334豚 サーキスタ国境沿いの盗賊団③
俺たちが向かっているサーキスタ大迷宮には大陸南方の冒険者の歴史が全て詰まっているといっていい。
富や名声、一生かけても手に入らないお宝があそこには集まるからだ。しかも冒険者だけじゃなく、あの大迷宮には俺と同じ公爵家直系の人間だって大勢が魅せられている。
俺の父上、公爵家現当主バルデロイ・デニング。
あの堅物父上の弟であり俺の叔父さんにあたる有名人も、迷宮に魅せられ冒険者の道を選び、最後にはサーキスタ大迷宮に消えたと聞いている。
そんなわけで公爵家の人間があそこに潜るのは御法度だったりするのだが、この際気にしちゃいられない。あそこに潜ることがシューヤ帰還の条件として女王陛下から与えられたなんだから仕方ないだろ。
唯一の救いはちょうど俺とシャーロットが一緒じゃない時期だったと言う事か。
「――おい。生きてるかシューヤ。突然元気無くしてどうしたんだよ。お前の分の夕ご飯はもう俺が食べちゃったぞ。でもお前が悪いんだからな」
水辺の傍で、体育座りをしているシューヤに声をかける。
呆然とした顔で夜の水辺を見つめているあいつ。元気だけが取り柄なのに珍しいこともあるもんだ。
ついさっきまで水汲みに行ったアリシアと言い争いをしていたけど、自分の説得が上手くいかなくてしょげてるのか?
「おーい。俺の声が聞こえていないのか」
「……聞こえてるよ」
「アリシアと水汲みに行ってから急に元気失ったじゃん。てか、水汲みも出来てないし。明日、馬車の中で喉が乾いたらどするんだよ」
「だったら、デニング。お前が汲んでくればいいだろ。俺は我慢できる」
どうやらシューヤは機嫌が悪いようだ。
●
太陽はとっくに降っており、そろそろ眠る時間だ。
アリシアは既に馬車に戻って自分の寝床に落ち着いたらしい。馬車の中には毛布が備えられており、横になるには十分なスペースもある。クルッシュ魔法学園が提供しているようなふかふかのベッドはないけれど、それでもあいつは毎日文句は言わずに、サーキスタ大迷宮への道を目指している。
アリシアは特に文句も言わず我慢しているというのに、こいつは全く。
俺はパーティリーダーとして、機嫌が悪いらしいシューヤを放っておくわけにはいかなかった。
これから迷宮に潜ろうって時に冒険者パーティの一人が機嫌が悪いというのは由々しき問題なんだよ。
「シューヤ。自分の意見がアリシアに受け入れられないからって拗ねてるのか? アリシアの性格、お前もよく知ってるだろ。行くといったら、行く奴だ。ちょっとやそっと説得されたからって意思を曲げるやつじゃない」
「……そんなの分かってる」
「はあー、じゃあ何でぼけーっと黄昏てんだよ。アリシアがいれば地図が使える。あいつの持っている地図があるとないとじゃ、お前の試練も雲泥の差だって散々言っただろ。お前、ダリスに帰りたくないのかよ」
アリシアが持ってきたサーキスタ大迷宮の地図。
あれはサーキスタという大陸南方でも指折りの強国がこれまで自国領の大迷宮へ挑んできた歴史なのだ。冒険者ギルドをも凌ぐ情報が記載されたあの地図を活用出来ることがどれだけのメリットか、こいつは分かっていないのかよ。
「シューヤ。お前は今、アリシアのことを心配しているような場合じゃないだろ。俺たちの故郷である
既に女王陛下が何を持って試練達成と認めるか、シューヤにはその条件を伝えてある。
旅の初日。
あのばかでかい蜘蛛のモンスターから渡された紙にそれは書いてあったのだ。
サーキスタ大迷宮に潜む悪名高い吸血鬼の討伐や、冒険者の迷宮探索を阻む醜悪な毒森の破壊、迷宮の中にあるお宝らの奪取。あれに書かれてあったどれか一つでも達成して、その証拠を持ち帰ることができれば、晴れてシューヤは試練達成なんだ。
内容はどれも非常に厳しいと言わざるを得ないけど、達成するだけでシューヤはこれまで通りの生活を送れるんだ。
「お前がアリシアを心配する気持ちもわかるけどさ、俺はアリシアを迷宮に連れて行くつもりなのは変わらない。それにさ、別に火の大精霊さんだって、アリシアが同行することを嫌がってるわけじゃないんだろ?」
「……」
「はっきりしない奴だな。確かにお前は仲の良いアリシアが一緒で、やりづらいかもしれないけど、迷宮内ではアリシアの護衛は俺が務める。お前はお前で試練を達成するために、火の大精霊さんと修行に励んでいればいいんだよ。それより陛下の希望、どれを達成するか決めたのか?」
しかし、シューヤは無言のまま、じっと暗い水辺を見つめている。
これはあれだな、夕ご飯を食べてないからだ。ご飯ってのはさ、大事なんだよ。たった一食だって抜いちゃいけないんだ。シューヤの奴を見ていたらよく分かる。
俺は毎日三食しっかり食べているから、元気だ。機嫌が悪いシューヤとは違うのである。
「どうしたんだよ、シューヤ。なんか拾い食いして悪いもんでも食ったか?」
「いや、あのさ。デニング、お前はその反応じゃ、知らないんだよな?」
「知らないって、アリシアのことか? だから俺もあいつが付いてきた理由は聞いてないって。聞いちゃったら、俺たちのことも教えろって言ってきそうだからな。でも、もしかしてシューヤ、お前。アリシアに聞いたのか?」
アリシアがサーキスタ大迷宮に向かう俺達の旅についてきた。
あいつに悟られてしまったのは一生の不覚だけど、あいつは自分からなぜ俺たちがサーキスタ大迷宮に向かうのか聞いてこなかった。その理由は自分の事についても深く聞いてくれるなと言う意思表示だろうと俺は思っていた。
シューヤのやつ、アリシアから聞き出したのか?
その理由が余りにも重かったから、シューヤの奴。落ち込んでしまったとか?
「いや、デニング。どんな反対したらいいのか分からないし、お前に言っていいのかも分からないんだけどさ、アリシアとお前、二度目の婚約するんだってな?」
「……」
婚約?
俺とシャーロット、じゃなくて誰が?
アリシア? 何で?
余りにも斜め上すぎて、頭が止まる。
「こういう場合、おめでとうって言ったらいいのか悩んででさ。でも、デニング。お前の脳天気な顔見てたら馬鹿らしくなった。まぁ、俺は応援してるから」
「おい、ちょっと待て。詳しく、聞かせろ」
それは正直、サーキスタ大迷宮に潜ることよりも、遥かな大問題のように思えたのた。
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