346豚 サーキスタ大迷宮④

 急がなければいけなかった。

 なぜなら時間をかければかけるほどシャーロットがこの迷宮の中にいる時間が増えてしまうのだから。

 あああ。シャーロット! どうして来てしまったんだ!

 姉上も性格が悪すぎる! シャーロットを連れてくるなんて、俺相手には効果抜群だ! 


 風の大精霊さんは一緒にいると思うけど、俺は出来るだけシャーロットを危険に晒したくはないのだ。


「なあデニング! 俺の火の魔法が全然効かないんだけどどうしてか分かるか! あああ! 火蜥蜴サラマンダーに俺の魔法が食べられちゃった!」


「単純にな、シューヤ! お前の魔法の威力が低いだけだって!」


「国境沿いのモンスターには充分効いてたんだって! デニング、お前も知ってるだろ!」


「シューヤ! お前も自分自身で国境沿いのモンスターとは格が違うって言っただろ! そういうことだよ!」


 正直言ってしまえばだ。

 俺は姉上らに追いつかれるとは思っていなかった。

 このサーキスタ大迷宮は複雑怪奇な魔境である。姉上達は、現地の高位冒険者の協力を得て、安全で確かな道を進んでくるんだろう。さすがにこの危険すぎるサーキスタ大迷宮の中を、速度だけを優先して進むなんて出来るわけがない。


 俺たちがこんなに何も考えずに走っていられるのは、この地図があまりにも優秀すぎるからだ。迷宮の中に入ってみて改めて実感する。


 アリシアが持ってきてくれたこの地図は宝の山だ。


「スロウ! この先はどっちに行けばいいの!」


「地図によればここは左に行って次は右に行ってその後はまっすぐ――前方にモンスター、一体! あれは、半人半獣ケンタウロスか! シューヤ! アリシアの傍にいろ! あいつは、俺が倒す!」


 アリシアに地図を渡して、地面を駆け出した。

 半人半獣ケンタウロスがこちらに気づいた。目が赤い、興奮状態だ。姉上があんな大音量を流すから、迷宮の中のモンスターが、人間が近くにいると勘違いして、滾っている。


 モンスター。やつが振るう腕をかいくぐって、腹に風の刃ブレイドをぶっさした。そのまま「弾けろ!」、その言葉で、モンスターの腹が膨れ炸裂する。魔力の減少なんて、構っていられない。今は、このサーキスタ大迷宮の上層、モンスター地獄を抜けることが何よりも先だ。


「はあ!? デニング! 今の魔法って何だよ! どうやって半人半獣ケンタウロスを倒したんだ!」


「学園に帰ったら、ゆっくり教えてやる! だから、今は黙って、俺についてこい!」


 ショートカット、ショートカット、ショートカットだ。

 小走りで、俺たちは迷宮の道を進んでいく。

 迷路のように入り組んだ道。もう自分がどこにいるかも分からない。道を曲がって、出会い頭にモンスターと出会うなんてしょっちゅうだ。


 だから、俺が先頭を行く。アリシアとシューヤを俺の前には、絶対に出さない。


「アリシア! ついてきているか!」


「大丈夫! それよりスロウは! 無理していない!?」


「これぐらい、へっちゃらだよ!」


 本当にこの道が、サーキスタ大迷宮の中層への最短経だなんて保証はない。

 だけど、アリシアの地図。

 俺はサーキスタという国が刻んだ歴史を信じるだけだ。


 アリシアの故郷、サーキスタという国は、昔から噂だけはあった。

 サーキスタは悪魔の牢獄デーモンランドに関して異常な執着心を持っていて、あそこの情報に至っては、冒険者ギルドを超えているとさえ噂されていた。

 サーキスタは独自で高位冒険者を支援し、迷宮が生み出す宝を享受しているんじゃないかって。


 この地図の効果を見れば、あの噂は正しかったってことが良くわかる。


 一時間ぐらいは、走っただろうか。

 アリシアらは、肩で息をしている。シューヤは、うん。相変わらず真っ青な顔。いざとなったら、ひよる所がシューヤらしくて、堪らない。だけど、俺は信じている。今はこんなだけど、シューヤ・ニュケルンという男は、やる時はやる男だ。


「す、スロウ。突然、止まってどうしたの?」


 俺は、しいっと二人にジェスチャーで伝える。

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、と強烈な獣の叫び声が、道の先から木霊していた。

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