311豚 枢機卿との語らい

 ヨハネ・マルディーニ。

 枢機卿と王室騎士団ロイヤルナイツの団長を兼任するダリスの傑物。

 ピカピカの武闘派で、アニメでも大活躍。

 ヨハネ・マルディーニと言えば他国では、騎士国家ダリスの心臓とも呼ばれる古い英雄である。

 そんなガチガチの武闘派が、快活な笑みで隣に座っているんだ。

 これ程恐ろしい絵面があるだろうか? いや、絶対にない。


 ヨハネ・マルディーニ。俺は昔からこの男が苦手だった。

 余りにも腹黒すぎるからだ。


 だから、俺は反射的にこの場から逃げようと、腰を浮かした。


「逃げるな、スロウ・デニング。これ以上、ふざければ容赦はせぬ」


「ぐえ」


 マルディーニ枢機卿に服の首根っこを、掴まれる。

 万力のような力だ。

 絶対に俺を逃がさない、そんな力強い意思を感じた。


「わ、分かりました……に、にげ、逃げませんから……」 


「ならばいい。しかし、何故、隠れるような真似を? 君が我々から隠れる必要は無い」


「あの……枢機卿……怒っていますか?」


「怒る? 君は冗談でも言っているのか? あの火の大精霊エルドレッドを掌握し、友人の命を救ってみせた君に向かって、儂が怒ると?」 


「だったら、手を放してくれませんか……」


「君は冗談が上手い。今や、誰よりも陛下の信頼を高めたスロウ・デニング。君に向かって、儂が怒る理由がどこにある? ふむ、それともあれか? お粗末な情報操作を行い、化け物を身体に宿したシューヤ・ニュケルンを君や女子生徒を救った心優しい学生に変えてみせた手腕。あれに、儂が怒っているとでも言うのか?」


「べ、別に情報操作とか……学園の中だけの話ですから……あんなの簡単に……」


「だから、逃げるなと言っておるだろう」


 あ、ヤバイ。

 これ、激怒しているわ。

 これ怒りを通り過ぎて、笑っている奴だ。

 この国で怒らせてはいけないナンバー1、ヨハネ・マルディーニ。 

 騎士国家を影で支える屋台骨、枢機卿の目が心底冷たかった。

 ま、まずい。王室騎士達との隠れんぼなんて、ちょっとしたジョークのつもりだったのに。


「枢機卿。あ、あの……もう式が始まってると思うんですけど……行かなくていいんですか?」


「式が始まっておるだと?  面白い冗談だ。とっくに――始まっておるわっ! だが、守護騎士選定試練ガーディアンセリオンの終了を宣言する役目。崇高な使命を任された君がおらぬから、この儂が探しに行くよう陛下から勅命を受けたのだ!」


「す、枢機卿。お、落ち着いてください――」


「カリーナ姫殿下の晴れ舞台を見ずに、君を探しにきたのだ。そろそろカリーナ姫殿下にも人前で立つようにと思い、台本をこれでもかと考え、その結果がこれだ。やはりどれだけの偉業を達成しようと、人は変わらぬ――!」


「あ、枢機卿、だからここで魔法は――!」


「儂は―—高い所が苦手なのだ、スロウ・デニング!」


 激怒している枢機卿の拳が、俺たちが腰かけている大木の太枝に叩き込まれた。

 魔法によって強化された枢機卿の拳によって、ミシミシと音を立てて枝は砕け散り、俺たちは尻の下の支えを失った。

 つまり、こういうことだ。

 俺たちは地面に向かって、落ちていった。


 ●  〇  ●


 ヨハネ・マルディーニ。

 カリーナ姫殿下を愛し、騎士国家存続のために身を削る、アニメの超重要キャラクター。


 火の大精霊エルドレッドとの戦いで最後の最後を持って行ったアニメのサブキャラ。

 魔法学園第一学年の女子生徒、ティナよりも遥かにアニメの根幹に関わる登場人物だ。


 アニメの中では、女王陛下がシューヤを英雄として演出したのに対し、最後まで若すぎると反対した男でもあった。

 俺は地面に軽やかに転がって、血走った目の枢機卿に向かって言う。


「す、枢機卿! 落ち着いてください! わかりました! もう隠れませんから!」


「儂がカリーナ姫が生徒の前に立つ今日というこの日を、どれだけ楽しみにしていたか……! 」


「知ってます! 枢機卿がカリーナ姫のことを実の娘のように可愛がってるってこと! さ、枢機卿! 俺も式に行きますから!」


「……もう遅い! とっくにカリーナ姫殿下の出番は終わっておるわ!」


 少し前まで俺を探していた生徒らが、全員式に向かっていて良かった。

 頭に血筋を浮かべた、こんな姿の枢機卿の姿を見たら、トラウマになるぞ。


「しかし、君を含め……公爵家という人間は、どいつもこいつも自分勝手な行動をとるのか。君の姉もそうだ」


「……え?」


「サンサ・デニング! 奴は火の大精霊との顛末に関して、君に聞けとの一点張り! お陰で、君が以外は、何も詳しい情報が入って来ない! スロウ・デニング、君は非常に家族思いの姉を持ったな。奴は、陛下の前であっても、シューヤ・ニュケルンに危険無し、弟に一任せよ、とな! それ以上は何も何も語ろうとせん」


「あの姉上が……ですか」


「スロウ・デニング。 君は 君で連絡の一つも寄越さない……。公爵家の人間は、どこまで高慢で……しかし、陛下も陛下だ。それなら自分が直接、君のいる場所に確認に行くからすぐに馬を出せ等……今がどれだけ重要な時期か、分かっておいでなのか……ああ、分かっておるわ、あの木を修復すればいいのだろう! ”修復せよ、緑の茨リペイア・グリーンマジック”」


 枢機卿が杖を振るう。

 すると、枢機卿の屈強な拳によって折れた枝の残骸が空中に浮かび、元の位置へ戻っていった。


 この人、頭に血が上っているかと思ったら、以外とそうでもないらしい。

 ……狸なおっさんだな。

 さすがに国を裏側から取り締まる男ってことか。


「さっきの質問だがな、儂は別に君のことを怒ってはいない。シューや・ニュケルンを、火の大精霊を制御してみせると陛下の前で大見得を切り、君は見事、達成してみせた。だが、その後が良くなかった。確かに眠り続けるシューヤ・ニュケルンの傍にいるというのは理に叶っておるが、使いの一人も寄越さないのはどういうことだ」


「えーと、それは……あれ。ニャマリアさんは……」


「あの女も君の姉と同じだよ。詳しいことは、君に聞けとの一点張り。自分は何も語る資格を持たず、最初から最初まで全て君の功績だとな」


「……」


「しかし、学園で流れているあの噂はなんだ。ニュケルン男爵家の嫡子、シューヤ・ニュケルンが、君の暗殺事件に巻き込まれた平民を守っただと? よくぞ、そこのような誤魔化しを、この短時間で実行したものだ」


 まずい。

 全部ばれてるっぽいぞ。

 枢機卿は呆れて物も言えないって感じだ。

 スキンヘッドの頭をがりがりと撫でながら、大きな溜息を吐く。

 しかし、凄い重圧だ。

 別に意図しているわけでは無さそうだが、普段からこれなんだろう。

 こんなおっさんに実の娘のように愛されて、カリーナ姫も大変だなあ。


「……スロウ・デニング。君が我々から、隠れていた理由もおおよそ、検討がつく。当初の考えでは、シューヤ・ニュケルンが一週間も眠り続けるなんて、君も考えていなかった。眠り続けるシューヤ・ニュケルンに対して、化け物を心に抱える彼を殺してしまおうと考える者への抑止……」


「枢機卿。誰が誰を、殺すだって――」


 俺は杖を持った。

 枢機卿とは仲良くしておきたいが、シューヤを殺そうとするなら、話は別だ。

 枢機卿の顔色が強張り、俺は白衣のマントに手を掛ける。


 枢機卿を筆頭とするダリスのお偉いさんにとって、シューヤが危険人物であることに変わりはない。

 アニメの中で、火の大精霊の存在を知ったマルディーニ枢機卿は、何度もシューヤを殺そうとしたのだから。


 いつでもこんなもの、脱いでやる。


「……別に、君と敵対する気はない。ただ、理解出来ないだけなのだ。儂らの調べによると、君と彼は学園では犬猿の仲とある。それがどうして、そこまで彼の身柄を重んじる。スロウ・デニング、君が学園に留まった理由。シューヤ・ニュケルンの傍を離れなかったのは、意識の無い彼を守るためだね」


「枢機卿。俺とあいつは友人です。例え、あいつの中に火の大精霊が巣食っていようと、変わらない」


「――そうか。ならば、そんな友達思いの君に朗報といこう」


「……朗報、ですか?」


「先程、彼が目覚めた。君を呼んでいるそうだ。これはまだ、式に出席しておられる陛下らも知らぬ事実だ」


 その言葉に、思わず俺は杖を落としそうになったのであった。


 ――あの野郎、この最悪なタイミングで、目を覚ましやがって!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る