322豚 水都サーキスタ――出発前日②
危険を犯して、金を稼ぐ。
迷宮に潜る冒険者の生き方は、まさにハイリスクハイリターンなものだろう。
何も持たずに生まれてきた者たちにとっては、成り上がる手段としては一番手っ取り早い迷宮踏破。
いつの時代だって有名な冒険者の英雄録は子供たちの憧れで、俺だってまぁ夢に見た事は否定しないさ。
まっ、大体の子供は成長するに従って現実を知るもんだ。
夢は夢のまま終わり、誰もが英雄になれる程この世界は甘くない。
でも、迷宮には一攫千金を狙う者達を引き寄せる力があって、この世界には迷宮に潜る奴らが大勢いることは事実である。
「サーキスタに存在する
いかん、本に没頭していた。
顔を上げれば、ドクターは俺がまさに聞きたかったサーキスタ迷宮についての講義の真っ最中。
しかし、初めてのことだった。
俺がドクターの授業に潜り込むようになって数日目。あの風変わりな先生が俺の願いを聞き入れてサーキスタ迷宮の話をしてくれたのは。
俺が顔を上げれば、ドクターは何を思ったのか、意味深に微笑んでいる。
「あの迷宮に潜るものは、命知らずの愚か者と言う事だけだ! 最も、魔法も満足に扱えない諸君ら平民の大半は、
ドクターは声を大にして、机を叩く。
うお……凄い熱量だなぁ。
何が楽しいのか、ドクターはどんどんヒートアップしていく。貴族の生まれでありながら、ドクターの迷宮に対する愛情は他の追随を許さない。
「サーキスタの大迷宮は幾つかの迷宮が合体した集合迷宮だ。特に中層を構築する四つの迷宮が有名であり、中層の先はどこまで続くか誰も知らない最下層。冒険者の中にはそこに惹かれるものもいるらしいが、私にとっては言語道断だ!」
でも、俺も先生の意見に同意見。
だけど、
あの日、陛下はシューヤにそれだけ伝えると、クルッシュ魔法学園を即座に立った。
忙しいのはわかっているけれど、あれはあんまりだよ。あの人はシューヤがあの迷宮を攻略しなくてはいけない理由を何も告げないまま、大勢の
「諸君も知っての通りだと思うが、悪魔の牢獄には魔王が住むなんて馬鹿げた噂も存在する。むろん、噂だ! 最下層に住む魔王を見た人間なんてこの世にいない!」
常人であれば二の足を踏むだろうそれに、あのバカだって最初は不安がっていたけれど、次第に乗り気になった。
俺は陛下に直接、天命を与えられたって。
はぁ。確かに陛下があそこまで言い切ったんだ。
その気持ちは痛いほど分かるけど、だけど、攻略対象の難易度が高すぎやしないか?
「サーキスタの魔王! 誰も見た者がいないにも関わらず、噂だけがこれだけ蔓延するのも馬鹿げた話だと言えよう。しかし、これまで数々の軍隊や力のある冒険者が迷宮に潜り、その悉くが無残な結果に終わった事実がある。あの迷宮には、魔王と呼ばれるような存在がいても何らおかしくはないだろう!」
そんなシューヤの出発は明日に迫っている。
シューヤは一人でサーキスタに行く、これは俺の仕事だと行って聞かないが、あの馬鹿を
幾ら火の大精霊さんがいると行っても、迷宮攻略を迷宮主を倒せばいいとか安直に考えているバカが
あのバカを暴走させないためにも、何故陛下がシューヤにあんな命令を与えたのか知る必要があった。
俺には陛下が、ただ、単純に迷宮攻略しろと言っているようには到底思えなかった。
それに、陛下は何も教えてくれなかったが、クルッシュ魔法学園から去る際、守護騎士ドルフルーイ卿がこっそりと俺にだけ教えてくれた。
そして騎士国家は今までそれを取り返すために幾度も秘密裏に
「ふむ。そうだな……サーキスタの迷宮を語るなら、まずはあの場所で散っていった者たちの話をすべきか」
俺はサーキスタの大迷宮で死にたくないから、必死に迷宮に纏わる文献を集めた。
それだけじゃない。アニメ知識を必死に思い出し、
少しでも生きて、迷宮から帰ってくる可能性を上げるために。
でも、俺が知るアニメ知識には、
だから俺はやり方を変えることにして、この風変わりな先生に俺は頼ることにしたんだ。
地下教室の主、ドクター。
彼の迷宮オタクぶりは他の追随を許さない。おそらくこの国にいる冒険者ギルドの重役よりも、その知識は幅広く奥深いものであろう。
なのに、ドクターの授業に参加するようになってから数日。俺はこの人から有益な情報は何も得られていなかった。
「まずは、あいつらから話さねば。真冬のイングリーズと真夏のインガリーズ。彼らは双子でありながら、互いに憎み合い、共にS級冒険者に至った英雄だ」
●
ドクターは流ちょうな口ぶりで、大勢の冒険者たちの最後を語る。
その口調はまるで、自分がその場を目撃したかのようになめらか。いつもの勿体ぶった言い回しとは程遠い。
この先生は
俺もドクターに、サーキスタ迷宮について教えてくれと何度も頼み込んでいるのだが、今日もいつもみたいに授業が終わろうとしていた。
まずいな、シューヤの出発は明日なのに。
「つまり、だ。聡明な諸君らなら、既に理解しているだろうが、
指揮者のように、口酸っぱく迷宮の恐怖を煽る迷宮学の先生。ドクターが語る迷宮の恐ろしい話を聞いて、過去には迷宮がトラウマになった学生もいるらしい。
迷宮学のダーウィンズ・ドック。
アニメのサブキャラクターであり、そこそこの存在感を放っていた。
俺は彼について、よく知っていた。
アニメの世界では、帝国の精鋭や数多くの傭兵を相手に大立ち回り、命を捨てて学園を守りきった。
そして彼がどうして、モロゾフ学園長の要望を受けて、学園に留まり続けている理由。
——全ては、
「これだけ脅かしても、諸君の瞳に恐れはないようだ。あぁ、嘆かわしい、愚かだよ諸君は。私に似て、実に愚かで親不孝だ。諸君、私もそうだったのだ。迷宮に潜り、迷宮の魅力に取り憑かれた。あの時の気まぐれさえ無ければ、私は今頃王宮で、諸国の外交官にでもなっていただろう。あぁ、なんて、勿体ない私の人生!」
ついには、大仰にポーズをつけながら泣き真似をしだしたよ。
ドクターは生徒からの質問には的外れな回答で返し、決して答えを教えない意地悪な先生として評判だ。
しかし、それは生徒にドクターの思いを汲み取るだけの知識が無いからともいえる。
つまり、何て言うか、その。
俺はこの先生が、嫌いではないのだ。
学園中から変人扱いされ、滅多に外に出てこない、敢えて愚者を演ずるには理由がある。
ドクターは人間じゃない。
この人は、
学園で人間の真似をし続けるのも、真実、ドクターにとっては苦行に違いない。この人は、どことなく昔の俺と似た匂いを感じるのだ。
「諸君らには賢明な決断を期待する! それでは、本日の授業を解散とする! さぁ、帰った帰った! 研究の邪魔だ!」
数少ない生徒が、我先にと教室を出ていく。
今日も彼ら生徒が望むお宝などの情報は一切無し。ぶつくさ文句を言いながら、螺旋階段を登っていく。
ドクターは生徒に早く部屋から出て行けと、愛想の欠片も見せず手を振っていた。
この後、ドクターはすぐに自分の研究に没頭するんだろうな。
しかし、本当に生徒が困っている時は、手を差し伸べるツンデレ半吸血鬼であることを俺の記憶が教えてくれる。
「ふん……前途ある若者が、迷宮に興味を持つなんて命の無駄だ。まるで、なっていない。あぁ、また無駄な時を使ってしまった。時は有限だというに、勿体ない」
「……」
"ドクター、俺を助けて下さい。"
"俺はこれから、貴方が潜る奴は愚かだと言った
"でも、このクルッシュ魔法学園に生きて帰ってきたいんです。"
俺は、棚に置かれた一本の試験管を見つめるドクターにそう話しかけようとして——やめた。
アニメの世界と、俺が生きるここは違う。
そんな当たり前の事実を改めて思い出したからだ。
半吸血鬼のドクターがアニメの中でシューヤを助けたのは、シューヤとドクターの関係性があったからだ。
シューヤは一年生の頃からドクターの授業を真面目に取り続け、二人の間には確かな友情があった。
だけど俺とシューヤは、違う。
俺がドクターの迷宮学の授業を取り始めたのは最近のことだし、
ドクターがシューヤを助け、俺を助けないのも、ドクターの自由だ。
俺は、関係作りに失敗した。それだけの話。あとは自分の力でどうにかするしかない。
そう思って、立ち上がろうとした時だった。
「あぁもう——デニングッ! 君は私に用があるんだろう!」
そう言って、ドクターは俺の隣にやってくる。
真っ白豚公爵になっても、誰も進んで座ろうとはしなかった俺の隣の椅子に。
「フン! 私はな。私は、こう見えても、物知りなんだ!」
要領を得ない言葉。
だけど、俺はそれに釘付けだった。
手には黒々とした液体が詰まる試験管。それを、ドクターは一気に飲み干した。
うげっ、よくそんなの飲めるな。
少なくとも人間が飲めるようなもんじゃ、あ、ドクターは人間じゃないか。
「あ、あの。先生、何の話ですか?」
そして、真正面から半吸血鬼の怪しげな迷宮学の先生は言うのだった。
「デニング! 君はまた愚かな決断をしようとしている! 君にとって本当に大切なものはなんだ!
「ちょっ、ちょっと待ってください。どうして、先生がその話を——」
迷宮学のダーウィンズ・ドック。
俺が、サーキスタの大迷宮に潜るって知ってるんだ!
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本日は文庫、豚八巻発売日!
一週間の初動が大事らしいので、応援頂けたら嬉しいです。
※いつも以上に自信のある巻です。
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