344豚 サーキスタ大迷宮②

「アリシア。それでルートだけど、当然。この地図が示している通りの最短ルートを行くよな?」


「当然よ。時間を掛ければ、私たちがクルッシュ魔法学園からいなくなった騒ぎは大きくなる。時間はなるべくかけたくないわ」


 すでに俺たちは廃坑の洞窟から、大迷宮の中に侵入している。

 

 アリシアが持ってきた地図には廃坑と大迷宮を分ける境目について、目印があるって書かれていた。


 サーキスタ大迷宮に侵入すれば、光る草が現れると。


 俺たちが進む道の先を、光る草が照らしている。それは足元だったり、壁だったり、天井だったり道の至る場所に生えていた。


 地図にはモンスターが植えていると書いてあったが、そう思わせる程の不規則性だった。


「でも、スロウ。シューヤが遅れ気味だけど大丈夫? 顔色が悪いけど……」


「べ、別に大丈夫だよ! アリシア! お前に心配されることはないから!」


 問題があるとすればあいつだ。

 サーキスタ大迷宮に入るにあたって、すっかりびびってしまったシューヤだ。


 シューヤがへっぴり腰な理由。

 全ては、このサーキスタ大迷宮に潜むモンスターが原因だった。


 ●


 恨み言を言いながら冒険者を探すモンスターがいた。

 迷宮の入り口付近に生息する小鬼ゴブリンだって、格が違った。

 言葉を喋り、杖を持つ、それに錆色の皮膚。突然変異型だろうが、迷宮に入ったばかりで出会うレベルじゃない。


 腕が四本ある、二足歩行の昆虫を見た。

 あれは他の迷宮だと迷宮主ダンジョンマスターになっていても可笑しくない。

 そんなのが、この迷宮にはゴロゴロいるんだ。


 サーキスタ大迷宮では、これが上層のレベルなんだ。


「で、デニング……やばいって。これ……別の道を行こう……」


「シューヤ。お前、迷宮に入る前にのやる気はどうしたんだよ」


「だって……出てくるモンスターが桁違いだろ……ひぃ!」


 そもそもの目的はシューヤが火の大精霊さんの力を制御できるようになって、強くなること。

 だけどあのへっぴり腰を見れば分かるように、あいつはすっかりびびってしまっている。


「デニング! 今の声聞いたか! 間違いない悪魔デーモンの声だ! 地上からまだ全然近いのに悪魔みたいな強力なモンスターがいるなんて」


 確かにシューヤの言う通り、どこかから声が聞こえた。

 人間じゃない。あんな声、人間は出せない。身体の芯から、怯えさせる遠吠え。


「ほら! シューヤ! 道の先に小さいけれどモンスターの姿が見えるぞ!」

 

 夜目ナイトアイの魔法。

 自分の視力を強化すれば一本道の先にいるモンスターの姿ぐらいは簡単にわかるものだ。


「で、デニング! 頼むお前が何とかしてくれ!」


「……はあ」


 サーキスタ大迷宮に入る前は、モンスターは出来るだけシューヤが倒すと約束していた。

 だけど、今はすっかりとびびっている。火の大精霊さんもさぞや悲しんでいることだろう。


「……ねえ。シューヤ。強くなるためにこの迷宮に来たって聞いたのに、モンスターは全てスロウに任せきり。それでいいの?」


 むしろアリシアの方がやる気を見せていた。

 あいつはサーキスタ出身だからこの迷宮に存在するモンスターが実際どれぐらい手強いのかを熟知しているようであった。少なくとも今の二人の様子を比較するとずっとアリシアの方が頼りに感じられるのかなんだかおかしい。


「そりゃあそうだけど……さすがにこれは俺の想定を超えていたっていうか……ほ、ほら! サーキスタとの国境沿いで盗賊団に襲われただろ! 迷宮に入ったら最初はあれぐらいのモンスターが出てくると俺は思っていたんだよ!」


「あのねえ。今私たちが潜っているのはそこらの迷宮じゃないのよ。サーキスタ大迷宮なのよ?」


「だ、だから俺だってわかってるって!……ただ心の準備がまだできないだけなんだよ。もうちょっと待ってくれ」


 アリシアには俺とシューヤがこの迷宮に用がある理由を伝えていた。

 当然本当の内容がごまかしているが、アリシアが納得する位の理由は必要だと考えたんだ。


 そしてその理由に選んだのが、シューヤの強化、ただそれだけであった。


 意外にもアリシアはすぐに理解をしてくれた。

 シューヤが貪欲に強さを求めているのはアリシアとしては嫌って言う位、知っているらしかった。


 そういえばアリシアはこいつに連れられてあの迷宮都市にも行ったんだったら。あんな体験をすればシューヤが突飛な行動に出ることも重々理解しているんだろう。


「情けな……」


「う、うるさい! こんなレベルの迷宮だって知らなかったんだよ! どれだけ強い迷宮でも最初ぐらいは弱いモンスターが出てくるもんだろ!」


 むしろアリシアは、俺がシューヤの修行に同行している事の方が不思議なようだったが、そこら辺は俺がこいつの意思を知って感銘したからといって誤魔化してしておいた。


 納得しているかどうかは不明だけど。


「帰りたい……なぁ、デニング。俺が間違ってたからさ」


「どんだけ弱気なんだよ。お前、これから俺たちが向かう中層の迷宮主のこと分かってんのか!」


「……スライムだろ?」


 そうだ。

 俺たちが迷宮の中で相手にしようとしているのは簒奪のステインと言われるスライムだ。


 奴が盗み出したお宝は数知れず、盗み出したお宝の価値は全てを合計すれば国が建つと言われている。

 正直言って、賞金首にされているモンスターの中でもかなりの大物。

 スライムは今、悪魔の牢獄に住まいを構え、俺たちが二属の杖ダブルワンドを取り戻す宝物庫がある中層の迷宮主になっている。


 シューヤは、俺たちが進む先にさらにとんでもないモンスターがいることを考えても恐ろしくなったのか


「なぁ、アリシア。お前が探したいって言うその冒険者は本当に生きているのかな。だってこの環境だ。もうその人が潜ってから一ヶ月近く経っているんだろ?」


「ふぅを。じゃあ帰ればいいじゃない。一人で帰れるならね!」


「一人で帰れるならとっくに帰ってるよ!」


 やばい笑そうだ。

 アニメでもよく見た二人の掛け合い。大体アリシアに軍配が上がるんだけど、間近で見ているとこんなに面白いものだったとは。


 俺はサーキスタ大迷宮の中にいるって現実を忘れて、二人の掛け合いを聞きながら笑いそうになっているところに。


「— —こちらサンサ・デニング! アリシア様、もし迷宮内にいるのであれば即刻引き返してください!」


 迷宮内にとんでもない大きな声が響き渡った。

 俺たちの足が止まる。


「— —おい、スロウ! お前もそこにいるんだろう! 我々は今、これから迷宮に潜る!!お前の従者も我々の側にはいる! 危険な考えを捨てて今すぐ戻ってこい!」


 俺たちは自分の耳を疑ったのであった。

 馬鹿でかい音量のそれは、冒険者ギルドにのみ使用が許される禁じ手だ。モンスターが活発化するため、使用は通常許可されない。

 予想していた。だけど、早すぎる。まさか、サンサ・デニング、俺の姉上が動くなんて予想外だった。


 しかも、シャーロットもいるなんて――俺の頭の中は、真っ白になった。




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