321豚 水都サーキスタ――出発前日①
「——誰だ! オークの食べ残しを私の崇高な研究室に持ち込んだ愚か者はッ……!」
クルッシュ魔法学園内部にて立ち並ぶ校舎群。
地上一階から地下に続く螺旋階段を降りた先で、悪名高いその授業はひっそりと行われている。
「これの一体どこがサイクロプスの食べ残しなんだ! いいか!? サイクロプスは旅する巨人とも言われるが、警戒心が強く滅多に人里に姿を現すものじゃない! これは何の価値もないオークの食べカスだ! 無価値の中の無価値だ!」
壁際に立てかけられた棚には何が入っているか分からない怪しげな試験管がずらり。
真昼なのに狭い教室内は暗く、埃と煤で汚れている。
授業に参加する生徒は何度も掃除の必要性を訴えているが、この部屋の主人が彼らの声に聞く耳を持ったことは一度もない。
「いいかッ! 私は暇じゃないんだ! 好きなだけ研究してもいいと言われたからこの学園で働いているものの、誰が好き好んで愚かな諸君らの相手をしたいと思うものかッ!」
白衣を着こんだ風変わりな男が拳を握り、たった数人しかいない生徒を相手に熱弁をふるっている。
充血してギラギラとした目。
思わず目を背けたくなる不審者っぷり、道であったら絶対に目を合わさない。
こんな人がこの由緒正しいクルッシュ魔法学園の教師と言われて、素直に信じる人はいないであろう。
色んな事件が頻発しているが、このクルッシュ魔法学園は騎士国家の中で最も由緒正しい学園なんだよ。真っ当な方法でこの学園の先生になろうと思ったら、貴族の生まれであることが必要不可欠。
それじゃあ、あの奇妙な男は何者だと言われれば、あれでもちゃんとした貴族の生まれである。
しかも、格で言えば公爵家のちょうど下ぐらい。デニング程じゃないけど、結構な格だ。
「迷宮に憧れる諸君らは本当に見る目がなく、どうしようもないことを自覚しろッ! サイクロプスとオークのそれを見間違うなど、どういう教育を受けたらそのような頭に育つのだッ! 諸君らは、この私の授業で一体何を学んできたんだ!」
数人しかいない生徒の前で、熱弁を振るう男の名前はダーウィンズ・ドック。
通称、ドクター。
パーマのかかる黒い長髪、いつも濡れているように見えるそれは、生徒の間では絶対シャワーを浴びていないって評判だ。
暗い部屋の中でみれば地獄から蘇った幽霊のようにも見える。
しかし、れっきとした人間である。
そんな変わり者の先生が扱っている題材は迷宮学、である。
ドクターは貴族の生まれでありながら迷宮の魅力に取り付かれ、とある迷宮内で路頭に迷っていたところをモロゾフ学園長に保護されたらしい。
学園長って、生徒だけじゃなくてこーゆーどうしようもない人にも弱いんだよなぁ。
他の例はもちろんあの元王室騎士、ロコモコ先生だ。それに火の大精霊さんなんて化け物を飼う、シューヤだって学園長が保護したその一人である。
「諸君らは酷い愚か者だッ! 貴族でありながら、迷宮の勉学にうつつを抜かすなど救いようがない! 天下のクルッシュ魔法学園に通いながら、迷宮を学び、あまつさえ冒険者になりたいなんて、救いようがない! おぉ、神よ! 真相ギアバラム! 迷える子羊達を救いたまえ!」
こんなドクターが教える迷宮学の授業、人気があるとは口が裂けても言えなかった。
なんせ大多数の貴族にとって、迷宮とはただ危険なだけの場所だ。
それにこの授業風景を見ていたらわかる通り、非常に変わり者の先生が担当している。この魔法学園には学び甲斐がある授業が沢山ある中で、わざわざこの先生が教える授業を取ろうなんて、変わり者だけ。
「別に迷宮だけじゃなく、魔法の勉強だってしてるっての」先生に聞こえないよう小声で毒づく誰か。
そんな変わり者生徒の大半は、貴族じゃなくて夢見る平民である。「ていうか、どうしてあのデニング様が迷宮学にいるんだよ..」
あー、あー。
何も、聞こえなーい。
「あぁ!? デニング! 君は今日も教科書と睨めっこか! なに!? 騎士国家の歴史? 迷宮に関する教科書でもないじゃないか! 本来、授業に参加する権利のない君が頭を下げて頼みこむから、せっかく授業参加の許可を与えたと言うのに!」
「……」
「まぁいいさ! 迷宮学問は貴族にとっては敷居が高く、君のような大貴族の生まれが取る授業ではないからな! 取り消されたとはいえ、陛下の王室騎士になった君が私の授業に参加すれば私の株も少しは上がり、あの元王室騎士の授業程度には人気になると言うものだ! 許す、許すぞデニング! 好きなだけこのダリスの勉強をしたまえよ! この変わり者め!」
変わり者って……。
あんたに言われたくないよ、ドクター。
でも、ドクターの言う通り。
俺は女王陛下らが去ってから数日、この変わり者の先生が行う授業を受け続けているのであった。
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次話は明日、更新します。
※明日は豚八巻発売日です。
ここまで支えてくれた皆様に感謝致します。
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