340豚 真夜中の攻防④
馬車の外に出ると、凄惨な光景が広がっていた。
思わず、わおと言ってしまいそうになったがそれは堪える。
「酷い匂いぶひぃ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
深刻な事態であることを軽減させるためにわざと茶目っ気たっぷりで振る舞ってみたんだけど、アリシアには通用しなかった。
普通に怒られてしまった。
馬車の外にいたのは大量のモンスターの死体だ。
死んでいると分かるのはそいつらが丸焼けになっているからだ。ぷすぷすと、今なお焦げて、蒸気を発しているオークさんもいた。
そして息絶えたモンスターの中に一人で立ち尽くす赤髪の男だ。肩で息をしている赤髪はシューヤだ、シューヤは右手には杖を持ち、その場に倒れこむ。
あいつがこのモンスター殺戮場ともいうべき、凄惨な光景を生み出したのは間違いない。
「シューヤ! 大丈夫!?」
モンスターの死体、その異様な匂いに顔をしかめる俺と違って、アリシアはすぐにシューヤの元に駆け出した。
シューヤが何をしていたのか。
それはすべてこの光景が物語っている。
モンスターの襲撃が起きた。そして、あいつは一人で戦っていた。火の魔法を使って、モンスターを焼いて焼いて、その結果がこれだ。
「……ふうん」
でも、残念なことにまだ終わりじゃないようだった。
だって森の中には赤い双眸が幾つもこちらを見つめている。
それにどうやら、俺たちが相手をするべき敵はモンスターだけじゃないようだ。
森に隠れている様子の盗賊団。モンスターとは明らかに異なる、こちらを見定めるような視線。
俺たちがこの場所にやってきたから森の中でごそごそやっている奴らがいることは気づいていたけど、まさか第一陣としてモンスターを仕掛けてくるとは。
盗賊団は、森の中でモンスター達の中に隠れて、ゲラゲラ笑っている。
もう、俺たちが終わったって思っている。それだけ確認すると、俺もシューヤの近くに駆け寄った。
奴らはしばらく放っておいても大丈夫だろう、今のところ何か行動を起こす気配は見受けられなかったから。
「シューヤ! あんた、何しているのよ!」
モンスターの死体を飛び越えて近づくと、小柄なアリシアがシューヤの肩を掴んで身体をがくがくと揺らしていた。
いつだってアリシアはシューヤに遠慮がないが、それはこの二人の仲の良さを示しているんだろう。
アリシアは既に水の魔法、ヒールを発動させている。シューヤの身体がじんわりと水色の衣に包まれていた。
「アリシア……馬車に、戻れって! あれは盗賊に使役されたモンスターなんだよ……まだ終わってない!」
「盗賊!? もう国境沿いなのに! うちの騎士団は何してるのよ! あんな危険な奴らを野放しにしておくなんて!」
アリシアが怒りに燃えながら、森の中を見て拳を握る。
シューヤをこんな風にした敵に、怒りが湧いているようだ。それでもアリシアは怒りを抑えて、シューヤにヒールをかけ続ける。
シューヤの状態は良くはない。疲労困憊のご様子だ。
肩で息をして、口からは血を流している。顔色が真っ青なのは、魔力の枯渇が近い証拠だろう。
水の魔法、ヒールはシューヤを癒しているけれど、魔力切れを回復させる程万能ではない。相手に魔力を分け与える水の魔法も存在するが、アリシアにはそこまで高度な魔法は使えない。
「……アリシア、もういい。俺はまだ戦うから、お前は馬車の中に戻れって」
「ふらふらなシューヤに言われても、説得力ないのよ! 少しは自分の身体を労って! それに、どうして一人で戦おうとしてるのよ! こういうのは、スロウの仕事でしょ! 後はスロウに任せて、じっとしてなさいって!」
アリシアが大きな二重の瞳を潤ませて、早くこの場を何とかしてって、表情で俺に訴えてくる。
全任せとは驚きだけど……。
「まあ。アリシアの言う通り、こういう荒ごとは俺の仕事かもな」
お疲れ様って具合に、シューヤの肩を軽く叩く。
あいつは悔し気に顔を下げた。自分の限界が分かっているんだろう。
「……デニング。モンスターが連携してくるし、森の中からは魔法使いが隙を見て魔法を撃ってくる。あいつら、普通の盗賊団じゃない」
シューヤに言われずとも、当たり前に分かることだ。
森の中でこちらの様子を伺っているモンスターが近くにいる盗賊を襲わず、俺たちだけを狙っているこの現状。
敵の中に
正直、これぐらいのモンスター相手なら勝ちきって欲しかったってのが本心だけどな。
●
アリシアとシューヤを置いて、俺は一人で森へ歩く。
モンスターの屍を避けながらひょいひょいと。
湖畔の傍で夜を過ごすのは、気分転換にもなると思ったが、こうも可笑しな奴らを引き寄せてしまうとは。
「……俺も鈍ったかなあ」
あそこまでシューヤが暴れても、外の異変に気づけなかったなんて……。
俺が気になっているのは、そこだ。まあ、馬車の中から外へ出るときに、可笑しな違和感は綺麗さっぱりとなくなったから、あれはエルドレッドの魔法だったんだろう。
シューヤが俺たちに気づかれないよう、エルドレッドに高度な結界で馬車を覆うよう頼んだのだろうけど……。
あいつ、変な気を回しやがって。
俺が肩の力を抜きながら歩いていると、暗い森の中から一人の男が這い出てくる。
顔を黒い頭巾で覆って、茶色い革鎧を着ている。
その風貌でカタギの人間じゃないことが分かる。一般社会の裏側に属する人間だろう。
「――そこで、止まれ。森の中に入ってきたら、幾ら俺でもモンスター共を抑えられない。どうやら、相当が腹が減っているようでな」
そいつの後ろにいるモンスターを見て、アリシアが小さい悲鳴を上げた。
分厚い蛇の身体、頭の部分が何体にも割れている。あれはヒュドラだ。ヒュドラが従順に、人間に従っている。
あいつが、
自分以外、誰も信用してないぜって目の男が、巨大なヒュドラの前に立ち、俺に向かって話しかけくる。
「——今さらになって出てくるなんて、随分薄情だ……赤髪の仲間を見捨てたのか思ったが、一応教えてやろう。 お前たちご自慢の護衛は、随分と頑張った……しかし、もう終わりみたいだな。魔力切れになった魔法使いは、役に立たない」
暗闇で、空には月が輝いている。
後ろは湖、逃げ道はない。奴らは俺たちを見逃す気はないようだ。
俺に話しかけてきた男は余裕があるし、他の盗賊団が口をはさむ様子もない。
奴が、盗賊団のリーダーであることはすぐに分かった。
「一応。自己紹介をしておこう。俺は
そう言って、ゴカンと名乗ったヒュドラの身体を撫でた。
シューヤは力なく唸る、アリシアはげえって嫌悪の声を出している。
一つの身体に、蛇の頭が何本もくっついている。何本もの蛇の頭がそれぞれ意思を持ち、うねる姿は率直に言って気持ち悪い。なんていうか、見てはいけないものを見た気分になる。
「……恐ろしくて、声も出ないか。無理もない。このヒュドラを手懐け迷宮から連れ出すのは、さすがの俺も苦労したからな。さて、話といこう。手荒な真似はしない、降参するといい。見たところ、お前も 随分高級な杖を持っている、どこかの貴族階級だろう。 お前らみたいな子供が、こんな場所に何のか用か知らないが、運がなかった。それだけのことだ」
「——ゴカン様! やっちまいましょう! 貴族をやれば、俺たちにも箔がつくッ!」
森の中から、こいつの手下だろう誰かの声。
まあ、盗賊団の首領が魔物使いだとは思わなかったけどな。
モンスターは、俺たちが潜ろうとしているサーキスタ大迷宮よりも遥かに弱い。
国境沿いに生息しているモンスターを片っ端から使役しているって感じだろうが、盗賊団にしては豪華であることは間違いない。今までは最初にモンスターをぶつければ常勝だったんだろう、これだけ余裕ぶった態度が出来るのも納得だった。
「まあ、待て。俺だって、少しは楽しみたい……」
ヒュドラの身体には、一部焼け焦げた跡がある。
シューヤの魔法を受けたんだろうか、頭から長い舌を出し、随分と怒っているようだ。魔物使いのゴカンが、身体を撫でて落ち着かせている。
「……血が流れすぎた。ヒュドラの興奮を、抑えるめるには、生贄が必要だ。俺が何を言いたいか、その能天気な頭で理解出来るか? お前たちの中から一人を、生贄に捧げようと思っている」
物騒なセリフを吐く。
生贄? あのヒュドラの? 奴の腹の中に納まるってこと?
そんなのごめんだ。だってみろよ、あのヒュドラ。丸呑みにされるなんて、堪らない。
森の中からはこれから起きる残虐な催しに対して、興奮しているのか囃し立てる声が聞こえた。口笛を吹いてる奴もいた。
「あの赤髪は俺たちに対抗した。モンスターの数も減らされたが、護衛として勇敢に戦い結果を出した。俺は戦士が好きだ。だから、あいつを生贄にすることは止めたい」
こいつら盗賊団はシューヤのことを、俺たちの護衛と思っている節がある。
それはモンスターの襲撃を受けても俺たちが馬車の中から出てこなかったからだろうか。
いや、お前らが戦っている音が何も聞こえなかったんだよと反論したいが、偉そうな魔物使いが話し続けるのでとりあえず聞いてみる。
俺は空気の読める男だからな。
「あの少女もだめだ。姿に気品がある、人質にでもすればたんまり金になるだろう。だから、ヒュドラの生贄にはしない。しかし、お前はどうだ? そこに突っ立っているだけで、杖に手を掛けようともしない。お前の背後にいる仲間を守る力もない、無能のようだ」
森の中から、ドッと笑い声があがる。
いつの間にか他にも仲間らしき男達が次々と姿を現してくる。
奴らは総じてニヤニヤとして、俺たちが狼狽えている姿を楽しんでいるようだ。
「貴族の丸呑みだ、こりゃあいい。泣き叫んで許しを乞えば俺たちの気持ちも変わるかもしれないぞ!」
「家出のつもりが高い勉強になったな! 安心しろよ、すぐに終わる!」
この感じ 、久しぶりだなあ。
俺はシューヤよりも弱いと思われている。
騎士国家にいれば、俺の顔も広く知られていて、王都では龍殺しの英雄様として扱われた。
最近は侮られることが無くなったけれど、他国に出ればこれだ。
俺はただの、役立たずのデブだと思われている。勇敢なシューヤが俺たちのチームリーダーで、誰だってシューヤに好意を持つ。そりゃあシューヤ・ニュケルンは勇敢で、いつだって一生懸命だ。アニメのメインキャラクター様として、相応しい格も持っている。
それに比べて俺はどうだ。アリシアとシューヤに比べれば、確かに見た目は劣っているかもしれないさ。ただの荷物運び、それぐらいにしか思われないんだろう。
「役に立たないなら……せめて、仲間のために餌になるぐらいはしたらどうだ……ヒュドラ、奴を食え」
何本の頭を持つヒュドラが長い首を伸ばし、襲い掛かってくる。
それを見ても、俺は冷静だった。
アリシアの悲鳴が聞こえるけど、すうっと息を吐き、小さな声で呟くだけだ。
杖の先に、風刃が発生。騎士国家の軍に入隊し、不幸にも俺たち公爵家の配下となった魔法使いへ一番に教えるこの魔法は、
少し刃を長めに作り、
すとん、と。ヒュドラの首が一本、地面に落ちる。俺を見て笑っていた盗賊連中が、目を見開いた。
「お前ら、まさか――俺がシューヤよりも弱いと思ってる?」
血相を変えて何かを叫ぶ
俺は、
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