341豚 真夜中の攻防⑤

 何本もあるヒュドラの首を、一つ落とした。するとヒュドラは暫くの間、のたうち周り、赤い舌を出して俺を見る。


 ヒュドラさんは激昂していた。蛇の鱗のようにツルツルとした肌が、赤みがかかる。長年連れ添ってきた頭の一つが落とされ、さぞや俺を恨んでいるだろう。

 絶対に俺を殺してやるとばかりの、強い意識が、ヒュドラさんの姿から感じられた。


 何本も蛇の頭を持つヒュドラは中々に珍しいモンスターだ。

 あいつは樹木で一杯の湿った湿原地帯を好み、侵入してきた生き物を容赦無く丸呑みにしてしまう、そんなモンスターだ。多少の毒があっても自分が持つ毒で上書きする、雑食なんだ。

 少なくとも、クルッシュ魔法学園を襲ったモンスターの中にはいなかったよな? どうだったっけ。いや、いたらびびるし、俺もしっかり覚えている筈だ。

 

 そんなヒュドラさんが口を開いている。

 息を吸い込んでいるようだ。ひゅーっと、風が吸い込まれている。まだ何本もあるそれぞれの頭が、息を吸い続ける。口の中が赤くなっていく。赤い何か、赤い熱の塊。火を撃つ前の予備動作。俺はそれを知っている。炎のブレスだ。


「こ、ころせぇえええええ!」

 

 うお、びびった。

 魔物使い、ゴカンの声。

 その余りの大声に、森から鳥たちが飛び立った。

 炎の息が俺に向く。奴の口から赤い何かが出てくる。真っ直ぐ俺に向かって。それは国境沿いにやってくる一般人には効果が絶大だろう。というか、あんなの浴びせられたら人体なんて一瞬で焼ける。一般人なら、ヒュドラの恐ろしさ姿と合わせて戦意喪失は間違いなしだ。

 一般人なら、な。

 俺は暖かいそれに手を翳し、消し去った。 

 炎のブレスに混じって奴らの仲間が打ち込んできたんだろう闇の魔法も同じように。



「なんなんだ、あいつ! ヒュドラの息を食らって無傷なんて! しかも、俺たちの闇の魔法が食らった様子もねえ!」


 飄々としている俺を見て、森から飛び出してきた盗賊達が慌てふためていた。


「赤髪が奴らの護衛じゃなかったのかよ! あんな奴がいたなんて、聞いていない!」


 闇の魔法ってあれか。ヒュドラの息に覆い被せるように打ってきた黒いもやもや。あれは直撃すると、意識が朦朧するやつだろう。扱いの難しい闇の魔法の中でも、比較的容易なやつだ。


 しかし、あれぐらいで浮き足立つなんて、盗賊団としての力が知れる。


「お前を倒せば、終わりだろ?」

 

 騒ぎ出したあいつらをターゲットにしても仕方がない。

 奴らの中心にいるのは、あの魔物使いだ。あいつを倒せば、盗賊団は勝手に自滅するだろう。

 足元を火薬のように爆破させ、力一杯踏み込みんだ。

 魔物使いゴカンは手を俺に向けて、何かを呟く。マジックアイテム、魔法の結界。そこそこ値が張るが、それだけだ。

 俺の刃なら、軽く蹴散らせる。

けれど、あのヒュドラが、まるで自分が身代わりになるようにゴカンの前にやってくる。


「ググ!」


 ヒュドラが、魔法を受け止める。

 硬い。俺の刃は奴の皮膚に食い込んだ。

 ヒュドラ。硬い皮膚に刃が通らず、剣士は奴に酒を飲ませ、酔っ払った所を弱点である首筋を狙って倒したなんて逸話を持つ。特徴は、硬い身体。


「ッァァガ!」


 追撃。伸ばした刃、力を込めて奴の心臓を貫いた。


「お、お前、何者だ! やけに、戦い慣れている! 貴族がヒュドラを見て、平然としているなんてそんな馬鹿な話があるか!」


 ヒュドラを倒した俺を見て、ゴカンの顔色が変わる。目に見えて、焦っている。

 雑魚と思い込んでいた俺が、シューヤよりも強かった。その事実が、まだ受け入れられていないようだ。だめだな。仮にも盗賊団のリーダーが、そんなに焦りを見せたら。魔物使いとしての集団を統率していたカリスマが剥がれ、部下が離れていくのは時間の問題だ。


「あ、あああああああああ! あの顔、王都で、見た! 思い出した! あいつは、間違いない! 雷魔法エレクトリックの動乱を抑えて、牢屋にぶちこんだダリスのスロウ・デニングだ!」 


 どうやら、盗賊団の一人が俺の正体に気づいたようだった。



 ●


 アリシア・ブラ・ディア・サーキスタは、見ていた。

 突然、襲撃を掛けてきた盗賊団に対して、並外れた強さを見せるスロウ・デニングの戦いっぷりを。

 シューヤ・ニュケルン一人が相手であれば、勝利を掴みかけていた彼らが、スロウの前では哀れな烏合の集に成り下がっている。


「シューヤ。何で馬鹿な真似したのよ。あれを見てれば分かるでしょ。全部、スロウに任せたらよかったのに。そうしたらこんな怪我すること無かったのよ」


「……」


 シューヤ・ニュケルンもアリシアと同じように、スロウの戦いぶりを見つめていた。

 一挙一同も見逃さない。そんな気迫を持って。まるで、憧れる誰かの姿を見るように。

 世界は、平等じゃない。

 そんなこと、シューヤだって分かっている。生まれる国、両親の存在、才能の有無、誰もが違っている。世界の中でシューヤは、大国騎士国家の貴族としてこの世に生を受けた自分が、極めて恵まれた環境にいると理解している。

 けれど魔物使いが率いる盗賊団、彼らを少しは苦しめた自分に、誇れない。誇りなんて欠片も生まれない。生まれてなるもんか、すら思っている。


「これに懲りたら、自分一人で何とかしようなんて思わないことね。」


「……」


「シューヤ?」


 改めて思うのだ。

 シューヤは今の自分に到底、満足出来ない。

 だから。

 自分は、あの女王陛下から与えられた試練の場。

 サーキスタ大迷宮で生まれ変わる、と。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

新作投稿しました。

豚と同じ異世界転生ものです。

題名は『大賢者への進化条件:それは、どん底を経験すること』〜奴隷少女と共に、レベルアップの先を目指そう〜

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893223257

冬休みの間は毎日更新しますので、こちらもよろしくお願いします。

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