342豚 真夜中の攻防Last

『何で、公爵家デニングの人間がこんな場所にいるんだよ! 俺は逃げるぞ! あいつらに目をつけられるのだけは御免だ!』


 盗賊団の敗因、一つ目は己の観察眼を信頼し過ぎていたことだろう。

 彼らはその者たちの見た目のみから判断し、赤髪の少年シューヤ・ニュケルンを彼らの護衛と考えた。もう少しその者たちを念入りに観察していれば、黒金入り乱れる髪の少年がチラリチラリと必要以上に森の中を見ていたことに気付いただろう。


『俺は戦場で公爵家の人間が指揮するダリス軍と出会ったことがある! 軍の指揮者はガキだが化け物だった! あの戦場じゃあ、奴らを外見で侮った奴から死んでいった! 俺が知る、公爵家の一人! エイジ・デニングは、片腕を吹っ飛ばされても、笑いながら戦い続けていた! 公爵家の人間は作られた兵器だぞ!』


 そして、二つ目は運が無さすぎたことだ。

 本当に訓練された人間には、彼らのようにモンスターを使い、恐怖を煽るような戦い方なんて通用しない。


 スロウ・デニングと魔物使いゴカンが率いる盗賊団。

 力の差は、まさに象とアリのよう。

 アリが幾ら群れた所で、隙を見せない象には踏みつぶされて終わるだけだ。



「……シューヤ。あれ、見なさいよ。もう、盗賊達逃げ出してるじゃない」


 スロウが登場して、一分にも満たない。 

 それだけで、もう盗賊連中が悲鳴を上げて逃げ出している。それぞれが口々にどうしてこんな場所に公爵家デニングの人間がいるんだよと恨み言を上げていた。


 アリシアは、誰よりもスロウの力を信頼している。 

 スロウ・デニングがあんな連中に負けるとは思わない。

 いや、スロウじゃなくても、公爵家直系と呼ばれる人間だったら誰でも余裕だろう。盗賊団に同情する。狙った獲物、悪すぎである。


「分かる? あれが、スロウの強さなのよ」


 スロウの戦いを食い入るように見つめているシューヤ・ニュケルン。

 一人で盗賊団を相手にし、ヒーローになることを夢見ていたようだが、アリシアに言わせれば早すぎる。シューヤは魔法学園に入学して、ようやく簡単な戦闘訓練を受け始めた人間だ。確かに魔法の才能は、同学年の中でも高いけれど、それでも盗賊団をたった一人で成敗するのは難しい。


「あいつら、デニングの名前を聞いただけで殆ど逃げていった……」


「そりゃあそうでしょ。シューヤ、デニングの名前が悪党の間でどれだけ恐れられているか知らないの?」


「知っていたけど……ここまでとは思わないって」


 盗賊団はスロウ・デニング、その名前だけで大混乱。

 公爵家デニングの名前だけで、ああなるとは、アリシアも予想していなかった。

 公爵家デニング、騎士国家の軍部を司り、戦場では自ら前線に立ち、周りを鼓舞しながら敵を一人残らず全滅させる。今では多少やり方も丸くなったようだが、一昔前の公爵家と言えばその名前だけで震え上がる人間が出たものだ。


騎士国家ダリスって国は、公爵家デニングが発展させたといっても言い過ぎじゃないのよ。公爵家デニングは命を削り、領土を広げ、切り開いた。だから、公爵家デニング騎士国家ダリスの中であれだけの権力を持っている。誰に喧嘩を売ったのか、それが分かるだけでも盗賊団の中ではまともなんじゃないかしら」


 しかも彼らは、公爵家の中でも風の神童と再び呼ばれ始めたスロウ・デニング。

 騎士国家ダリスの英雄に喧嘩を売ったのだ。

 

 最近ではエイジ・デニング、サンサ・デニングといった公爵家の新進気鋭の若手の名前が聞かれることが多いが、それでも龍殺しスロウ・デニングの名前が如何に影響力を持つようになったかを、盗賊団の行動はよく現わしていた。


「そういえばシューヤ。よくも、スロウとの婚約の話、ばらしてくれたわね」


「あ……」


 アリシアはシューヤにサーキスタ大迷宮に潜る理由を聞かれ、答えたのだ。

 シューヤとは学園でアリシアの一番の親友である。異性だけど、シューヤの性格の義理硬さを知っている。

 それが、まさかこんな早くにばらされるとは。


 アリシアは水の魔法、ヒールを打ち切り、シューヤに詰め寄った。

 シューヤは狼狽し、汗をたらりと流す。


「……そ、それは……お前たち二人のことが心配だったから。俺は、良かれと思ってさ…………やっぱり、怒ってる?」


 アリシアとはよく喧嘩をするが、これは本気で怒っているとシューヤは理解する。美人は怒らすな、とシューヤはよく父親から言われていた。 

 ——親父、また俺やっちまった。


「何でシューヤに心配されないといけないのよ! これは私とスロウの問題!」


 アリシアにとって、スロウとの再婚約の話は非常にデリケートで、どのタイミングで伝えようかずっと悩んでいた。

 

 少なくとも、馬車の中ではスロウにいつ切り出そうか悩んでいた。

 結局、ずるずると何も言えず、国境沿いまできてしまったが。

 アリシアも、自分の口から明かすのは恥ずかしいから、シューヤを通じて明かす、そんな魂胆があったのは事実だが、幾らなんでも早すぎる。


 ベストのタイミングは、大迷宮の中だったのだが。

 シューヤとアリシアの——二人が言い合っていると、彼がやってくる。


「休憩は終わりだ。あのゴカンって奴が言うには、サーキスタ大迷宮への秘密の入り口はそう遠くないところにあるらしい。……って、お前ら何してんの?」


 腕を回し、一仕事終えました感を出しながら、スロウが戻ってくる。

 あれだけ意気揚々としていた盗賊は森の中へちりじりに逃げ出したようで、一人も見えない。モンスターも盗賊団の異常に影響されるように、弱者を優先して狩るという本来の本能を取り戻したのか、盗賊団を狙い森の中へ帰っていった。


「スロウ。もう、あいつら盗賊はいいの?」


「話をつけた」


 端的に答えるスロウの姿は、モンスターの返り血で染まっている。

 その姿は、アリシアの目から見てもぞっとする色気を放っていた。


「次、あいつらの噂を聞いたら、俺自ら潰しにいくってな。そしたら、あの魔物使いの親玉も震えていたよ」 


 それは、そうだろう。

 台風のように恐ろしい公爵家の人間を襲い、あれだけ一方的な目に合えば、盗賊稼業を引退しようと思う者が出ても不思議じゃない。


「あいつらは、二度と盗賊稼業をしない。多分、そんな気がする」


 淡々と語るスロウの顔が、アリシアにはやけに大人びて見えたのだった。







〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 シャーロット陣営の話を一話挟んで、次はスロウ達がサーキスタ大迷宮に入った所からスタートです。

 年内に後一、二話ぐらい豚を更新したいところですが、今年もお読みいただき、ありがとうございます!




 また、新作投稿しました。

 豚と同じ異世界転生ものです。

 題名は『大賢者への進化条件:それは、どん底を経験すること』〜奴隷少女と共に、レベルアップの先を目指そう〜

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054893223257

 冬休みの間は毎日更新しますので、こちらもよろしくお願いします。

 ちょうどプロローグが終わったところです。

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