315豚 硬い扉を蹴破って

 医務棟は敷地内に中庭や池を持ち、患者の精神的ケアの役割も果たしている。

 そんな癒しの場所。中央に立てられた建物の中で起きた爆発に、俄かに空気も騒然としたものになる。だって、爆発だ。凄い音がしたし、荒事から程遠いこの場所で、建物の最上階から黙々と吹き出す黒い煙。

 次々と職員さんが建物内から避難する。その切羽詰まった様子に冷や汗が流れた。


「陛下らが滞在されるって時になんてことだ! ここで攻勢魔法は禁止だそ! まさか、この機会を狙って襲撃者の類でも現れたか!」


「滅多なことを言うな! まずは中にいる患者を全員避難させるぞ! 話はそれからだ!」


 その中の一人に顔なじみの職員を見つけた俺はまだ固まっているアリシアを指差して、アリシアをこの場から避難させるよう要請した。

 アリシアは国外からの留学生であり、大国サーキスタの王女だ。彼女の身に何かあったら大事である。職員はしっかりと頷くと、アリシアのか細い腕を取った。


「ちょっと待ちなさいよスロウ! 煙が出てるあの部屋ってシューヤがいた場所じゃないの!? 私も行くから! この手を離しなさいって!」


 喚くアリシアの声が聞こえたが無視だ。 

 このタイミングだ。

 俺は薄々、何が原因かは分かっている。

 シューヤが長い眠りから目覚めたこと、今の爆発の直接的な理由だろう。


「アリシア! 俺に付いてきたら、また面倒ごとに関わることになるぞ! お前、守護騎士選定試練ガーディアンセリオンに一度も観に来なかったし、そういうのはもう勘弁なんだろ? 今のシューヤはお前が考えている通り訳アリでな、このまま首を突っ込んだらダリスへの留学も止められるかもしれないぜ! それでもお前、こっちに来るのか!」


 敢えて突き放すような言い方をして、俺は人の流れに逆行して、建物の中へ入っていく。


 アリシアという女の子は、アニメの中ではいつもシューヤの傍にいて何度も大事件に巻き込まれていた。

 最重要人物メインヒロインなんて肩書きを持ってしまったんだから当たり前っちゃ当たり前の話なんだけど、アリシアはどこにでもいるちょっと勇気のある女の子だ。

 ただ、少しだけ自分の殻を破りたいから、同盟国ダリス魔法学園クルッシュにやってきた。


「スロウ! シューヤは、ここに来てから初めて出来た友達だからっ! あいつ、最近はずっと部屋に引き篭もって可笑しかったから、心配するのは当たり前でしょ!」


 でも、俺が未来を変えてからも、アリシアの不幸なトラブル体質は全く変わらなかった。

 シューヤと共に迷宮都市に向かい、ヒュージャック横断や迷宮都市での戦いに巻き込まれたのは結局変わらなかったし。それどころか最近、王都でカリーナ姫誘拐事件にも巻き込まれている。


「アリシア。お前がシューヤを心配していたこと、あいつにちゃんと伝えておくから」


 その声を最後に、俺は人の流れと逆行して建物の中に入る。

 頑丈な石造りの階段を上り、あいつが待つ最上階へ。逃げ出してきた人の中に、爆発は最上階で起きたと口走っている人がいた。

 そんなことは分かっていたが、心がざわついた。


「爆発はずっと寝たきりだったあの子の部屋だ! ちょうど王室騎士の方々が近くにいて、炎は既に消し止められたそうだ! ただ、誰も部屋に入ってくるなとのお達しだ!」


 大丈夫、まだ時間はあるんだ。

 シューヤが目覚め、爆発が起きた。事実が式典会場に伝わり、ここまで女王陛下らがやってくるまで、僅かな時間がある。


 階段を一段飛ばしで上っていく。

 どんどん黒い煙が濃くなって、その中をただひたすらに上っていく。


 建物の最上階にはすぐに辿り着いた。廊下の窓は閉め切られ、黒い煙に覆われている。煙を吸い込まないよう口を押さえて歩くと、すぐに硬い金属性の扉の前にたどり着いた。

 普段は硬く閉ざされたそこは僅かに開かれている。

 破壊された隙間から、突如、煙を晴らすように閃光が煌いた。


「――人の皮を被る化け物め! 貴様、今、何をしたのだ!」


 扉の中をそっと伺う。

 上げそうになる声を必死に抑えた。

 ベッドの上に横たわっているだけだったあいつが、ベッドの縁に腰掛けていた。 


 ――シューヤ!

 声を上げたくなったが、ギリギリで踏みとどまる。


「何を躊躇っているのですかダ-ルトン卿! 先ほどの力を貴方も見たでしょう! こいつは人の姿をしていますが、我々に向かって零炎の息吹ファイトダストを放ったのです!」


 シューヤの様子も気になるが、それよりもまずこの雰囲気だ。

 部屋の中は黒い煤で覆われ、高価な家具の数々が焼け焦げている。

 この部屋が爆心地であることは明白だ。


 王族用に作られ、病室とは思えない広さを持つそこに、数人の男たちの後姿が見えた。さっきまで俺が対峙していた王室騎士団長マルディーニと同じ、白い外套を羽織る男たち。


「こんな危険な存在を陛下に合わせるなど出来るものか! ダールトン卿、貴方がやらないなら私がっ!」


 数人の王室騎士が白い外套で口元を押さえて、ベッドに腰掛けたシューヤに向かい合っていた。その内の一人は剣を抜き、俺の目から見ても興奮しているようだ。


 その後ろ姿には見覚えがあった。

 長い金髪を後ろで結び、一本の剣のように真っ直ぐ立つ姿。

 そして両手に握られた剣。

 奴は王室騎士団ロイヤルナイツの中でも有数の使い手。守護騎士ガーディアン候補としても、時折名前が上がる双子剣クシュナー卿

 俺がシューヤを保護するべきだと王都で主張していた際、真っ向から反対していた男でもある。


 しかし、おいシューヤ! どうして動かない!

 あんな言葉を掛けられて、命の危機だと言うのに、あの馬鹿は自分の手のひらを見つめて、どこか呆然としているようにも見えたからだ。

 

「我々は騎士国家を守る盾! 陛下が間違った決断を下すのならば、この身をもって正す責務がある! 例え、この身が罰せられようと私は――この男を、火の大精霊エルドレッドを討ちます!」


「いい加減にしろクシュナー! 我々が何のために、この地へやってきたのか忘れたのか!」


 事態を理解する。

 こいつらは目を覚ましたあいつに向かって剣の先を向けたのだ。あいつはシューヤを殺しかけ、防衛本能で、火の大精霊を身に宿した力が自然と発動した。

 そんなところだよな、この状況って。


「ダールトン卿! 陛下や団長らの到着を待つべきとの言葉、至極真っ当! だけど、我々は王室騎士! 凶事を前に、独自の判断で動く裁量が陛下より与えられている! 貴方にその覚悟が無いというのなら、私が!」


 ――はぁ。

 怒りで沸騰しそうになる。

 シューヤに喧嘩を吹っかけた王室騎士にも。

 王室騎士に、いいように言われているシューヤにも。

 それに。女王陛下らの来訪に我を忘れ、この場を離れた自分自身にもだ。


「お前ら――病院は静かにしろって常識、知らねえのかよ」


 だから、俺は白い外套を脱ぎ捨て、全力で扉を蹴破ったんだ。

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