332豚 サーキスタ国境沿いの盗賊団①
「火よ、発火しろぶひ」
集めた木の枝に火の魔法で小さな灯火を着火させる。
薪の炎が、チリチリと弾ける燃えかすと共に夜空へ飛んでいった。
サーキスタ大迷宮に向かう旅。
数日を経てちょうど俺たちはサーキスタ国境沿いに滞在中。
街道を大きく外れた森の中でちょうどいい水場を発見したので、今日はそこで野営をすることにしたのだった。
「あー、腹減ったぶひ」
うう、冷える。今日は肌寒い夜だった。
そろそろ秋から冬へ、季節が着実に移りゆくみたいだ。
燃え盛る薪の中へどんどん串焼き肉を放り込んで行く。
「もっと入れるぶひ。もっと、もっとだぶひ
腹減ったんだぶひ」
シューヤとアリシアは水汲みにいって、俺は夕ご飯作りの真っ最中であった。
といっても、食材に火を通すだけなんだけど。
●
アリシアの故郷、サーキスタを一言で表すならば緑と豊かな水辺を持つ恵まれた大地ってところかなあ。
他の南方諸国と異なり、サーキスタには良質な水を含む巨大な水場が幾つも存在しているんだ。彼らサーキスタの民の生活と巨大な水場は密着したものであり、昔からサーキスタの民は巨大な湖の傍なんかに街を作ることが多かったとか。
いつでも新鮮な魚が食べられる彼らの生活は非常に羨ましい。肉ばっかりじゃ影響が偏ってデブになっちゃうからな。
あとは……そうだ、あれがサーキスタは有名だっけ。
サーキスタの民は平民であっても水の魔法に目覚める者が多いんだよ。冒険者のパーティに平民で水の魔法使いがいるとすれば、大体はサーキスタ平民だったりするんだ。
おっと、そんなことを考えていると水を汲みにいった二人の声が聞こえてきた。
「いいじゃない! スロウから許可をもらっているんだから! どうして馬鹿シューヤから文句を言われないといけないのよっ!」
「何度も言ってるだろ、別にデニングがリーダーってわけじゃない! 俺はお前が迷宮に潜るなんて絶対に許さないし、そもそも俺たち潜るサーキスタ大迷宮がどれだけ危険な場所かアリシアお前知ってるのかよ!」
サーキスタの民はそんな清らかな大地で暮らしていることから、穏やかで美的的感覚に優れた性格の人間が多いと聞いている。
俺も小さい頃は他国に行く機会も多かったから、確かにサーキスタの人達はそういう傾向があることは知っていた。高級な調度品とかはサーキスタ産であることが多いんだよ。
だけど、やっと水汲みから帰ってきたあの二人組、亜麻色の髪の女の子には、サーキスタ国民が持つ美徳は当てはまらなかったようで残念。
「馬鹿! 私が何年サーキスタで暮らしていたと思っているのよ! たった数年冒険者やってるだけの馬鹿シューヤよりもあの迷宮について詳しいに決まってるでしょ! それに私が持ってきた地図がないと幾らスロウが居るからってシューヤなんかすぐに死んじゃうわよ! サーキスタ大迷宮を舐めてるのはどっちよ!」
「誰がすぐに死ぬだ! お前のその、何とかって地図に頼らなくても俺には凄い力があるんだよ!」
「はぁ? シューヤが凄い力? 寝ぼけてんじゃないのかしら。シューヤなんかただのD級冒険者で、駆け出し冒険者が夢を見るのは勝手だけどサーキスタ大迷宮を舐めたら痛い目に合うわよ! シューヤなんか一瞬で死ぬに決まってるから!」
相変わらず仲が良いのか悪いのか。
二人の言い争いを見ながら、俺は水の魔法ヒールで自分の体を癒していた。ぶひぶひ。
体のあちこちがさ、痛むんだよ。
何と言っても馬車の旅が快適とは言いづらい。
馬車を引っ張るあの巨大蜘蛛モンスターが速度を何よりも優先しているせいで、時折馬車はふわりと浮き上がることもあるし、揺れも凄い。座っているだけでも頭を壁にぶつけてしまうことがよくあるんだ。
しかし、あのモンスター。女王陛下が用意しただけあってとんでもない馬力を持っている。俺たちが進んでいるのは悪路だ。それにも関わらず、あいつは馬よりも平気で倍近い距離を移動する。後数年もすれば、国同士の戦争は強力なモンスターを調教した魔物使いが鍵を握るようになるとはよく言ったもんだ。
俺はぎりぎりであの苦行馬車の旅を我慢できるけど、王族として生まれ育ったアリシアにとっては過酷な旅かもしれないよな。何が目的なのか知らないけれど、アリシアの奴よく耐えてると思うよ。
「く、くそ! アリシアは部外者だから何にも言えないけど、俺には秘められた凄い力があったんだよ! 今までの俺とは違うし、今回のサーキスタ大迷宮でやる修行でデニングだって追い越す予定なんだ!」
「あっそ。じゃあ私のヒールでシューヤの体を癒してあげる必要なんかないわね。だって、すごい力があるんでしょ?」
「くっ」
あの二人、元気だなあ。
既に数日もあの揺れが激しい馬車で過ごしているっていうのに。
ん。でも、よく考えればアリシアは以前、シューヤと迷宮都市に向かうためにモンスターがはびこるヒュージャック跡地の森林地帯を踏破している。あれに比べたら、がたがた馬車の旅ぐらいどうってことはないか。
「......そろそろだぶひい」
気づけば、薪にぶっ刺して火を通している何本もの串焼き肉から肉汁が滴っている。
女王陛下が馬車の中に用意してくれた食料は大量だ。迷宮の中に何日潜るかもわからないし、迷宮に着くまでにできるだけ大量に消費しといたほうがいいだろう。
きちんと俺の好みの食材が揃っていた辺り、女王陛下はやはりやり手だ。
......あの二人は口喧嘩の真っ最中。遂には立ち止まって罵り合いを始めてしまった。
このままだと、食材がダメになってちゃうじゃん。
んーまずいなぁ、とてもまずい。
この世で食材をダメにすること程罪深いものはないと俺は考えている。
だから、俺は串に刺したお肉を勝手に食べ始めることにした。
シャーロット。次に会う時にまた俺がデブになってたら、それはあの二人のせいだから。
●
国境沿いは、どの国であってもごろつきが彷徨いているものだ。
正規な手段で国を渡ろうとすれば、税金であったり身元保証のための書類であったりが必要だ。だから国境沿いの正規ルートを通らず、非合法なルートで国と国の間を行き来しようとする人間は後をたたなかった。
それは商人であったり、国を追われる賞金首の犯罪者であったり、没落貴族であったり、他国で一からの生活を求める平民であったり様々だ。
そして当然、そんな後ろめたい彼らの荷物を奪おうとする非合法的な集団というのが国境沿いには多数、存在するのであった。
暗闇の中に、数十人の男たち。
服装はそれぞれバラバラで、しかし共通している点は全員が闇に紛れる黒色の服を着ているということであった。
「とんでもねえことだ。お前ら、あの女の子はサーキスタ王室の一人。アリシア様だぞ。あの赤髪のガキがそう言っていた。確かにそう聞いた!」
荒くれ盗賊団の頭、ゴカンは興奮した口調で団員の男たちに声をかける。
団員の中には杖を持つ者の姿も数人見られ、盗賊団の中では多少勢いのある集団であることがみてとれる。
しかし、彼らは皆、一様に興奮と怯えがが混じった表情で盗賊団の頭である、魔法使いゴカンを見た。
その表情は、サーキスタ王室の可能性があるアリシア様を本当に襲うのかと訴えているようであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます