336豚 サーキスタ国境沿いの盗賊団last
衝撃の度合いで言ったら、俺がアニメ知識を得た時と同じ位の衝撃が俺の体を駆け抜けたと言っていいだろう。
俺がアリシアと結婚?
確かに昔はそんな話があったことは事実だよ。婚約の中身は、ダリスとサーキスタの同盟強化に向けた政略結婚だけどな。
サーキスタの王室アリシア姫と、ダリスで将来有望と噂される大貴族のスロウ・デニング。悪くない人選だと思うが、本人からすれば迷惑な話だ。
あんな話、俺が真っ黒豚公爵になったことでとっくに流れている。今では誰もアリシアと俺が婚約者同士だったなんて蒸し返さないしな。
それが今になって、どうして。
俺たちが婚約なんて、そんな馬鹿げた話はアリシアと二人で笑い飛ばしてしまおう。それがいい。そう思っていたのに、まさか本人から肯定されるとは。びっくりだ。
「……」
何故かアリシアは、頬を赤くして俺を見つめているし。
落ち着け、俺。
今のは聞き間違いに決まっている。
結婚というのは人生のステージを変える大きな一大事だ。
俺はシャーロットのことが大好きで、幸運なことに今は両思いなんだ。将来は、考えるのも恥ずかしいがそんな関係になれたらいいなと思っている。
ていうか、そのために俺は真っ黒豚公爵になったんだから。
「……」
普段のアリシアなら、私が俺みたいな奴と結婚するなんてありえない! キーって怒り狂う頃合いなんだけど。
俺は腕を顔の前に上げて顔面を防御。変なこと言うなーって何かが飛んでくるかと思ったけど、そんな気配は一切無かった。
アリシアの奴は顔を赤くして、何故か恥ずかしげにしている。
「スロウ……何してるの」
「いや、殴られるかなって」
「……はあ」
俺の中でのアリシアのイメージは、シューヤに対するそれだ。現実でも、アニメの中ではツン要素満載。シューヤに好意を抱いて、それを自覚するまでは喧嘩上等の毎日だった。そういったところが、アリシアを学園で近づきにくい存在に仕上げていた。
この可憐な容姿に騙されれば、痛い目を見るんだ。そして痛い目に合った 奴らはクルッシュ魔法学園にも大勢いる。アリシアをナンパして、プライドをズタボロにされた 男子生徒の数って、俺が知っているだけでも十人は下らないからな。
「……」
そんなアリシアなのに、今はどうだ。
暗い馬車の中で、ランプに光も灯さずに
体育座りのまま恥ずかしそうに顔を伏せている。アニメの中でも中々見れなかった姿に、俺もどうしたらいいか分からなくなってしまう。
でも、これはちょっと沈黙が長すぎるような。これ以上あいつから何か話す気も無さそうだし、俺から話を進めるか。
「あ、アリシアさん?」
「わ……私とスロウの婚約の話は、事実よ。むかつくのは、サーキスタからの一方的な言いがかりってこと……まだ公爵家の人達の間でも意見が分かれていて、話し合っている途中って私は聞いてるわ」
異常事態だった。
さっきご飯を食べたのに、腹が鳴るぐらい異常事態だった。
こんな状況の中でもきちんとお腹が空くんだから、人間の体と言うものはすごいものだなあ。
冷静に。
冷静になれ、俺。
何で公爵家の事情も俺よりもアリシアのほうが詳しいんだよとか言いたいことは色々あるけれど、今はそこは置いておこう。
「アリシア。く、詳しく、教えてほしいぶひ」
●
暗闇の中で何人もの影が動いている。
一様に顔が分からぬよう、黒頭巾で覆う男たち。彼らは互いに囁き合い、獲物の行動を見つめていた。
今回の対象は3人の少年少女と1匹のモンスター。
「——ゴカン様! 付近一帯のマーキングを開始しました! モンスターの群れは、目標に向けゆっくりと前進中!であります」
部下の声に、彼らを束ねる男、
盗賊団の頭、ゴカンは
「俺の魔笛の音を合図に、いつも通り一気にモンスターに襲わせる。それよりあの
「随分離れた場所で食事中との報告が。ゴカン様、御命令通りあちらにもマーキング入りの餌を配置しましたが、 効果はあるのでしょうか」
「時間稼ぎにはなるだろう。俺が使役する国境沿いのモンスター程度では、あれに勝てん」
ゴカンは一目見て、理解した。
あの少年少女と共にいたモンスター、あれは、
迷宮深部に潜む捕食者。少なくとも、このサーキスタ国境沿いに存在しているモンスターではない。ゴカンも初めて目にするモンスターだが、あの特徴、文献で目にしたことがあった。
曰く、あれは一定の居住地を持たず、旅を繰り返すモンスターだと。
「あのモンスターをゴカン様が使役することは可能なのですか。あのような強力なモンスターが手に入れば、我々の勢力もさらなる拡大が見込めます」
「不可能ではない。が、時間が掛かる。それに、大勢が死ぬ。お前たちに覚悟があるのなら、俺は構わないが」
ゴカンの言葉に、淡い期待を抱いた部下が固まる。
その様子を見て、ゴカンは唸る。
「あの化け物染みたモンスターには、俺たちの仕事中、邪魔をしない程度にモンスターをけしかけ、足止めをする。それで十分だ」
ゴカンから見ても、少年少女が乗る馬車を引っ張っていたモンスター、
ゴカンは後者、一般的な
「ゴカン様! 餌のばらまき、完了しました! 森の中では、モンスターの大移動が既に始まっています!」
「良くやった。お前たちはいつも通り距離を取っておけ。すぐに、始める」
ゴカンは典型的な
しかし、だ。
どれだけ力があったとしても、盗賊家業は一人では為し得ない。一人で出来る悪事には限界がある。当然、冒険者として過酷な過去を持つゴカンはそれぐらい理解している。
しかし、仲間を募ることは、ゴカンの特殊な力を持ってすれば苦労はしなかった。
このような森に迷い込むような人間は訳ありの人間が多く、そのような者たちに自分が手懐けたモンスターを見せると彼らは簡単にゴカンの配下となった。総勢五十名を超える大所帯、この国境沿いで言えば勢力は上から3つに入るだろう。
そんな盗賊団をもってしても、今宵サーキスタとダリス、大国の国境沿いに突然現れた彼らは、獲物として極上に見えるのであった。
理由は単純だ、あの馬車を引っ張るモンスター、
「しかし、ゴカン様。彼らは何者なんでしょう。突然あのような巨大なモンスターを引き連れて現れ、警戒心の欠片も見られない。普通このような場所を通る奴は警戒心の塊ばかりですが」
「年齢を考えろ。彼らはまだ若く、ただの旅行である筈も無い。三人ともが杖を携帯している、あれは見せかけじゃない。本物の魔法使いだ」
「魔法使いがなぜこのような場所を」
「さあな。そこまでの理由はわからないが、今宵がチャンスであることは間違いない。あの馬車の中には金目のものがある。間違いなく」
ゴカンには、うすうす予感がしていた。
一般的な
主人である魔物近いが近くにいなくても、主人の命令を受けて、あのように人間のため忠実に行動出来るモンスターを連れているなど、かなりの身分でければ不可能だ。
武者震いがした。
やってきた方向から考えても、
高貴な人間がどうしてこんな場所にいるのか皆目見当がつかないが、これはチャンスであった。
既にゴカンは部下から彼らの周りに数多のモンスターが好む餌をばら撒いたとの言う報告を受けている。
「ゴカン様! 準備が完全に整いました! そこら中にモンスターが! 空にもいます!」
これから先のやり方は、単純明快だ。
モンスターが彼らを襲撃し、どうにもなくなったところで盗賊が荷物を奪う。盗賊団、彼らは素人ではなく、本職だ。サーキスタ本国の騎士団からも器用に逃げ続け、勢力を築き上げた。
高貴な人間であることが判明すれば人質にすることもあるが、果たして今回はどうなるだろうか。
「そろそろ、始めるか」
「ゴカン様! いつものように、最後の仕上げをお願いします!」
部下の言う通り、後は仕上げだけだ。
ゴカンが持つお宝を用いて、モンスターの動きを加速させるだけである。
ゴカンはモンスターを支配する触媒、首飾りに手を掛ける。
冒険者として生きた証である、
これのお陰で、モンスターは理性を失い、餌のある場所に向けて一直線に行動を開始する。
『モンスター共——奴らを、襲え』
サーキスタとダリスの国境沿いに潜む、名も無き盗賊団の頭。
少年少女の泣き叫ぶ顔を見るのは忍びないが、これも生きるため。情けはかけない。盗賊団の頭、ゴカンの行動を受け、盗賊達が動き出す。
戦闘開始。
—— —— —— —— —— —— ——
次話 真夜中の攻防①に続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます