319豚 勅命――騎士国家の秘密兵器④
思わず、お菓子に伸ばしていた手が止まった。
女王陛下が今口にしたシューヤの未来という言葉。
そんな話、俺は何も聞いていなかったからた。
「……お、俺の未来の話ですか?」
「そうだ。気になるだろう?」
「は、はい……でも……あの……」
今回、女性陛下が
それは陛下自らシューヤの安全を、シューヤには巷で考えられているような、
先ほど女王陛下がシューヤに語りかけたように、陛下の鶴の一声さえあればこの騎士国家においてシューヤの身の安全は保証される。だから俺は何としても、シューヤと陛下を合わせる必要があると考え、そしてそれは今日実現した。
シューヤの中に
それくらい騎士国家におけるエレノア・ダリスの力は絶大なんだ。
「シューヤ、君があの
「……はい」
「私たちも気づいたのは、つい最近の話だ。当然、君が考えているように
「……え」
シューヤが絶句して、俺を見る。
ちょ、陛下。それは後でシューヤにゆっくり説明する予定だったのに、こんなところでばらすなんて。
「
「……」
シューヤは俺を一瞬横目で見て、それから再び女王陛下の顔を直視する。
絶対、納得してないな。まぁ、全部が茶番だと教えられたらそうなるか。あいつ、大精霊さんの口車に乗って、この国から逃げようと本気で考えていた位だからな。
アニメの中ではシューヤが自分の中に
だけど今回、俺が頑張って手助けをした甲斐があって、シューヤが闇堕ちをする時間はとっても短くなったと、思う。
なのに、シューヤからは俺に対する怒気をふつふつと感じる。
「それじゃあシューヤ。君の未来についてだが」
「陛下——ちょっとまって下さい」
当初の予定では、陛下はシューヤの安全を確かめるだけ。
それだけの筈だった。
未来、シューヤの未来の話か。
大いに興味をそそられるけど、俺は陛下の話に待ったを掛ける。
シューヤの未来なんてそんな話、俺は何も聞いていないからだ。
「諦めろ、スロウ・デニング。陛下がああなれば、俺でも止められない」
側に控える
重みのある言葉だった。そういえばアニメの中でも突飛な女王陛下の行動に一番困らされていたのはこの人だったか。
何せ、この人は天運、エレノア・ダリスだ。
あの
何の特徴も無かった騎士を、最強の
「どうしたんだ、スロウ。私はまだシューヤの安全を保障しただけ。それだけでは、これからの生活が不安だと思ってな。私からシューヤにいくつか提案を持ってきたんだ」
「そんな話、俺は聞いていません。今日はシューヤと陛下の顔合わせの場。それ以外は、今のそいつには重すぎます。余りにも情報過多だと、俺は考えます」
「スロウ――私はこれまで、随分、配慮してきただろう?」
陛下が大きく大きくため息を吐いた。
まるで子供をあやすみたいにやれやれといった具合に。
「
「陛下ッ! 俺は! 陛下のためなら、なんだってしますッ! それにこの力を暴走させるようなことは、火の大精霊に身体を乗っ取られるなんて絶対にないって! ニュケルンの名に誓いますッ!」
シューヤは立ち上がっ、ぐっと力こぼしを作ってみせる。
はあ……。シューヤの野郎、俺の言葉は聞く気もないか。
しかし、この国で生きる者にとって
●
シューヤは親切で優しく、俺とは正反対の義理堅い男だ。
アニメの中でも困った人を見れば放っておかなかったし、ちょっとした親切を受ければ何倍にもして恩を返していた。それが原因でアリシアとは何度も喧嘩をしていたけど、そういった真面目な性根の部分にアリシアは次第に惹かれていった。
ああ、分かっていた、分かっていたさ。
もし女王陛下がシューヤに何かお願いをすれば、 真っ直ぐなシューヤは全力で 応えようとするってことは。だけど、恐ろしいのはシューヤの性質ともいうそれを一目で見抜いた女王陛下の眼力だ。
「……ぶひい」
俺はお菓子に手を伸ばし、パクリ。
パクリ、パクリ、パクリパクリ。
陛下が勝ち誇った顔をして楽しげに俺の様子を見ていた。ドルフルーイ卿が呆れたような目を向けている。
シューヤが乗り気になったら仕方ない。俺にはどうしようもない。
さぁ、陛下さんよ。何だって言ってくれよ。
「さて。スロウが諦めたようだから、話を進めようか。シューヤ、私は今日、君を見て確信したんだ。君の
「……」
「シューヤ。君が
「そんな! 俺は、絶対に、
シューヤの奴、真剣だ。
あいつがこんな真面目な顔をしている姿なんて、少なくとも魔法学園の授業中じゃあ一回も見たことなかったなぁ。
ふう、暑苦しい。あんな熱気のある表情を見ていると、喉が乾いてきた。
「そう願いたいが、人生は何が起こるか分からない。大勢が心配しているんだ。君が、
「陛下! 何をすれば、いいんですか。どうやったら、信じてもらえるんですか。俺がこの国を愛しているって!」
俺はもう完全に蚊帳の外だった。
いつの間にか机に置いてあった水差しから直接、水をごくごくと飲み干しながら陛下とシューヤのやりとりを聞いている。
「シューヤ、君にはスロウが学園で行った龍殺し、あれに近い偉業を求めたい」
「俺が……あれを、ですか。でも俺にはあんな力……」
「今のシューヤなら出来るだろう。君の中には、あの
それにさ。
今更だけど、どうして俺があいつのためにこんな世話を焼いているんだよ。
もう、この部屋出てもいいかな……あ、でも。部屋の外にはマルディーニ枢機卿やあの
よし、まだ暫くはこの部屋の中にいるとしよう。
「もっとも、龍殺しが出来る機会など滅多にないが、ついさっき、クルッシュ魔法学園に来る道中に、今のシューヤにおあつらえの敵を思いついてね。シューヤ。君には
「ぁぁ、ぶほぇ! ちょ、ちょっと待ってくださいッ!」
思わず俺は飲んでいた水を全て吐き出した。
今。陛下はなんて言った?
もしかして今のは、俺の聞き間違いか?
「き、きたねえなデニング! 陛下が喋ってる時になんて態度だよ!」
シューヤと女王陛下の間にあった真剣な空気が全て発散する。
ある意味で神々しかったその空気の中にいたシューヤはむっとした顔で俺を睨みつける。
「陛下! 貴方、今なんて言いました!? シューヤが
「デニングッ! お前、陛下に向かってなんて口の聞き方するんだよ!」
「だ、黙れシューヤ! お前、事の重大さがわかってんのかッ!」
「はぁ! 何だよ、デニング! お前、俺が陛下から仕事与えられたからって嫉妬かよ! 陛下、俺はやります! サーキスタで、その迷宮を攻略してきます!」
「シューヤ! お前、気づいてないだろうから教えてやる!
「………………え」
アリシアの故郷、サーキスタに存在する
大陸南方に存在する未踏破迷宮の中でも飛び抜けて悪辣で、最下層には見たこともない極めて強力なモンスターが闊歩しているとか。
南方冒険者ギルド総本山は、踏破不可能と判断し、許可無き冒険者の迷宮攻略を禁じている。即ち、潜れば死ぬと評価されている迷宮、それこそが
そんな特別な迷宮の名前を聞いて、シューヤの顔が青ざめる。
無理もない。
迷宮都市で出会ったアニメの中でも最強格、あの
さっきの勢いはどこへやら、たらたらと汗を流し始めたシューヤに向かって、
「シューヤ。君には
そして女性陛下は、これで話は終わりだとばかりに、席を立つのであった。
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