319豚 勅命――騎士国家の秘密兵器④

 思わず、お菓子に伸ばしていた手が止まった。

 女王陛下が今口にしたシューヤの未来という言葉。

 そんな話、俺は何も聞いていなかったからた。


「……お、俺の未来の話ですか?」


「そうだ。気になるだろう?」


「は、はい……でも……あの……」


 今回、女性陛下が王室騎士団ロイヤルナイツを引き連れて、大所帯でクルッシュ魔法学園にやってきた来訪の真意。

 それは陛下自らシューヤの安全を、シューヤには巷で考えられているような、火の大精霊エルドレッドを宿した人間特有の危険性がないことを自分の目で確かめるためだった。


 先ほど女王陛下がシューヤに語りかけたように、陛下の鶴の一声さえあればこの騎士国家においてシューヤの身の安全は保証される。だから俺は何としても、シューヤと陛下を合わせる必要があると考え、そしてそれは今日実現した。


 シューヤの中に火の大精霊エルドレッドがいることは、今はまだ知る者の数は少ない。けれど、これから少しずつ確実に広まって行く筈だ。しかし、誰かが気付いたとしてもシューヤの背後にいる女王陛下の影に気づけば、シューヤに手を出すなんて馬鹿ものはこの国には一人もいない。 


 それくらい騎士国家におけるエレノア・ダリスの力は絶大なんだ。


「シューヤ、君があの火の大精霊エルドレッドを自らの力で押さえ込んだという話を聞いて、私はずっと君の未来を考えていたんだ。そして、ついさっき考えが纏まった。ん? あぁ、私たちがいつから火の大精霊エルドレッドの存在に気づいていたか気になるのか」


「……はい」


「私たちも気づいたのは、つい最近の話だ。当然、君が考えているように火の大精霊エルドレッドを抱える君を殺すべきだと声が上がった。しかし、あの守護騎士選定試練ガーディアンセリオンで事態は少しだけ、変わった、君が、頑張ったからね。なあ、スロウ。君も鼻が高いだろう。シューヤは、君が必死で考え出した茶番を見事乗り越えたんだから」


「……え」


 シューヤが絶句して、俺を見る。

 ちょ、陛下。それは後でシューヤにゆっくり説明する予定だったのに、こんなところでばらすなんて。


火の大精霊エルドレッドが身の危険を感じ、シューヤの身体を乗っ取るような大掛かりな舞台を準備する。火の大精霊エルドレッドが君の意思を乗っ取り、この国から逃げ出すような状況に追い込んだ上で、シューヤが火の大精霊エルドレッドを押さえ込むことができれば、君がただ火の大精霊エルドレッドに操られるだけのと違う証明になると、スロウが言い出したんだ。憎らしい顔をしていながら、スロウは君のことを心配していたのさ。この私に、君は安全だと連日、訴えに来るぐらいにね。まあその辺の話は私が王都に帰ってから、スロウから直接聞けばいい」


「……」


 シューヤは俺を一瞬横目で見て、それから再び女王陛下の顔を直視する。

 絶対、納得してないな。まぁ、全部が茶番だと教えられたらそうなるか。あいつ、大精霊さんの口車に乗って、この国から逃げようと本気で考えていた位だからな。


 アニメの中ではシューヤが自分の中に火の大精霊エルドレッドがいると知って、闇堕ちしている時間は長かった。さらに女王陛下の信頼を得るまでに非常に多くの時を費やした。


 だけど今回、俺が頑張って手助けをした甲斐があって、シューヤが闇堕ちをする時間はとっても短くなったと、思う。

 なのに、シューヤからは俺に対する怒気をふつふつと感じる。


「それじゃあシューヤ。君の未来についてだが」


「陛下——ちょっとまって下さい」


 当初の予定では、陛下はシューヤの安全を確かめるだけ。

 それだけの筈だった。


 未来、シューヤの未来の話か。

 大いに興味をそそられるけど、俺は陛下の話に待ったを掛ける。

 シューヤの未来なんてそんな話、俺は何も聞いていないからだ。


「諦めろ、スロウ・デニング。陛下がああなれば、俺でも止められない」


 側に控える守護騎士ガーディアンの言葉。

 重みのある言葉だった。そういえばアニメの中でも突飛な女王陛下の行動に一番困らされていたのはこの人だったか。

 何せ、この人は天運、エレノア・ダリスだ。

 あの光の大精霊レクトライクルから寵愛を受け、天から運を授けられた。

 何の特徴も無かった騎士を、最強の守護騎士ガーディアンに育て上げた。


「どうしたんだ、スロウ。私はまだシューヤの安全を保障しただけ。それだけでは、これからの生活が不安だと思ってな。私からシューヤにいくつか提案を持ってきたんだ」


「そんな話、俺は聞いていません。今日はシューヤと陛下の顔合わせの場。それ以外は、今のそいつには重すぎます。余りにも情報過多だと、俺は考えます」


「スロウ――私はこれまで、随分、配慮してきただろう?」


 陛下が大きく大きくため息を吐いた。

 まるで子供をあやすみたいにやれやれといった具合に。


火の大精霊エルドレッドを内に宿すシューヤの安全を保障した。しかし、シューヤの力が暴走するようなことがあれば私は歴代最悪の女王として、大陸の歴史に名を残すだろう。忠臣の声に耳を傾けず、火の大精霊エルドレッドを持て余したエレノア・ダリスとな。私とて、危ない橋を渡っている」


「陛下ッ! 俺は! 陛下のためなら、なんだってしますッ! それにこの力を暴走させるようなことは、火の大精霊に身体を乗っ取られるなんて絶対にないって! ニュケルンの名に誓いますッ!」


 シューヤは立ち上がっ、ぐっと力こぼしを作ってみせる。


 はあ……。シューヤの野郎、俺の言葉は聞く気もないか。

 しかし、この国で生きる者にとって 女王陛下 エレノア・ダリスの言葉は絶対であるという事実を、シューヤの反応を見て俺は改めて理解したのであった。


 ● 


 シューヤは親切で優しく、俺とは正反対の義理堅い男だ。

 アニメの中でも困った人を見れば放っておかなかったし、ちょっとした親切を受ければ何倍にもして恩を返していた。それが原因でアリシアとは何度も喧嘩をしていたけど、そういった真面目な性根の部分にアリシアは次第に惹かれていった。


 ああ、分かっていた、分かっていたさ。

 もし女王陛下がシューヤに何かお願いをすれば、 真っ直ぐなシューヤは全力で 応えようとするってことは。だけど、恐ろしいのはシューヤの性質ともいうそれを一目で見抜いた女王陛下の眼力だ。


「……ぶひい」


 俺はお菓子に手を伸ばし、パクリ。

 パクリ、パクリ、パクリパクリ。

 陛下が勝ち誇った顔をして楽しげに俺の様子を見ていた。ドルフルーイ卿が呆れたような目を向けている。


 シューヤが乗り気になったら仕方ない。俺にはどうしようもない。

 さぁ、陛下さんよ。何だって言ってくれよ。


「さて。スロウが諦めたようだから、話を進めようか。シューヤ、私は今日、君を見て確信したんだ。君の騎士国家ダリスにかける思いは、王室騎士ロイヤルナイト達にも引けを取らないと。だが、そんな君に関して一つだけ懸念がある」


「……」


「シューヤ。君が火の大精霊エルドレッドの力を引き出し、自在に 制御 コントロール出来るとくれば、君を求めない国は無いだろう。君は恐らく、高待遇で諸国に迎えられる。それはきっと、あのドストル帝国も例外じゃない」


「そんな! 俺は、絶対に、騎士国家ダリスを裏切りません!」


 シューヤの奴、真剣だ。

 あいつがこんな真面目な顔をしている姿なんて、少なくとも魔法学園の授業中じゃあ一回も見たことなかったなぁ。


 ふう、暑苦しい。あんな熱気のある表情を見ていると、喉が乾いてきた。


「そう願いたいが、人生は何が起こるか分からない。大勢が心配しているんだ。君が、騎士国家ダリスを捨て、他の諸国に移る未来をな。だから、君には己が騎士国家ダリスの人間であると、諸国に示して貰いたい」


「陛下! 何をすれば、いいんですか。どうやったら、信じてもらえるんですか。俺がこの国を愛しているって!」


 俺はもう完全に蚊帳の外だった。 

 いつの間にか机に置いてあった水差しから直接、水をごくごくと飲み干しながら陛下とシューヤのやりとりを聞いている。


「シューヤ、君にはスロウが学園で行った龍殺し、あれに近い偉業を求めたい」


「俺が……あれを、ですか。でも俺にはあんな力……」


「今のシューヤなら出来るだろう。君の中には、あの火の大精霊エルドレッドがいるのだから」


 それにさ。

 今更だけど、どうして俺があいつのためにこんな世話を焼いているんだよ。

 もう、この部屋出てもいいかな……あ、でも。部屋の外にはマルディーニ枢機卿やあの王室騎士ロイヤルナイト達が沢山いるんだよな……。

 よし、まだ暫くはこの部屋の中にいるとしよう。


「もっとも、龍殺しが出来る機会など滅多にないが、ついさっき、クルッシュ魔法学園に来る道中に、今のシューヤにおあつらえの敵を思いついてね。シューヤ。君には騎士国家ダリスの代表として、サーキスタ領内の迷宮――悪魔の黒剣デーモンスライスを、攻略して欲しい」


「ぁぁ、ぶほぇ! ちょ、ちょっと待ってくださいッ!」


 思わず俺は飲んでいた水を全て吐き出した。 

 今。陛下はなんて言った?

 もしかして今のは、俺の聞き間違いか?


「き、きたねえなデニング! 陛下が喋ってる時になんて態度だよ!」


 シューヤと女王陛下の間にあった真剣な空気が全て発散する。

 ある意味で神々しかったその空気の中にいたシューヤはむっとした顔で俺を睨みつける。


「陛下! 貴方、今なんて言いました!? シューヤが悪魔の黒剣デーモンスライスを攻略だって! 出来る筈がない! 貴方はこいつを殺す気ですかッ!」


「デニングッ! お前、陛下に向かってなんて口の聞き方するんだよ!」


「だ、黙れシューヤ! お前、事の重大さがわかってんのかッ!」


「はぁ! 何だよ、デニング! お前、俺が陛下から仕事与えられたからって嫉妬かよ! 陛下、俺はやります! サーキスタで、その迷宮を攻略してきます!」


「シューヤ! お前、気づいてないだろうから教えてやる! 悪魔の黒剣デーモンスライスはな、高位冒険者も滅多に潜らない悪魔の牢獄デーモンランド内部にあるんだぞ!」


「………………え」


 アリシアの故郷、サーキスタに存在する悪魔の牢獄デーモンランド

 大陸南方に存在する未踏破迷宮の中でも飛び抜けて悪辣で、最下層には見たこともない極めて強力なモンスターが闊歩しているとか。

 南方冒険者ギルド総本山は、踏破不可能と判断し、許可無き冒険者の迷宮攻略を禁じている。即ち、潜れば死ぬと評価されている迷宮、それこそが悪魔の牢獄デーモンランド

 そんな特別な迷宮の名前を聞いて、シューヤの顔が青ざめる。


 無理もない。

 悪魔の牢獄デーモンランドは、冒険者の頂点に立つS級冒険者。

 迷宮都市で出会ったアニメの中でも最強格、あの紅蓮の瞳ウルトラレッドと同格の冒険者が率いるパーティが潜り、消息を絶っている場所だ。

 さっきの勢いはどこへやら、たらたらと汗を流し始めたシューヤに向かって、

 

「シューヤ。君には火の大精霊エルドレッドの力を用いて、自らの価値を示して貰う。なあに大丈夫、君には親切な友人がついているから、なぁ、スロウ」


 そして女性陛下は、これで話は終わりだとばかりに、席を立つのであった。

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