348豚 サーキスタ大迷宮⑥

 驚異的な速さだといっていい。

 信じられない。

 サーキスタ大迷宮に潜り、たった半日で中層に到着出来るかもなんて。

 俺たちは中層に向かう最近記録を達成出来るんじゃないか、そんな気さえ湧いてくた。

 だけど、シューヤの考えは違うらしい。


「デニング! お前……正気かよ! バックルに気づかれたらどうするんだよ! 一体でも厄介なのに、群れに気づかれたら終わりだろ!」


「バックルは総じて、目が良くない。奴らの優れた嗅覚。匂いの元である風向きさえ気を付ければ、お前が思っている程恐ろしくはないよ」


「お前がよくても俺やアリシアは見つかった時点で終わりってこと考えろって……アリシア、なあお前はどう思うんだよ。この死骸の数を見たらわかるけど、バックルは獲物をいたぶるのが大好きなんだ。 デニングは簡単そうに言うけど……アリシアが想像している以上に恐ろしい奴らなんだ よ」


「……そうね」


 アリシアは考え込んでいる。

 シューヤは必至でバックルの危険性を訴えているが、選択肢は単純だ。

 この先に進むか、バックルの群れが通り過ぎるのを待つかの二択である。



 俺は馬車の中で、ひたすら地図を読み込んできた。

 数十ページに及ぶ冊子。地図に書き込まれた情報を含めるとアリシアの地図は、驚異的な情報を持っている。

 情報をひたすら頭の中に詰め込んで、サーキスタ大迷宮にやってきた。


「アリシア。行くか、行かないか。危険はある。けれど、殺戮を楽しんだバックルの群れは中層は向かう。有難いことに奴らの棲み処は、悪魔の黒剣だ」


 中層への経路は多岐に渡るが、バックルが利用する経路は一つだけ。 

 冒険者の中では、勇気の門とか言われている大階段だ。

 普段は他のモンスターも利用する勇気の門だが、バックルの群れが通過するときだけ、その姿が消えるという。


 バックルの本来の棲み処は中層だ。

 上層に上がってくるのは他のモンスターを殺戮する時ぐらい。

 だから奴らの姿を見るだけで上層のモンスターたちは、勇気の門の周りから逃げ出すと言う。


「アリシア。このチャンスを逃せば、姉上に追いつかれる可能性はぐっとあがる」


「あっ! デニング、その言い方は汚いぞ!」


 俺たちの目的地、「悪魔の黒剣」に繋がる経路はどれもが危険。

 その中でもバックルが利用している中層と上層の往復に使う大階段は、ショートカットの最たるものだろう。


 アリシアも地図を俺と同じぐらいは読み込んでいる筈。

 きっと、理解している。選択肢は、一つしかないってさ。


「行くわ。大事な人なの」


 アリシアの強い意志を見て、シューヤは冗談だろと呟いた。




「……アリシア。あの声、聞こえるだろ。バックルは本当にやばいんだって……」


 シューヤの嘆きを聞きながら、道を進む。


 今のところ、シューヤの活躍は皆無に等しい。

 クルッシュ魔法学園を出る前はあれだけ勇ましかったのにな。

 人は変わるもんだ。


「アリシア。確かにデニングは強いけど……バックルの群れに襲われたら……俺たちを守り切れるなんて保障は……」


「シューヤ、黙って」

 

 シューヤがこれだけ恐れているのは、多少は冒険者としての経験があるからだろう。


 どっちかと言えばシューヤの反応が正しくて、アリシアが異常なんだ。

 アリシアが中層を目指す理由は冒険者を救うため。

 S級冒険者のヨロズ。迷宮で生き抜く力はこの世でも最たるものだが、俺たちがいるのはサーキスタ大迷宮だ。

 アリシアの話だとS級冒険者が行方不明になってから既に数か月が経過している。

 とてもじゃないが、生きているとは思えない。それでも、アリシアは決断した。


 探しているS級冒険者、アリシアにとってそれだけ大事な人なんだろう。

 各国が救援隊を差し向けるぐらいの人物。

 S級冒険者ヨロズ、破壊者としての逸話は有名だが、その人となりは驚くぐらい出回っていない。


「ば、バックルだ……やばい、あんな数がいたのかよ……」


 道を進むと足元が急になくなった。

 顔だけ出して下を覗きこむと10メートル程下に地面が見え、目の前には大空間が広がっている。


「百は軽くいるだろ……終わった……」


 暗闇の中、ごつごつとした岩場の中を進むバックルの群れが見える。

 異常に発達した筋肉に、毛皮で覆われた身体。

 ゴリラの身体を二回りは大きくした身体、太ももの筋肉はパンパンだ。

 とんでもない瞬発力を発揮しそうな身体の奴らが数百体はいる。


「で、デニング……今も魔法で風向き、操作してるんだよな……な、なあ。してるんだよな?」


「……確かにシューヤのいう通りね。あれと比べたら、オークが可愛く見えてくるわ」


 洞窟から頭だけ出しながら、奴らの様子を確認する。

 これだけ広い空間だが、バックル以外のモンスターは見えない。


「ねえ……スロウ。それであいつらが向かってる先にあるのが……」


 バックルは殺戮を好むモンスターである。 

 上層では無敵の殺戮タイムを楽しむ奴らであるが、中層になると話は変わってくるという。


 中層にはバックルもむやみに手を出せないモンスター。

 巨人や悪魔といった、上層よりもさらに凶悪なモンスターが生息している。


 より過酷な環境になる。だけど、今更止まることなんて出来る筈もない。


「間違いない。勇気の門だ」

 

 俺の目には、奴らの向かう先に中層へ続く大階段が見えていた。

 



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