342.5豚 冒険者ギルドサーキスタ支部『矢切のボトム』
「これはうちの職員が失礼な真似を! まさかサンサ・デニング様自らお越しとは! 当関所へようこそ、これからサーキスタへ向かうのであれば、英気を養うことは重要でしょう! 良ければ歓待の宴を開かせていただきますが――」
「有難いけど、急いでいる」
サーキスタ大迷宮の入り口である、冒険者ギルド支部『矢切のボトム』。
公爵家サンサ・デニングが率いる一団が目指す目的地は、そこであった。
これまで道中で幾つもの関所を通過しているが、その度に改めて、シャーロットは公爵家の偉大さを目の当たりにしていた。
――凄い特別待遇。
関所というのは、厳密な身分チェックが行われ、急いでいても足が止まるのだ。少なくともシャーロットがクルッシュ魔法学園で知り合った平民のメイド達はそう言っていた。
だけど、今は違う。
公爵家の関係者が羽織る紅の外套と、公爵家の家紋。
関所の関係者は公爵家の身分を告げるだけで、責任者を呼びに行き、関所の中が騒然とするのだ。
しかし、さすがにサーキスタ領内では騎士国家領内と同等の待遇とはいかない。
「目的地は……『矢切のボトム』!? あそこはサーキスタ大迷宮への入り口を管理している冒険者ギルドの拠点だぞ? 何故、騎士国家の公爵家が向かうのだ」
「それを、貴方に話す必要はあるのか?」
「まあ……通っていいが。サンサ・デニング、あんたの行動に意を唱える者はこのサーキスタ領内にはいないだろう」
「感謝する」
サーキスタでは目的地を告げると、公爵家の連中が何の用かと、探るような顔をされることも増えた。
それでもサンサ・デニングの存在一つでフリーパスだ 公爵家の名前が外国でどこまで価値があるのか。
そして、サンサ・デニングというスロウの姉が、同盟国からどれだけ信用を得ているのかシャーロットは改めて理解したのだった。
●
「サンサ様! エドが、限界のようですなあ! さすがの馬鹿魔力でも、数日はきつかったか!」
シャーロットと公爵家の一団は目的地に向かって、駿馬に乗って駆けていた。
まさに風のように、彼らは街道を駆けている。
商人や旅人は目を丸くして、彼らの後姿を見つめていた。
公爵家が抱える騎士「馬鹿魔力のエド」が一団全体に魔法を用いて、速度向上を行っているのだ。
魔法で一団を包み込み、後ろから風の加速を付与している。
少しでも調整が乱れれば、彼らは乗っている馬ごと転げてしまうだろう。
しかし、若い騎士は最後尾に位置取り、それぞれが乗る馬の走りに合わせながら、風の魔法を行使し続ける。非常に技量の高い魔法である。
「……先に向かって下さい。俺の魔力は、コクトウ殿が言う通りそろそろ切れますので」
速さを優先するために、サンサは魔力に自信のある騎士の中から選りすぐり、公爵家を飛び出した。
そのうちの一人が、限界を訴える。
公爵家では馬鹿魔力と呼ばれる若い騎士エド。
彼は数日の間、眠りのときや小休憩以外、ずっと魔法を使い続けていたのだ。
「エド。お前の貢献は、忘れない」
「……すぐに追いつきます。ご武運を、サンサ様」
「馬鹿魔力のエド! サンサ様のことは心配するな! 専属従者である、このコクトウが傍におる!」
馬鹿魔力のエドは隊列を離れ、街道に置き去りにされる。
エドの代わりを担う騎士が最後尾に陣取り、風の魔法を再開させる。
それからもまさしく風のように、彼らは昼夜を問わず馬を走らせていた。
一人、また一人で限界を超えた騎士が列を離れる。
シャーロットは騎乗は得意ではないが、必死でくらいついている。
サンサの手配もあり、初心者でも乗りやすい駿馬を借りたことが、彼らの旅に後れを取らなかった大きな理由だろう。
「シャーロット、身体は大丈夫か」
「大丈夫です……サンサ様」
「顔色が悪いな。コクトウ、お前の魔法でシャーロットを回復させてやれ」
シャーロットは彼らの行軍に付いていくだけで必死であった。
でも、きついからってもう少しゆっくりのスピードにしませんか? なんて彼らには言えなかった。
何故ならシャーロットはサンサ・デニング達がこれだけ急がねばならない理由を知っている。
アリシア様が、サーキスタ大迷宮に向かった。
クルッシュ魔法学園にやってきた留学生として、騎士国家はアリシア様の身柄を保護する必要がある。
「スロウ・デニングの従者あ! これしきの行軍で根をあげるなど、精進が足りんぞ!」
「コクトウ。威嚇するな。シャーロットはお前のように頑丈な身体ではない。それと、迷宮に入ってからはお前の役目はシャーロットの護衛だからな」
「ど、どうしてですかあ! サンサ様」
しかも、アリシア様の傍にスロウが共にいるという。
本来であれば、スロウ・デニングはアリシアがサーキスタ大迷宮に向かうと知れば、止めなくてはならない立場にある。
しかし、二人はサーキスタ大迷宮に向かうだろう。
見方によっては、スロウがアリシアをサーキスタ大迷宮に連れて行ったとも捉えられる。だから、サンサ・デニングは早急にアリシアを救い出すため、これだけ早い行軍を実施しているのだ。
「シャーロットは、スロウの従者だ。それを、私が独断で動かしている。その身の安全を私が保証するのは当たり前の話だ」
「ぐはは! そういうことならば、このコクトウ! 全身全霊を持って、シャーロット、お主を守ってやろう! いかにサーキスタ大迷宮といえど、このワシがいれば安全だ!」
サーキスタ大迷宮、 高位冒険者でも躊躇う『
そこは公爵家にとっては、曰くつきの場所でもあった。
かつて、公爵家当主の座は確実と言われながらも、冒険者を目指した男が公爵家には存在する。
ルイス・デニング、スロウの叔父が死んだ迷宮であったからだ。
●
サーキスタへ入り、三日三晩走り続けた。
もはや、息も絶え絶えで、道中、魔力が切れ置いていった騎士の数は5人にも及ぶ。最終的に残ったのはサンサと専属従者のコクトウ、二人の騎士、そしてシャーロットだけ。
だけど、ようやく到着した。
サーキスタ大迷宮を管理する冒険者ギルドの入り口へ。
シャーロットはもう体力の限界に近い。
馬の背中にぐったりとつかみながら、それを見上げた。
大自然の中、山脈の麓に巨大な砦が出現する。
砦の入り口には、大きく『ようこそサーキスタ大迷宮へ!』、縦看板が置かれていた。
「皆、ここまでよく着いてきてくれた。私は冒険者ギルドと交渉し、迷宮探索の許可を得る。交渉には多少時間が掛かるだろうから、 皆には一日の休みを与える」
見るからに屈強な人たちが、砦の中を闊歩している姿が外から見えた。
武具に疎いシャーロットでも、彼らが着ている武具が非常に高価なことが分かる。そりゃあそうだろう。光る宝石が幾つも埋め込まれた鎧など、シャーロットは見たことが無かった。
高位冒険者がひしめく冒険者ギルド拠点『矢切のボトム』、そこは達人の気配を漂わせる冒険者で溢れていた。
「明日の日没には――サーキスタ大迷宮に突入する」
「わはははは! 楽しみですなあ、サンサ様! スロウの若様が、どこまで先に潜っているか! スロウの若様がピンチの時に、爽快と救って差し上げましょう!」
しかし、シャーロットには不思議だった。
どうして、あんな過酷な旅を終えたのに、サンサやその従者コクトウはあれだけぴんぴんしているのだろう?
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宣伝です。繰り返し、失礼します。
豚と同じ異世界転生ものです。
題名は『大賢者への進化条件:それは、どん底を経験すること』〜奴隷少女と共に、レベルアップの先を目指そう〜
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893223257
書きやすさ優先で、書いております。
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