347豚 サーキスタ大迷宮⑤

 サーキスタ大迷宮にて、俺たちは目的地である中層への道を急いでいる。


 アリシアの目的は、中層にて助けを待っているだろう冒険者を救うこと。

 俺の目的は、アリシアとの婚約破棄に向けて、ダリスとサーキスタ、二国の友好の証である二属の杖ダブルワンドを手に入れる。

 シューヤの目的は、いつのまにか無事に帰ることに変わっていた。

 ……女王陛下の信頼を勝ち取るために、火の大精霊さんを制御出来るようになることじゃなかったのかよ。シューヤは存分にへたれている。


「スロウ……あの声、何?」


 今まで気丈だったアリシアが怯えていた。

 完全な闇の中で道の先を、光る草が照らしている。


 薄暗い道の先から聞こえるけたたましい声は、止むことがない。


 迷宮の中は弱肉強食の世界だ。

 いくら迷宮に居住するモンスターであったとしても、あのように自分の居場所をわざわざ敵に教える奴らはいない。あのような声を出すのは自分の居場所を仲間に教えているのか、それとももう一つ。


 自分たちがこの迷宮において絶対強者であると言う自覚を持っているからだ。


 例えばそれは、俺たちがいるこの階層よりも下、中層と呼ばれう階層からやってきたモンスターとか。


「あの声は、多分俺たちが出会ったこともない恐ろしいモンスターの声だよ。今までよりももっと己の力に自信を持つモンスター……だろうけど、俺の考えが当たっていたら奴らが幸運をもたらすかもしれない。もう少し奴らの正体に確信が欲しい。近づこう」


 幾らこの地図があると言ってもモンスターに出会わないなんて不可能だ。

 地図に記されている情報は、迷宮の経路やモンスターの生息範囲が主。

 表紙の裏にはこれまで迷宮に潜った地図の作成者達の名前が刻まれていたりするがそんなものはどうでもいい情報だ。命を持ち、自由に行動するモンスターの居場所をピンポイントに教えてくれる情報なんて、あるはずがない。


 俺はこの地図に記されている膨大な情報から、安全かつ最短で中層に向かえる経路を選択しているに過ぎない。


「何なのよ、この死体……ねえ、スロウ。この道は止めましょうよ」


 迷宮の中はすえた臭いがした。

 しかも、進むにつれてひどい獣臭に顔をしかめる。

 道の前方から、声だけではなくとてつもない強烈な獣臭がするんだ。アリシアとシューヤの二人は露骨に顔をしかめている。


 けれど、俺は二人がまだ気づいてない感覚を感じ取っていた。

 ――戦いの声が、聞こえる。この先で、モンスター同士が戦っている。


「……デニング! モンスターの群れは避けるんじゃなかったのか! あの声は、何ていうかやばいなんてもんじゃないだろ! 一体やそこらの数じゃないぞ!」


 モンスターの死骸なんて、この迷宮に入ってからは見慣れていたが、これはちょっと……凄いな。言葉もない。

 俺たちの前にこの道を通ったのは、随分と残忍なモンスターのようだ。

 吐き気を催すような残忍さ。

 恐ろしいことに道を進んでいけば死骸の中には人間もいた。


 てか、正気の沙汰じゃないよ。

 こんな迷宮に潜る冒険者は死にたがりなのか。ここと比べたら俺が知っている迷宮なんて子供騙しだ。

 はぁ上層と呼ばれる最弱区画でこのレベルか。

 そりゃあ、攻略の目処が立たないわけだ。


 サーキスタ大迷宮『悪魔の牢獄デーモンランド』、こんなものがダリスになくて良かった。こんなのがあれば、俺たち公爵家の人間は人生に一度は強制的に潜らされていただろう。


 モンスターの死骸を避けながら歩いている。

 その数は、もはや数百体にも及んでいるだろうか。この道を先に通った生き物は随分と殺し合いが好きなようだ。


「……間違いない。この先にバックルの群れがいる」


「デニング、冗談だよな? 今、バックルの群れっていったか?」


 バックルというのは、ゴリラのような姿をしたモンスターの名前だ。

 異常に発達した筋肉に、毛皮で覆われた身体。四本脚で大地を歩くものいるが、大半のバックルは人間のように二足歩行。

 騎士国家では、こいつ一体で領内の騎士団が駆り出される程度には強い奴らだ。


「シューヤ、そんなにやばいモンスターなの?」


「やばいなんてもんじゃない。おいちょっと待って、デニング。何やってるんだ」


「風の向きを操作しているんだ。奴らにおれたちの匂いを気取られないようにな。もっと近づくぞ」


「……冗談だろ、デニング。お前、何を考えているんだよ」


 子供がする遊びのように死骸を弄ぶような無邪気な戦い方。 

 そして、この特徴的で醜悪な獣臭は奴らのもの。壁に傷をつけて己の力を誇示するやり方はバックルが群れでいる時の特徴をよく現わしている。


 間違いない。この先にいるのは、バックルだ。

 奴らが定期的に上層で行う遊びに巻き込まれれば、いかに大迷宮に住まうモンスターとて、死は免れない。そう地図に、殴り書きのように書いてあった。


 だけど、中層に潜るには、これ程利用出来るモンスターもいないと。


「……そう言えば、地図にも書いてあったわ。バックルは中層から定期的に上層にやってきて殺戮衝動を発散するって……もしかして、これがそうなの?」


「なあ、アリシア。冗談だよな? 頼むから冗談って言ってくれ。バックルの群れに、これ以上近づく? あいつらは、たった一体で……」


「黙って、シューヤ。今、スロウに聞いているの」

 

 圧力を感じる。この先に進んではいけないと直感で体が理解している。

 バックルの群れが、行進している。地鳴りがする。巻き込まれたら堪らない。 

 だけど、俺たちは今、何よりも速さを優先している。

 

 シューヤが身体を震わせている。アリシアは気丈だ。あいつも恐怖を感じていただろうにそれを微塵も出さないのだ。

 出来ることなら、アリシアの強さが最後まで持ってくれることを祈るばかり。


「アリシア、シューヤ。お前の考えている通りだよ。俺たちは今から、奴らの後に続いて中層に潜る。それが何よりも効率的だ」

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