333豚 サーキスタ国境沿いの盗賊団②
亜麻色の髪を二つに結んだアリシア。
そして、燃えるような赤髪のシューヤ。
あの二人はクルッシュ魔法学園でも一際目立つ二人組として認知されていた。
サーキスタ王室からの留学生であるアリシアを最初はみんなが珍しがって話しかけていたけれど、彼らの反応を煩わしく思ったアリシアは拒絶した。
それ以来孤立していた時期があったのだけど、そんなアリシアを救ったのがシューヤだ。
「はっきり言うぞアリシア! サーキスタ大迷宮は確かに高位認定の冒険者ですら探索を躊躇う場所だけど、俺とデニングはあの場所でやらなくちゃいけない崇高な使命があるんだ! アリシア、お前が来ても足手まといなんだ!」
もぐもぐもぐ。
俺は2人の様子をチラリと見ながらそのまま食事を続けていた。既にあいつらの分まで食べていた。これ、止まらないんだよ。口に入れると、味わい深い美味が舌に伝わってさ。たまらんぶひっぃ。
「足手纏いってねぇ! 私と大して成績が違わない癖によく言えるわねバカシューヤ! むしろ、一年生の頃は私の方が期末試験の結果は上! そんなバカに心配されたくなんかないわよ!」
「バカバカってお前なあ! 人がこんなに心配してるのにそんな言い方あるかよ!」
「誰が心配してくれって頼んだのよ! そういうの余計なお世話っていうの! ていうか、別にバカシューヤに守って欲しいなんてお願いしたわけじゃないじゃない! 私はスロウに迷宮の中に連れて行ってってお願いしただけ!」
「迷宮の中に連れて行ってって、何を考えてるんだよ! 俺たちが向かうのはそんじょそこらの迷宮じゃない! サーキスタ大迷宮だぞ!」
しかしまぁ。
あの諍いは、一体いつまで続くのだろうか。二人はサーキスタ大迷宮への旅が始まってからあんな言い争いを毎日やっているんだ。仲が良い程喧嘩するっていうけど、飽きないんだろうか。
あいつらが諍いをしている間に俺は次々と食べていく。勿体ないので、二人の分の食事まで手を伸ばした。もう止まらないぶひい。
「俺たちがやろうとしていることは遊びじゃないんだ! もしかしたら大怪我を負うかもしれないし、あんな危険な場所にアリシア
お前を連れていくわけにはいかない! デニングの奴、本当に何を考えてるんだよ! 地図抜きでも、俺たちならやれるってあれだけ言ったのに!」
ここにいるぞ、シューヤ。
アリシアの同行を認めたデニングさんなら、今、お前の分の夕食も食らってるぞ。
●
まぁ、シューヤの言い分も分かる。
確かにアリシアがいれば、サーキスタ大迷宮内部での行動は制限されるだろう。
「私がスロウにお願いしたのは迷宮内での護衛だけよ! 崇高な使命ってバカシューヤが迷宮内で何をしたいのか知らないけど、スロウは私の同行を歓迎するって言ってたわ!」
うん、俺はアリシアの同行を歓迎している。迷宮内部で高位冒険者に出会った時、サーキスタ王室であるアリシアの威光が通用するかもしれないし、何よりアリシアが持ってきたマジックアイテムが俺には必要だった。
それは、地図だ。
サーキスタ大迷宮の中層に続く地図だ。
俺たちには情報が圧倒的に足りないんだ。
クルッシュ魔法学園で出来るだけの情報を調べた、先生にも教えてもらった。それでもまだ、足りない。俺が一番欲しいのは、迷宮内の経路、道を示した地図だった。事を為した後に速やかに帰還出来るよう、自分達がいる場所を示した地図を何よりも欲していた。
だから、俺にとってはアリシアの来訪は天啓だった。
「アリシア! 俺はお前のことを心配してるんだよ! サーキスタ大迷宮にどんな理由があるのか知らないけど、お前の命以上に大切なことなんかないだろ! 幾らデニングがお前を守れるぐらい強いって言っても、迷宮じゃ何があるか分からない! サーキスタ王室であるお前を危険に晒せない!」
「ちょ、ちょっとやめて! 声が大きいのよ! 誰が聞いてるか分からないでしょ! もうサーキスタ領内に入っているのよ! こんな場所で私の正体がバレたら——」
「何心配してるんだよアリシア。こんな国境沿いに誰もいないって!」
シューヤが熱血主人公らしく、アリシアを説得に掛かっている。妙に熱が入り、アリシアの肩に手まで置いている。
アニメの中では、ああやってシューヤは数々の女の子を落としていったのだ。
本気で君のことを心配しているんだよアピール、女の子はああいうのに弱いらしい。俺は肉をほうばりながら、ムシャムシャと視覚を強化しながらそのやりとりを眺めている。
だけど、何がアリシアを危険な場所に連れて行きたくないだ。シューヤは迷宮都市にアリシアを連れて行ったことがある。それも危険地帯であっったヒュージャックを通過して。何を今更って話だよな。
「あーもう! ばかシューヤ! 毎日毎日
うるさいわね。じゃあ、教えてあげる。これはね、私の、未来が掛かってるのよっ!」
●
そこからアリシアは、露骨に声のトーンを落として喋り出した。
むむむ、残念。ヒソヒソ話になってしまうと、声が所々霞んで正確な会話を掴むことは難しいのだ。
でも、やっぱりあいつらって別格だよな。
何がっていうと存在感がさ。アニメのメインキャラクターが持つべき格と言うやつなのか。モブキャラにはない何かを感じるんだよ
。森の中からおかしな存在を引き寄せなければいいけどってもう遅いかもな。
だって——視線を感じる。
見られている。この距離から分かるようじゃ、大した相手じゃないだろうけど。
うん、これぐらいなら放置だ、放置。あの二人にも多少の危機感を持って欲しいし、迷宮に潜るにあたってシューヤの実力が見たいとこでもある。
「えー! 嘘だろ! お前が、あいつと結——婚!」
シューヤが何かを、叫んだ。
アリシアが慌ててシューヤの口を押さえて、その拍子に水を入れた樽を二人は地面に落としてしまった。けれど、アリシアが囁いた言葉は落とした水も気にならないぐらいシューヤにとっては衝撃的だったようだ。
けっこ?
なんだ? シューヤは何を言おうとした?
「っ! 声が大きいのよ! バカシューヤッ! だから誰が聞いてるか分からないって言ったでしょ!」
焦った様子のアリシアはシューヤの鳩尾に、腰の入ったパンチを繰り出す。本当に誰にも聞かれたくないことをヒソヒソ話の中で話していたようだ。
●
——闇の中で、彼らは動く。
——音も立てずに、静かに獲物を狙うために。
盗賊家業は、常に危険と隣り合わせだ。
仲間といっても誰も信頼出来ない。利害関係で繋がっているだけで信頼関係があるわけじゃない。いつ寝首を描かれるか分からないし、国境を巡回するサーキスタやダリスの騎士団に捕まればその瞬間で終わりだ。
そんな彼らがこれまで盗賊団としてやってこれたのは徹底的な慎重さと狙うべき相手を選んできたことである。
自分達よりも数が少なく武力で圧倒できそうな相手。非合法に国境を超えようとする者達の身なりと財産は一致しない。ボロボロに見えても、素晴らしい財産を抱えている可能性がある。そして当然、外見からは推し量れない実力者の可能性もあった。
そうやって相手を見極め、細々と生活することで彼らは命を紡いできたのだ。
もう一つの強みは、盗賊団の頭であるゴカンが
「もうすぐゴカン様が操る魔物が到着する。ゴカン様は今回の強奪で全ての魔物を出し尽くすつもりだ! 魔物の群れに巻き込まれないように気をつけろ!」
だから、今回の決断は驚きだった。
たった三人の少年少女相手に、盗賊団の頭であるゴカンは全力を出すと決めたのだから。
ゴカンは
あの少年少女が載っている馬車は相当立派なものらしい。余計な装飾品は何もつけられていないが、あの巨大な蜘蛛が引っ張っても壊れないよう全てが太く、頑強に作られている。それに、あんなモンスターを利用出来る者は相当な地位につく人間だけであり、そういうところや彼らの会話内容から判断するにあの少女、アリシアが本物のサーキスタ王室である可能性が高いとのことであった。あの馬車の中にはとんでもないお宝が積んである、それが彼ら盗賊団の読みだ。
馬車の傍で二人の少年少女が未だ言い争いをしている。声は聞こえないが、あの元気な彼女がサーキスタ王室。旅のせいか服は汚れているが、確かに王室の人間と言われれば納得してしまいそうな気品を備えている。
「なあ、アリシア様と喋っている男をゴカン様はどうするつもりなんだ。噂ではダリス貴族って話だが」
「人質にするらしい。騎士国家の奴らは情に厚い。幾らでも高値がつくさ」
「それじゃあ、あっちで呑気に飯を食べてるあいつもか?」
「さあな。あの二人についてきたって感じだから同じダリス貴族なんだろう」
アリシア様と言い争いをしている赤髪の少年の他にもう一人どこかの制服らしき服を着込んだ少年がいるのだ。
黒と金が入り乱れる髪の小太りの少年だ。
彼はアリシア様達とは距離を取って、たった一人で食事中。背中を丸めて食事に没頭している。腰には二人と同じように杖を指しているが、とても利発そうには見えない。あの二人のおまけでついてきた、そん感じだ。
「でも、何でサーキスタの王室アリシア様がこんな場所にいるんだろうな。確かアリシア様って
「サーキスタじゃあ、国王様がアリシア様の婚約者を決めたって噂で持ちきりらしいぞ。それも、元婚約者、最近、龍を殺したって噂のスロウ・デニングらしい。アリシア様は一方的に婚約を破棄されたようなもんだから、その話に怒ってサーキスタに戻る途中なんじゃないか?それでもこんな非合法な道を行く理由は分からないけどな。ん? なあ、あそこの小太り野郎、俺たちのことを見ていないか?」
「まさか。どれだけの距離が離れていると思ってるんだよ。勘違いだろ」
確かに食事にがっついていた小太り少年の動きが一瞬だけ止まっているように見えたが、今はもう再び食事に精を出している
気のせいだろうと思い、彼らは再びこれから起こるであろう惨劇について話し続けた。
盗賊団の中でも斥候の役目を担っていた彼らは皆、同士の魔法使いから魔法を掛けられ、一時的に視力に長けている。
長年彼らが盗賊団としてやってこれたのは、
「さあて、無駄話はやめよう。サーキスタ王室の人間やダリス貴族が何でこんな馬車にいるのか知らないが、数は圧倒的にこちらが上なんだ。今はあのでっかい化け物みたいな蜘蛛がいないし、この瞬間を逃す手はねえよ」
荒くれ者の集団が水辺の側で野営する彼らに向かって行動を開始したことなど、当然シューヤやアリシアは知らない。
しかし、それは盗賊団である彼らにとっても同様だった。
盗賊が小太りの少年と侮った彼が、既に盗賊団の行動を把握しつつあったなんて。
「——空を見ろ。ゴカン様が操る魔物が、集まってきたぞ」
まさか、彼らが狙う三人の中に騎士国家ダリスの若き龍殺し。
あのデニング公爵家が直系の一人、スロウ・デニングが潜んでいたことなんて、彼らは夢にも思っていなかったのだ。
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