323豚 水都サーキスタ――出発前日③

「驚くのも無理はないが、私は君らに課せられた勅命の仔細を知っているよ」


 陛下から与えられた勅命。

 サーキスタ迷宮の攻略、それは極めて秘匿性の高い情報だ。

 ――なのに、この男はまるで全てを知っているかのような口ぶりで話すんだ。


悪魔の牢獄デーモンランドを支える4大迷宮の一つ。君とニュケルンが潜ろうとしている迷宮は――冒険者の帰還率が最も低く、形持たぬスライムが迷宮主として君臨している迷宮。それぐらいはデニング、君も知っているか」


 空いた口が、塞がらなかった。


 女王陛下はあの場、わざわざ俺とシューヤ以外を部屋から出して伝えたんだ。

 少なくともただの先生である、この人が俺たちが潜る予定の迷宮を知っている道理はない。無いはずだ。


「呆れかえる。どうやら君は、自分たちが挑む迷宮主ダンジョンマスターの正体すら知らなかったようだな」


 それに、それだけじゃない。

 事も無げにドック先生は、俺たちが潜る迷宮の主を言ってのけたからだ。

 スライム?

 あの、オークよりも弱いモンスターが大迷宮の迷宮主?


「不思議かい? ただの学園教師である私が、君たちの向かう迷宮先を知っていることが。だけど私はそれ以外も知っているぞ。君たちの出発は、明日なんだろう?」


「……どうしてそれを」


「君とニュケルンが学園に提出した長期休暇申請用紙を見た。君は実家へ従者を迎えに、ニュケルンは実家で休養。よくあんな理由で申請の許可が下りたものだ。モロゾフ学園長も、薄々君たちが女王陛下から何らかの命令を受けたことには気づいているのだろう」


 ドクターの言う通りだ。

 本来であれば長期休暇の申請は、滅多に通るものではない。クルッシュ魔法学園は実際に生徒から申請される長期休暇の内容確認し、実家に間違ってないか連絡をとることが通例だ。

 だけど俺たちの長期休暇申請はあっけなく通ってしまった。


 明日、俺とシューヤは学園を出て、サーキスタに向かうのだ。

 太陽も上がらない早朝、学園の外で俺たちを迎えに馬車がやってくる手筈になっている。


「もっとも、私は大反対だ。サーキスタの迷宮へ学生を向かわせるなんて馬鹿げている。女王陛下はニュケルンの中に眠る大精霊の活躍を期待しているようだが、まだ未知数という話じゃないか」


「……ッ」


 今、確かに先生の口から火の大精霊エルドレッドの話題が出た。

 その言葉が出て、全身が鳥肌立つ。

 それはドクターの立場で知っていたらいけない情報だ。


 この前、陛下が突然学園にやってきた来訪の目的だって、その全容は学園長しか知らないのに。

 

「先生はばらす……つもりですか」


「なあ、デニング。知っていなければ不公平だととは思わないか? あの方は私が持つ知識の中でも、最も価値あるサーキスタ大迷宮について君に話せと言ったのだ。君は、サーキスタ大迷宮がどれほど価値ある迷宮か知らないのか?」


 知っている。知っているさ。

 あの迷宮の秘密を解き明かすために、どれだけ有名な冒険者が命を落としたか。

 サーキスタ大迷宮の奥地には万金にも匹敵する価値のマジックアイテムが幾つも埋まっている。

 あの大迷宮の一部でも記した地図があれば、由緒ある城が買えるだろう。


「私にとって幸運なことに、価値ある情報は対価が必要であることをあの方はよく理解している。私の知識を解放する代わりに、この学園で唐突に守護騎士選定試練ガーディアンセリオンが行われた理由も、あの時学園の外に軍が布陣していた理由も、全て知ったさ」


「……」


 嘆息する。

 何だよ、それは全部じゃないか。 


 校舎の地下に設立されたこの暗い教室。

 半分人間では無くなってしまった先生を前にして、ゆっくりと肩の力が抜けていく。

 そして、同時に小さな怒りが現れる。

 この人はそこまで知っていた。なのに、ここ数日俺が授業に通い込んでサーキスタ迷宮のことを尋ねても、何も教えてくれなかったからだ。



「かぁー! いいか、デニング! 君は随分と友達思いだ! 私は、感動したのだよ!」


 ドクターはクルッシュ魔法学園における、不人気の代表格だ。

 陽のロコモコ先生に、陰のドック先生。

 生徒の間ではそう呼ばれるぐらいだったのに、これは一体どういうことだ。


「私も! ニュケルンの中に得体の知れない悪霊がいたことには気づいていたのだッ!」


「気づいていたんですか。いつから……」


「待て待て、私だってそれがまさか火の大精霊エルドレッド だったとは思ってもいなかった! ただの悪霊の類だと! 卒業までニュケルンがあのままなら学園長と除霊しようとは考えていたのだが、まさかこんな展開になるとはな!」


 今の姿は、俺が知っているドクターの姿とは異なっていた。

 ずっと飲み続けている液体で酔っているのか、青白い顔には朱色が差している。

 こんな先生の姿、少なくとも俺はアニメの中でさえ見たことがなかった。


「ふっふっふ! ニュケルン、変わっていると思っていたが、大精霊なんて化け物を体の中に飼っていたとはッ!」


 俺がどれだけ内心混乱しているかも知らないて、先生は続ける。


「ま、ニュケルンの話は別だ。今回は君だよデニング。陛下が、あの悪魔の黒剣デーモンスライスにご執心なのは王室関係者にとっては周知の事実だが……それにしたって学生を使うのは悪趣味だ。デニング、君も君だ。君なら、陛下の要求がどれだけ無茶か分かるだろう?」

 

 それは、分かる。


 シューヤに命令した曰く付きの迷宮の攻略。あいつも気づいているだろうが、あれは迷宮の中で死ねと言っているに等しいのだ。


「だが、きっとこういうことなのだろうな。迷宮の中なら、火の大精霊を身体に宿すニュケルンがどれだけ暴れてもこの国は痛くも痒くはない。過酷な環境の中で大精霊を完璧に制御出来るようになれ、と、出来なければ、そこで死ねと言っているわけだ」


 俺も同じ考えだ。

 シューヤのことを、陛下は完全には信用していない。


「しかし、あの方はさすがだ。君が私を訪ねてくる所まで、お見通し。この学園にいる私以外の教師連中には、君が抱える悩みを解決するのは到底不可能だろうからな」


「あの……ドック先生。先生に秘密をバラした人は誰なんですか」


 学園の問題教師とも言えるドクター相手に、秘密をばらした奴。

 かなりの権力者であることは間違いないが、一体誰だよ。学園長じゃない。学園長は常識人だ、幾らなんでもこの半分、人間じゃない先生にシューヤの秘密を打ち上げるとは思えなかった。ロコモコ先生でもない。あの人は、シューヤに与えられた陛下からの勅命を知らない。


「デニング。君は、誇ったほうがいい。あの方が陛下の命令に反して独断で動くことは滅多にないのだから」


 それから、先生は教えてくれた。

 俺が知りたくてたまらなかった、陛下の真意と俺たちが倒すべき相手。

 そして、陛下の目的が――。


「なぁ。君は一体、天下の守護騎士殿あのドルフルーイ興にどんな恩を売ったんだい?」


 簒奪のステインと呼ばれし、形を持たないから。

 代々、騎士国家ダリスの女王に継承される――玩具の杖ガラクタを取り戻すことだって。

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