350豚 中層「悪魔の黒剣」②

 ようやく、ここまでやってきたと、大きな息を吐きたくなった


 学園をシューヤと共に飛び出て、まさかのアリシアと合流して、 サーキスタ国境沿いでは盗賊団に襲われて、地味に面倒な思いをしたし。ようやくたどり着いた朽ちた廃坑からサーキスタ大迷宮に侵入した。


そして俺たちは目的の中層「悪魔の黒剣」にやってこれた。

迷宮の中に入ってからまだ半日も経っていない。

俺たちはやり切ったんだって歓喜の叫びを上げたかったけれど、やっとゴールまでの半分にに来た位だ


「要塞ね……」


 アリシアの言葉にうなずいた。


「今から俺たちあの砦の中に入るんだよな?やばいなー、これって夢じゃないよな


「何言ってるのシューヤ。夢じゃなくて現実。もしもこの迷宮から生きて帰れたら冒険者として立派な経歴になるわよ?


「別に俺は冒険者としての経歴なんて求めてないって。 冒険者になったのも手っ取り早く強くなれるかもしれないって思ったからだし。でも壮観だな。この場所はどの冒険者にとっても憧れの場所みたいなもんだし


「そうなの?


「サーキスタ中華は、これまで誰も攻略者がいないんだよ。あの鳥の中にはどんなモンスターが住んでるんだろうな


 地図の情報によれば、あの砦の中には迷宮主のスライム。

 簒奪のステインに忠誠を誓う者たちが住んでいるらしい。数千にも及ぶ強力なモンスターが暮らし、それ以外はこの岩壁に空いた穴の中で通常の迷宮と変わらない生活をしているとか。


「あ。あいつらが砦の中に入っていく


 砦の周りに掘られている堀はなかなかどうして深そうだった。

 奴らも一丁前に、人間の冒険者の襲撃を恐れているってことか。そう思ったが、あれは襲撃してきた冒険者を外に逃がさないためのものだとアリシアに教えられた。

 オークが横に十人は並べそうな横幅の橋を、今はバックルの群れが渡っている。


「移動するぞ。こんな所で見つかれば、これまでの努力は終わりだからな。砦の入り口にコボルトの姿が見える。あいつらは、視力が良い」


「え?コボルト何かがいるのか?意外だなぁもっと強いモンスターかと思っていた


「お前が考えてるよりはるかに強さのコボルトだよ。黄金の鎧をまとったコボルトなんて俺は少なくとも見たことがないな」


 俺たちのいる場所からは、橋が架かっている堀まではかなりの距離がある。

途中には小さい丘のような岩山が幾つもあるし、見通しが良いとは言えない。

 目を凝らすと確かに砦の入り口には、直立不動するコボルトの姿が見えた。俺たちが国境沿いで出会ったコボルトとは比較にならない、金属の鎧に身を覆っている。


「……ここかなりの距離があるが、万が一も考えられるからな。奴らの視力は侮れない。」


 俺たちは幾つもの岩石の間を通り過ぎて、進んでいく。

 傾斜のある岩肌を数分も進むと、俺たちの姿を隠すのにちょうどいい岩石が幾つも並べられた場所にやってくる。

 そこには、金属製の武具が散らばっていた。


「中層では、まっさらな人間の姿でいるわけにはいかない。我々はモンスターに擬態する」


 地図の言葉によると、上層は人間のまま、素早い行動が求められるが、中層では時間をかけてでもモンスターに見つけられないことが何よりも重要だという。



 鎖帷子を着込んだ。身に付けている鎧に統一感は無い。

 今の俺を見れば、騎士の真似事をしているにしか思えないだろう。

 歩けば鎧がずれてガシャガシャ鳴るし、サイズも合っていない。だが、それでいいのだとブロウは言った。モンスターにそんな細かい違いが分からないのだからと。


「……」


 兜を付けながら、考える。

 たった半日で中層に辿り着いてしまった。幾らアリシアの地図があるとはいえ、恐ろしいことだ。通常、一週間は掛かる道のり。


 サーキスタ大迷宮への入り口を知っていることも含め、運がいい。まだ姉上たちは大迷宮に入ったばかりだろう。危険な場所へは到着していない筈だ。

 もしも首尾よくいけば、後数時間で中層を脱出できるかもしれない。


 鎧を着て兜をかぶる。


「こんな変装で本当になんとかなるのかよ……」


「じゃあシューヤ。他に何か言い案でもあるのかよ」


 案外様になっているようにも思えるけど、本物のモンスターから見ればどうなんだろう。


「いい案なんて思い浮かばないけど、その、本当にあの砦の中に入るのか


「シューヤ。俺が求めるものはあの砦の中にある宝物子にあるんだ。それに、アリシア。お前が探している冒険者も、あの砦の中に入る可能性が一番高いんだろう?


 油断なんて無かった。

 ここは敵の居城で、俺たちは侵入者。だけど、鎧を着込んだことで視界も遮られるし、五感が大幅に束縛されてしまう。だから気づかなかった。


「あれ、デニング。アリシアのやつ、どこいった?」


 アリシアが、不意に視界から消えた。

 兜を取り、周りを見渡した。いない。なんだよ、あいつ。どこに消えた。

 すると、シューヤが口をぱくぱくさせながら、上を指差していた。

 上? 見上げると、アリシアが空にいた。

 巨大な怪鳥が、その立派な脚で、アリシアの肩をしっかりと掴んでいる。

 あいつは驚いて声も出ないようだった。ぐんぐん上昇して、拳よりも小さく見える。


「アリシア!」


 巨大な怪鳥は砦の上空に向かってい。

 連れ去られたアリシアを助けるために、俺は鎧姿のまま、駆け出した。後ろからがっしゃんがっしゃん、シューヤが付いてくる音も聞こえる。

 橋を渡る。黄金の鎧を着たコボルト達が俺たちを胡散臭げに見ていたが、躊躇いは無かった。

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