349豚 中層「悪魔の黒剣」①

 勝利のおけたびとで言うのか。

 バックルと呼ばれるゴリラのようなモンスターは大迷宮上層で殺戮を繰り返し、ストレスを発散したところで中層に戻るのだという。

 何て恐ろしくて、はた迷惑なモンスターだよ。

 奴らの咆哮を聞き流しながら、俺たちはバックルの後についていった。一歩でも選択肢を間違えば、自分がこの足元に散らばる骨になってしまうかもしれない。


「デニング……俺が、間違っていた……こんなの無理だろ……」


 先頭が俺で、最後尾は勿論シューヤだ。


「おい、シューヤ……! 見つかるかもしれないから頭出すな! ほらこっちに来い

、この岩の後ろに隠れるぞ」


 絶対に見つからないよう、奴らと一定の距離を開けながら。

 それでも見つかるのではないか、そんな恐れがあるのは事実だ。


 改めて――俺たちは恐ろしい場所に足を踏み入れてしまった。

 そして、これから俺たちはさらに恐ろしい場所に向かうのだ。


「……やばい、帰りたい。帰りたい……」


 ぶつぶつと呟くシューヤ。

 これまであいつの戦果はゼロ。完全に心が折れている。


「……女王陛下も性格が悪すぎだろ。俺はこんな場所に送り込んでも……何もできないって……もっと段階的に考えてくれよ……なんで最初からここなんだよ……」


 この地はサーキスタ大迷宮。

 素のシューヤの力じゃ倒せないばかりのモンスターだってのもある。

 サーキスタ大迷宮の適正冒険者ランクはA。

 いわゆる、高位冒険者と呼ばれる者達が適正と評されている。確か今のシューヤのランクは……CとかDじゃなかったっけ。

 

 サーキスタ大迷宮『悪魔の黒剣』へ続くと続く大階段、勇気の門。

 次々と中層に向かって階段を下っていく奴らの様子を伺っていると、アリシアが話しかけてくる。


「……スロウ。シューヤって強くなるために、サーキスタ大迷宮に来たんじゃなかったの? あの情けない姿って何なの?」


「いや俺に言われたって困るんだけど……」


「馬車の中じゃ散々私についてくるなって言っていたくせに。これは俺の修行だとか言ってなかった?」


「目論見が外れたんだろ。あんま言ってやるなって……可哀そうになってくるから」


 シューヤは体育すわりで、ぶつぶつと何かつぶやいている。

 近づくと、女王陛下への恨み言を言っていたみたいだ。こんなの無理だろ、とか。女王陛下はこんな迷宮に俺を送り込んで鬼なのかよ、とか。

 俺に要求するハードル、高すぎだろとか。

 その姿はアリシアがドン引きするほど……鬼気迫っている。


「スロウ、最後の一匹が降りていくわよ。タイミング的にはそろそろじゃない?」


 完全に階段の向こう側に行ってしまったのか、奴らの遠吠えも聞こえなくなる。


「さて、と」


 後は俺たちがいつ飛び出すのか、だけど。


「なあシューヤ。ちょっと立ってくれ」


 シューヤをこの場に置いていくことも考えたが、さすがにそれは無理。

 あいつ一人の力でこの迷宮から脱出することもできないし、シューヤはもう覚悟を決めて向かうしかないのだ。

 シューヤの服を握り、強引に立たせる。


「な、なんだよデニング……」


「活を入れてやる。ほら!」


 背中を思いっきり叩くと、あいつは声にならない悲鳴を上げた。


「ってええ……」


「気合入ったか? お前は忘れてるかもしれないけど、元々はお前の未来のために始まった旅なんだからな?」


 シューヤが火の大精霊さんを制御するための試練として始まった旅。

 俺たちはただ、シューヤの未来に乗っかったにすぎないんだ。


「ああ、くそ! こうなったら、やけくそ……だ!」


「喧嘩でもしてるのかと思ったら……元気出てきたじゃない、シューヤ。じゃあ、そろそろ――」



 上層から中層に向かう通過地点。

 俺はこの場所が最大の難所だと思っていた。


「今だ、走り抜けろ――!」


 階段を下る。どこまでも、どこまでも。光さえも見えない巨大な階段。普段は見張りの鎧甲冑が何十体も巡回しているという。急な階段を下っていく。

 階段には、モンスターがいなかった。地図に書いてあった通りだ。


『悪魔の黒剣に向かう最も効率的なやり方は――バックルの群れを追いかけること。バックルの声が聞こえなくなった瞬間に、走れ』


 でも、大階段にはバックル以外の生き物がいた。

 モンスターではない。そいつは、蝙蝠こうもりだ。バックルの大群が階段を下っていった後、蝙蝠の群れがこの先、中層から上層に上がってきている。

 前が見えない。

 これがあるからバックルの群れが階段を降りた直後は、他のモンスターが階段を利用しないのか。バックルが上層で殺戮衝動を発揮した後は、肉食蝙蝠の餌場となる。


「……アリシア! 俺の手を離すなよ!」


「なんだよこれ! おいデニング! どこにいるんだよ! うわ!」


「ちょっとシューヤ! どこ触ってんのよ!」

 

 しかし、蝙蝠の群れはえらく不快だ。

 耳元でキイキイと音がするし、足下を踏み外しそうな恐怖も感じる。

 でも、進むしかない。だって、ここまでやってきて帰るなんて選択はない。

 後ろのアリシアが足を踏み外しそうになるが、抱き留めて走り続ける。




 誰かが言っていた。

 迷宮中層に続く階段は、人間の街で言うと門の役目を果たしていると。

 確かにその通りなのかもしれなかった。

 

「……わーお」


 巨大な岩壁の中から、俺たちは長い階段を通じて飛び出してきた形になる。

 到着する俺たちを迎えたのは、ただっ広い巨大な空間だった。

 しかも随分と長い階段を降りてきたからか天井も高い。だけど、そんなこともどうでもよくなるぐらいの光景が、俺たちを捉えて離さない。

 ごつごつとした岩場を抜けた先に、それが見えた。


 砦だ。

 圧倒的な質感の砦が、俺たちを出迎えてくれた。

 砦の周りは深い堀があって、堀の上を木造の橋がかけられている。あの橋を渡らなくては、砦の中には入れない構造らしい。


「何なのよあれ……まるで、要塞じゃない」


 アリシアの言葉にうなずいた。頷くことしか、出来なかった。



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