310豚 いつからそこに

 俺がいる場所は学園の中でも普段は滅多に人が来ない、巨大な樹木生い茂る植物区画。座っているのは、暴れ木と呼ばれる大樹から生える枝の上だ。

 ぶっとい枝から巨大な緑の葉が何枚も生えて、地面に降り注ぐ日光を遮っている。

 植物生い茂るこの場所はクルッシュ魔法学園再建のときに、学園の授業で植物学を担当する先生が調子に乗って作った結果らしい。

 今では名前も知らない先生の欠かさぬ手入れのお陰で草木はにょきにょきと成長し、学園の名物区域になっていた。その中でもとりわけ巨大な大木、暴走する木々ブロターズと呼ばれる大樹の幹から生える太い枝に俺は腰掛けて、学園の様子を見つめていた。

 しかし、随分と座り心地がしっかりした枝だよこいつ。


「デニングを見つけたら金貨十枚だぞ! まだ式が始まるまで時間があるし、何とかしてあいつを見つけようぜ!」


「旧校舎は再建で大体が取り壊されたし……他にデニングが隠れそうな所といったら……どこだろうな……」


 しかし王室騎士ロイヤルナイトの奴ら、俺を探すためだけに金貨十枚まで出すなんて必死だな。あれって絶対ダ―ルトン卿の自費だろ。確かに王室騎士の給料は良いけどさ。

 

 でも陛下への連絡が滞った言い訳ぐらいさせてくれ。

 俺の未来を真剣に考えたときに、陛下よりももっと優先することがあったんだ。

 

 はぁ……まずいな、こんな言い訳を馬鹿正直に喋ったら間違いなく騎士達から殺される。あの王族至上主義者達は自分の未来よりも、王族の望みを祈る逝かれた戦士ばかり。


「王室騎士達がデニングを探してるって話だぞ! やっぱりあの噂、事実なんじゃないか!」


「あの噂ってまさか……デニングが王室騎士ロイヤルナイトの役目を解任されるって噂かっ!?」


「そうだよ! だって、あいつのせいで守護騎士選定試練ガーディアンセリオンは滅茶苦茶になったんだから!」 


 大樹の下では、さっきから俺を探すために色んな生徒が次から次へと現れる。

 全く。金貨十枚のために目の色を変えて、ご苦労なことである。

 ……いや、大金だけどね金貨十枚は。アリシアに借金があるシューヤだったら目の色を変えて、俺探しに飛びつくだろうな。


「ここだけの話しだけどさ、シューヤの奴、まだ意識が戻らないんだってよ……」


 おっと。今度は恰幅が良さそうな貴族の男子生徒が集まって、こそこそ気になる話をし始めた。

 一応、周囲に気を使っているらしいが真上には俺がいる。風の魔法でちょちょいっと、丸聞こえである。


「さすがのデニングも罪悪感があるんだろうな。何度もシューヤの見舞いに行ってるって噂だぜ……あいつが医務棟に入る姿、何度も見たって奴がいるんだ」


「シューヤ、大丈夫かなぁ。闇の魔法を食らって寝たきりなんだろ……闇の魔法って後遺症がひどいって言うからなぁ」


 訂正しておこう。

 シューヤが倒れたのは、闇の魔法なんかの後遺症では当然ない。


 単純な、精神的ストレスである。

 自分の中に、自分じゃないもう一人がいる事実。

 しかも、それがあの火の大精霊で、少し前までには自分を殺す討伐隊まで秘密裏に存在していたんだ。全てを知ったシューヤが数日寝込むぐらいは想定内だったんだけど……、陛下来訪の日まで起きないっていうのはさすがに想定外だ。


守護騎士選定試練ガーディアンセリオンが行われたあそこで闇のモンスターが大量召還されたって噂だぞ……」

「モンスターだけじゃない。俺は暗殺者に女の子が人質にされたって聞いたけど……で、平民の女の子を助けたのがシューヤなんだろ?」


 しかし、良い感じにシューヤの噂が白熱しているな。 

 白状しよう。あれは全部、俺が流した嘘である。 


「俺、シューヤのこと誤解してたよ。いっつもあいつのこと、一人で水晶に向かってぶつぶつ呟いている変な奴って思ってたけど……」


「正義感強かったよな。そういえば豚公爵がやばかった時、正面からあの豚とやりあってたの、あいつぐらいだったもんな……」


 あの日、大精霊さんを制したあいつを背負いながら学園に戻る途中。

 ぐちゃぐちゃに破壊された闘技場の様子や、これで終わりになる守護騎士選定試練ガーディアンセリオン

 俺たちの戦いに巻き込まれた平民の女の子、意識を失ったシューヤ・ニュケルン。

 色々なことを考えている最中、思いついてしまったのだ。


 上手くやれば、シューヤを学園の英雄に出来るんじゃね、と。


 俺にとっての幸せは、シャーロットと楽しい未来を送ることだ。今は一人前の魔法使いになるために、公爵家で特訓に励んでいるからシャーロット。

 今は離れ離れになっているけれど、これもあと少しの辛抱。

 シャーロットが戻ってきてからも、あの王都で感じたような英雄扱いが続くのは嫌なので、出来れば誰かに代わって欲しいのである。

 俺はシャーロットと二人きりの甘い生活が送れれば、それで十分なんだ!


 だから将来、シューヤが騎士国家ダリスの英雄になってくれれば――面倒毎は全部、シューヤがやってくれるんじゃないかと。

 それこそ『シューヤ・マリオネット』。

 あのアニメで英雄となったシューヤのように。


「俺たちは誰も気づかなかったのにさ……あいつ、よく平民の女の子が逃げれてないって気づいたよな……シューヤが起きたら、盛大にあいつの勇気を労ってやろうぜ!」


「おう! まずはそのための軍資金集めにデニングを探すぞ!」


 シューヤを英雄にするストーリーは簡単だ。


 活躍目覚ましい俺を恨む者達によるスロウ・デニング暗殺未遂――。

 巻き込まれた平民の女の子を守るために、シューヤが身を挺して平民を守り、意識を失う大怪我をおった。


 元々、シューヤが正義感に溢れているのは皆、知っていることだ。

 何といっても、あの真っ黒豚公爵時代、真っ向から俺に歯向かったのはシューヤぐらいだからな。

 実際、悪くないストーリーなのだ。

 だって、王室騎士ロイヤルナイトに任命され、次代の守護騎士ガーディアンとか噂される俺を邪魔だと考える奴らはこの騎士国家ダリスの中に大勢いる。


「ぶひ……。ぶひひ……」


 そんな感じでシューヤを英雄に仕立て上げるために必死になりすぎたもんだから、陛下への連絡が遅れに遅れてしまっていた。

 一応、あの場にいた姉上に『シューヤの危険性は無し。シューヤが目覚めたら改めて連絡します。こっちはこっちで上手くやっときますから。スロウ・デニングより』って陛下への言伝を頼んだんだけどなあ……。

 まだシューヤは眠ってるのに、こんなに大所帯引き連れて陛下がやってくるなんてな。 本当に行動だけは風のように早い人だ。


 でも、ま。いいや。だって、さっきの生徒らが言っていた言葉が、まさに俺の苦労が成就した証なのだ。

 今やシューヤは女の子を守った英雄である。逃げ遅れた女の子に気付き、危険を顧みず結界の中に帰った貴族の心優しい二年生。

 あいつが起きたら、後輩からもかっこいい先輩扱いされている現実にさぞや驚くだろうなあ。ぶひひ。


 ●  ○  ●


 いつしか、俺を探しに植物エリアに来る生徒もいなくなっていた。

 大講堂で陛下らが参列される、歓迎の式が始まったからだろう。

 

 陛下らの目的は、シューヤの様子を探ることだろう。

 エレノア・ダリス。あの人の好奇心は半端じゃない。お側の騎士達が危険ですって止めても、それで引き下がるような女性じゃない。

 本当は今日の歓迎の式だって面倒に思っているだろう。多分、シューヤが眠り続けていなければ式を欠席して、シューヤに会いに行っていたことだろう。


 一応、学園近郊で行われた守護騎士選定試練ガーディアンセリオンの結果は、シューヤを監視していた王室騎士ロイヤルナイト達が陛下に報告しているはずだ。

 今頃、陛下は守護騎士選定試練ガーディアンセリオンの労を労うと同時に、残念ながら王室騎士ロイヤルナイトへの推薦者はゼロだって皆に伝えていることだろう。


「ぶひ~」


 しかし、俺はどうしよっかな。

 俺の予想じゃ、今朝までにはシューヤが起きてくるはずだったんだけどなあ。本当にシューヤのやつ、いつまで眠ってるんだよ。お陰であいつを学園の英雄にする作戦は何の邪魔もなく成功したけど、陛下来訪の日を迎えちまったじゃないか。

 心配はしていないけどさ。あいつ、タフだから。

 

「ふあ~。俺もなんか、眠くなってきたなあ」


 そんな時だった。

 不意に、隣に座る誰かと肩が触れ合ったのは。


 一応、言っておこう。


 俺は一瞬たりとも油断なんてしていなかった。


「欠伸とは、余裕だな」


「まあ……肩の荷が下りたっていうかさ……いや、シューヤが眠っている間は何も解決なんてしていないんだけど……」


「よく分かっているではないか。そうだ。何も解決してなど、いない」


「え?」


 鳥肌が立った。

 俺は今、誰と喋っていた。


 視界の端に、白マントが翻る。


 俺の隣に、誰かがいる。


「在学中、至る場所に魔法を仕込んだ。あの頃は儂も以前の君も同じように、学園の問題児であった。特に儂は魔法とマジックアイテムの改良に心血を注ぎこんでな……」


 俺と同じように暴れ木の枝に座り。

 独り言を呟いていた男。


「例えば、この魔法の地図クル・マップ。これがあれば、君の場所など手に取るように分かる」


 ゆっくりと、横を見た。


 剃られたスキンヘッドの姿、マントの上からでも分かる分厚い身体の厚み。

 自信に溢れた男の横顔はこちらを見ていない、俺と同じように学園を見つめていた。

 

 俺は、見慣れた白いマントに気づいた瞬間、反射的に腰に挿した杖に手が伸びる。

 だって、その男は――。


「す、枢機卿。それは、禁制品でありますが……」


「陛下より、君を捕まえるためなら仕方ないと、使用許可が下りてな」


 一応は王室騎士である俺の、上司。

 王室騎士団の団長ヨハネ・マルディーニが、隣に座っていたのである。

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