズ、貴方達の時間間隔と一緒にしないで! 今は地上に無事戻ることのほうが遥かに大事だから、そっちに集中させて!」


「アリシアちゃんがそう言うならいいけど……」


 俺に向かってくるヨロズを必死でアリシアが引き止める。

 すると、ヨロズは表情を一変。アリシアが怒ってないと分かれば、いいらしい。アリシアは俺のことを指さして言う。こ、今度は何だ?


「あの地図は、スロウが持ってるわ」


「……ほら、君。ちょっと地図を貸して頂戴。鎧の中に入れてるのは分かってるから。隠してないで、出してみなさい? 私のほうが上手く使えるから」


「スロウ。とりあえず、ヨロズの言う通りにして」


 サーキスタ大迷宮の地図をS級冒険者のヨロズに手渡した。

 するとヨロズはサーキスタの地図を凄い速度で一枚一枚めくって、ふんふんと唸っている。とても初めて見たようには思えなかった。

 時折、ヨロズは地図を見ながらあーでもない、こーでもないと唸っている。これが、S級冒険者。凄い集中力だ。シューヤなんか、もう圧倒されている。


「何? 見られていると、やりにくいのだけど」


「いや。地図の読み方に慣れてるなって思って。それ、随分と見づらくないか? 俺も読み方を理解するまで数日は掛かったんだけど」


「一応、これの製作者の一人は私だから」


「えっ! そうなのか……」


 初耳だった。

 アリシアめ。そういう大事なことは教えてくれてもいいのに。

 

「ヨロズは、これからの作戦に集中して。そっちの事情は私が話すから。えっとね、スロウ。サーキスタという国は高位冒険者を集めて、定期的にサーキスタ大迷宮の奥地へ送り込んでいるわ。勿論、冒険者ギルドを通さずにね。そして、このヨロズは十数年前にサーキスタが大迷宮の地図を更新するよう依頼した高位冒険者の一人。その時、私はヨロズと知り合ったのよ」


「——あ、あの! ヨロズ様って呼んでいいですか!? どうやって、地上に帰るんですか!? 俺たち、無事に帰れますよね!」


 シューヤも兜を脱いで、S級冒険者に話しかける。

 野太いおっさんじゃなくて、美女だったけれど、細かいことは気にしないことにしたらしい。ヨロズはシューヤに近づかれると、どこか驚いた様子で。


「……君、死相が出てるけど何かやばい道具でも持ってるの?」


「え……そんなもの、持ってませんけど……俺、死相出てます?」


「まあいいわ。こんな場所までやってくるって事は君も相当な力の持ち主なんでしょう? 参考までにどれぐらいの力があるか教えて頂戴。例えば上層のモンスター百匹に囲まれたら、何秒で突破出来る?」


「ええっと、それは……」


 とんでもない質問だ。

 上層ってサーキスタ大迷宮上層のことだよな?

 シューヤが質問に戸惑っていると、すかさずアリシアがフォロー。


「ヨロズ。そっちのシューヤはおまけみたいなものよ。私たちをこの場所まで連れてきてくれたのは、スロウの方。ヨロズも迷宮に入る前のことだから知ってるでしょ、ダリスの龍殺し、スロウ・デニングって言えば結構有名よ」


 ヨロズの視線がすっと細められ、俺を見る。

 吟味されているようだ。


「アリシアちゃん。そりゃあ知っているけれど、これから行うのは強行突破。アリシアちゃんが私を探しにくる理由は分かるけど、どうしてダリスの人間と一緒に?」


「それは――」 


 何かを言おうとしたアリシアの言葉を遮った。


「——いや、いい。アリシア、ここは俺が答える。アリシアの目的はあんたの救出だったけれど、俺とシューヤは違う。俺たちの目的は、この迷宮でボスを気取ってるスライムの手から二属の杖ダブルワンドを持ち帰ることだ。そこでS級冒険者のあんたに聞きたいんだけど……あんたなら、簒奪のステインが集めた宝の隠し場所を知っているんじゃないのか」


「随分な名前が出てきたわね。でも、二属の杖ダブルワンドなら……既に私が簒奪のステインから奪い取ったわ。一歩、遅かったわね」


「そんな冗談はいらないって。俺たちは本気なんだ。一分一秒でも早く、目的の杖を取り戻して、こんな場所から脱出したい。地上ではアリシアをサーキスタ大迷宮の中に連れて来ていることがばれて、まずいことになっているんだ」


「……冗談じゃないわよ。ほら」

 

 S級冒険者のヨロズが取り出したのは、不思議な形をした杖だった。

 白と水の二つの杖が絡まり合った歪な造形の杖。

 それを見て、さすがに驚いて言葉も出ない。いや、冗談だろ? 俺はこれを手に入れるために、死に物狂いで頑張るつもりだったんだけど。


「久しぶりに本気を出したわ。それもこれも、サーキスタとダリスって大国の間で動き出したアリシアちゃんとスロウ・デニング、貴方たちの間で持ち上がった婚約の話を潰すためよ」


 ヨロズが持つ杖こそが、俺とシューヤの目的だった。

 火の大精霊を身体の中へ住まわせているシューヤが、これから先もダリスという国で生きていくための秘密兵器。

 女王陛下は、俺たちにこのサーキスタ大迷宮で何か英雄的所業を求めていて、その中の一つに二属の杖ダブルワンドの奪還があったんだ。


 まだダリスとサーキスタが争っていた時代、光と水の大精霊が結んだ友好の証。


 呆然としている俺の様子を面白そうに眺めて、ヨロズは言った。


「つまり——私たちは協力が出来そうね、ダリスの龍殺しスロウ・デニング」 

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