316豚 騎士国家の秘密兵器①

 多分それは。

 時間にして、僅かの間に起きた出来事だ。


 俺は扉を蹴破ると、まずはシューヤの間抜け顔を確認した。

 ずっと眠っていたからか血色が悪い。だけど、眠り続いていた頃に比べたらずっとまし。


 あの頃は、まるで死に近づいているかのような顔色だったからな。

 どんな夢を見ていたのか知らないが、シューヤがうなされている姿はゾンビさながらであったのだ。


 ――まぁいいさ、寝ぼけ眼で俺を見ているシューヤは後回しにしとこう。


 今は、この部屋内にいるあいつらの相手が先だ。あいつらを何とかしないと、やっと目覚めたシューヤと話すことすら出来やしないからさ。

 俺はぐるっと室内を見渡し、王室騎士ロイヤルナイトの数は確認する。

 一、二、三、四人か。

 押入れの中に隠れているとか、姿を何らかの魔法で隠すとか、予想外の行動を奴らがしていなければそれで全員。

 四人の騎士がシューヤに対して警戒心を剥き出しにし、見覚えのある後ろ姿だけで各人を判断する。

 ダールトン卿、エイドリア卿、ホウドウ卿、そして、クシュナー卿。

 嫌だなぁ、全員が――国外にもその名前を知られている猛者だ。


 俺が背後から現れるとは、夢にも思っていなかったんだろう。

 場に一瞬の停滞が流れるが、それも僅かな時間に過ぎない。


「スロウ・デニング! 陛下をたぶかした卑怯者が、よくも堂々と我々の前に姿を現せたものだ!」


 そんな中、俺の顔を見て激高する男が一人。

 王室騎士の証である、白外套をはためかせた色男。式典が始まる前に、クルッシュ魔法学園の生徒からキャーキャー言われていたクシュナー卿が俺を見て顔色を変えた。

 しかも親の敵を見るような表情である。


 まぁ、お世辞にも俺とあいつの関係が良いとは言えない。 

 最後まで、クシュナー卿は心に火の大精霊さんを住まわせるシューヤの抹殺を声高に主張していたからだ。


「まだ俺に突っかかってくるんですか。女王陛下が俺の考えに賛成したからって、嫉妬は見苦しいですよクシュナー卿。それより、剣に手が伸びている理由を教えて頂けませんか」


「誰が嫉妬だ……! これは、悪しき魂を持つ災いの種を滅ぼすために――」


「火の大精霊の制御に一度でも成功したシューヤ・ニュケルンの保護は、女王陛下自らが決定なされたことだ。まさか、クシュナー卿。貴方は陛下の意思に逆らい、シューヤを傷つけようとしたのではありませんか」


「……聞こえの良い言葉で、女王陛下をたぶらかせた極悪非道の大罪人がっ」


「聴き覚えの悪い言葉は言わないでくださいよ、クシュナー卿。それよりも、その手を下ろしたほうがいいかと。貴方の行動は騎士国家ダリスに対する反逆行為だ」


「スロウ・デニング。あいつは多少の殺気をぶつけただけで、我々に魔法を、零炎の息吹ファイアダストを放ったのだ。そのような未熟な精神で、あの火の大精霊エルドレッドを従えられるわけがない。今の状態で、陛下に合わせることは到底出来ぬ!」


「それは貴方の考えですか? それともこの場にいる全員の総意ですか」


「……」


 そう言って他の騎士様方を見渡すが、彼らは声を返さない。むしろ、自分をそこの男と一緒にしてくれるな、と言うような憮然とした表情だ。

 成る程な。この人たちは別に一枚岩と言うわけではないらしい。


 しかし、困ったな。クシュナー卿以外は部屋の中に入ってきた俺を見て、全く動揺していないのだ。

 はあ。少しぐらいは混乱してくれたっていいだろ?

 正直さ。たった一人で王室騎士4人を相手取るのは御免被りたいから、彼らもクシュナー卿と同じぐらい冷静さを欠いているとやりやすかったんだけど。


「シューヤが危険だから排除する? それは貴方が判断することじゃない、クシュナー卿。貴方に王室騎士としての自覚があるのなら、女王陛下の到着を待つべきだ」


「スロウ・デニング。英雄と持ち上げられ、良い気になっているのか知らないが、お前如きが王室騎士を語るな……! 偶然、陛下に気に入られた、成り上がり者風情が!」


 端正なクシュナー卿の顔に赤みがさし、動いた。

 まずい、さすがに煽りすぎたか。

 だけど、クシュナー卿の行動は予想外。奴は俺を放っておいて、真っすぐシューヤに向かったのだ。

 二つ名、代名詞である双子剣を引き抜いて。


「死ね、化け物が」


 だけど、俺の指の動きに呼応して、奴が持つ剣が手からするりと離れ、宙を舞った。

 赤と青の刀身を持つ双子剣。

 あれは騎士国家の歴史が誇る武具の一つ。クシュナー卿は逸話を持つ盗品を自らの手で捜し出し、己の力に変えたのだ。

 殲滅剣と封印剣。

 二つの剣は俺の魔法を受けて、自動的に刀身へ込められた魔法を発動する。

 双子剣に込められた力、弾き返す、一度だけリフレクトマジック

 無詠唱で発動した俺の魔法が弾き返される。魔法の行使者である俺を襲うが、分かっていれば怖くはない。

 俺の頬に赤い筋をつけて、双子剣の力は背後へ。廊下へと繋がる扉の先、分厚い窓ガラスを叩き割った。

 力を失った双子剣が、床に落ちてから甲高い金属音を上げた。


「っ……! だが、これしきで終わるわけが!」


 そうだ。

 双子剣の力を無効化した所で全てが終わったわけじゃない。たったあれだけで王室騎士の誉れを得た者を止めることは不可能なのだ。

 クシュなーは白外套の懐から銀のナイフを取り出して、シューヤに向かって素早く一投。


 シューヤは呆然と、事の成り行きを見ているだけ。

 本当に世話が焼けるやつだ。


「――発動」


 この部屋には、何かが起こったときのために万全の体制を整えていた。元より、何の障害もなく、陛下来訪のその時までシューヤを守れるとは思っていなかった。

 この部屋にはあいつを守るために様々な仕掛けを施してある。発動条件を全て満たせば、この部屋は要塞が如くの守備力を発揮するのである。

 例えば今、シューヤに向かって投げられたナイフを弾いたのは結界の魔法だ。

 そして。


「くそ! 何だこれは!」


 クシュナーの身体に纏わり付く何十本もの枝。あれは部屋の隅に置かれた観葉植物くんだ。草が伸びて、クシュナーの両手首をみちみちと縛り上げている。

 そうして、あいつは俺の魔法で強化された観葉植物くんの力に成すすべがなく、床に叩き付けられる。

 凄い音がしたけど、あの観葉植物にかけた魔法はシューヤに攻撃してきた奴を羽交い締めにして力一杯地面に押し倒せ、だっけ。

 まさかこんな綺麗に嵌るとは思っていなかった。

 俺の思惑通りに情けない姿を晒すクシュナー卿が血走った目で睨みつけてくるが、格好が格好なので全然怖くはなかった。


 さて。これでようやくシューヤと話ができると思ったが、そう簡単には行かないのが世の常だ。

 俺とクシュナー卿の攻防を見ているだけだった他の騎士らが動き出し始めたのである。

 まず話しかけてきたのは、一刀両断バスタードの異名が有名な巨大のダールトン卿だ。


「――久しぶりだな、小僧。しかし、この部屋に刻まれた魔方陣の複雑さ。お前がそこまで過保護だったとは、知らなかったぞ」


「そりゃあ、俺だって必死になりますよ。ここまできて全てがご破算になったら堪りませんから。あ、ちなみに外敵を排除する魔法だけじゃなくて、暴れるシューヤを止めるための魔法だってこの部屋には掛けていますよ」


「用意周到なことだ。お前はそれほどあの者が大事なのか」


「あいつが死ねば、悲しむ奴がこの学園には大勢いますからね。それよりダールトン卿、あの、どうして剣に手をかけているんですか。まさか貴方もそこのバカみたいに、女王陛下の意思に逆らうつもりですか」


 俺の言葉に、床に押し付けられたクシュナー卿がじたばたともがく。

 だけど残念。

 俺が観葉植物くんにかけた魔法は、それぐらいで外れるほどヤワなものじゃないのだ。


「残念だが、これはだ。スロウ・デニング、お前を拘束する」


 一瞬のことであった。巨体のダールトン卿が背中に手を回して大剣を抜き、振りさばく。

 たったそれだけの動作で俺の頬に風圧が叩きつけられ、クシュナー卿を縛る魔法が断ち切られた。

 憤懣やるせないといった感じでクシュナー卿は床に落ちていた双子剣の片割れを拾う。ダールトン、他二名の王室騎士も腰を落として俺と向かい合う。

 頭の悪いクシュナー卿もシューヤをどうこうしたかったら、まずは俺を何とかする方が先だと気づいたんだろう。

 四人の王室騎士が俺の身柄を確保するために、迫り来る。


「――」


 しかし、彼らの攻撃が俺に届くことはなかった。

 それどころか彼らは元の立ち位置から一歩も俺に近づくことが出来なかった。


 それは何故か?

 簡単な話だ。俺に向かうために踏み出した足が、何かに取られたのか。

 ギャグのように、騎士ら全員が転んだからだ。

 運動神経抜群、基礎能力の高い王室騎士がこのような状況下でヘマをするわけがない。

 だけど、床を見れば納得した。

 俺たちが踏んでいた絨毯がドロドロに溶けている。俺も慌てて飛びのこうとしたら、粘着質な何かが靴裏にべっとり。しかもとっても力強くて、俺ですら一歩もその場を動けそうになかった。


 ええっと。

 このネバネバした床は何だ?

 いつから俺たちの足元は、こんな粘着質な物質に変わっていた?

 考えろ、考えるんだ。

 どうやって、どのタイミングで、何の目的で?

 この場にいた誰にも気づかれず、床をベトベトの水飴に変えたのは一体、誰だ?

 この場にいる奴らの魔法じゃない。彼ら王室騎士ロイヤルナイトが、こんなユーモアに富んだ魔法を使うとは思えなかった。

 でも、次の瞬間。

 部屋に響いた声を聞けば、納得した。


誰もが好む蜂蜜味スティックハニー――これは君たちのような、暴れん坊を抑える魔法じゃよ。昔は今よりもずっと喧嘩早い生徒が多かったから活躍したもんじゃが、最近は使う機会が無かったのう」


 深い貫禄を感じさせる温和な口調で、俺たちに問いかける誰か。

 声を聞くだけでその人の正体を理解する。

 それに、納得もした。

 その人ならこの程度の魔法なんて、造作も無いだろう。


「学園長……どうして、ここにいるんですか」


「歴史が変わるこの日を心待ちにしていたのは、スロウ君。君だけではないということじゃ」


 それは式典にいるはずの、お偉いお方。

 長くて白い髭を持ち、アニメの中でも重要な役割を担う、モロゾフ学園長の姿。


 眠り続けるシューヤに対しても理解を示してくれた恩人の姿に、俺の心も少しだけ落ち着いていく。

 そして――。


「……ダールトンッ! お前がついていながら何という様だッッ!」


 学園長の背後には、苦虫を噛み潰したようなマルディーニ枢機卿の姿があったのであった。

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