308豚 シューヤは、悪口に慣れていないってことだ

 ロコモコ先生によって、に巻き込まれた女の子。

 ティナの罵声はもはや、留まることを知らなかった。


「ていうかお貴族様! こんな状況で言うのもなんですけど、言わせて貰います! 卑怯なマジックアイテムに手を出して、実力以上の力でデニング様に挑むなんてとっても卑怯じゃないですかッ!」


 アニメのサブキャラクター。

 俺は彼女のことをよく知っていた。

 クルッシュ魔法学園から伸びる森の街道、その先に繋がる一つの町。ヨーレムで生活をしている平民一家の一人娘。

 シューヤのハーレムに入る一年生の友達。

 そしてアニメでは貴族に対抗心を燃やす平民の女の子。

 魔法の才能がないけれど、必死に努力を続ける女の子。クルッシュ魔法学園では平民が貴族について行くのは大変だ。授業内容も勿論だが、魔法だって学費だってそうだ。

 さらにアニメの中では――最後までシューヤになびかなった強者でもある。


「卑怯な手段を使って王室騎士ロイヤルナイトになっても、誰も貴方なんか認めるわけがないんですから!」


 シューヤに向かって、思いの丈を吐き出す姿。

 テスト満点なんて餌で、見事ティナを懐柔したらしい。先生、さすが先生やり方が汚い。職権濫用にも程がある。でも、もしかしたらロコモコ先生のやり方がベストだったなんじゃないかと、俺は思い始めていた。


「それに、神聖な守護騎士選定試練ガーディアンセリオンを汚すなんて――」


 何も知らない強さとでも、言うのか。

 ロコモコ先生が真実を告げていないことは明白だった。


「貴族も平民も関係ない、皆で楽しめた初めてのお祭りを滅茶苦茶にして! 挙句の果てに、意識を悪いマジックアイテムに乗っ取られてて! どこまで人に迷惑を掛ければ気が済むんですか! 私だって、デニング様に挑みたかったのに――貴方のせいで台無しですよ!」


 俺を倒せば、確実に王室騎士ロイヤルナイトになれる。

 だからティナは、シューヤが悪質なマジックアイテムを使って、本来の実力以上の力を引き出したと考えているようだ。確かにそんなマジックアイテムがない事は無い。でも、シューヤの意思を乗っ取っているのはちんけな悪霊なんかじゃない。


「ロコモコ先生から貴方はとっても真っすぐな人だって言ってました! 悪いマジックアイテムに手を出したのも一時の気の迷いだって! でも、でもです! 何でもかんでも許されると思ったら大間違いですよ! 私、怒ってますから! 貴方、お貴族様の癖に、情けなくないんですかッ!」


「お、おい。ティナ、確かに思いっきりシューヤを煽ってやれと言ったが別にそこまで言わなくても……」


「ロコモコ先生は黙っててください! 私、ルールを破る人が大っ嫌いなんです!この人、とっても卑怯者じゃないですか!」

 

 ———ロコモコ先生、ナイスです。

 だって、ティナの言葉は、シューヤの心の深い所に刺さっている筈だ。


 ここからでも、火の大精霊がプルプルと震えている様子が見て取れた。

 ティナが放つ言葉の一言一言、チョイスが最高だ。

 シューヤは今すぐに、俺は卑怯者じゃないって大声で叫びたい筈だ。


 しかし、ロコモコ先生も思い切った作戦を考えるもんだ。

 俺とは全く別のアプローチ。シューヤの魂を揺さぶる捨て身の作戦。

 さすがティナ。思い込んだら、一直線!

 やっぱりアニメキャラクターってのは、こう、キャラが主張していていい。あの、火の大精霊にだって負けていない。


「だから——姉上。この状況は悪くないと言った筈です」


 姉上は、俺の横でこっそり魔法の発動準備を終えていた。

 殲滅する直弾エッジショット、射程距離は短いが、その分威力は十分。風と土の二重魔法ダブルマジック。姉上の腕があれば、確かに一瞬でシューヤの頭のみを狙うことも可能だろう。


「止めるなスロウ。今なら、火の大精霊エルドレッドをやれる」


 でも、姉上がそう言いたくなる気持ちはよくわかった。

 ティナから罵声を浴びる、今の火の大精霊は余りにも無防備だった。


「姉上。今の流れは悪くないと言った筈です。そんなに俺が信じられませんか?」


公爵家デニングの面子に泥を塗ったお前の言葉を信じろだと? 女王陛下から随分と気に入られているようだが、私はまだお前のことを――」


「シューヤは、火の大精霊に寄生されたあいつは、俺の友達なんです。手紙にも書いた通り、俺はあいつを助けるためにこの場にいます」


 向こうでは、ティナによる罵倒が続いている。

 ロコモコ先生もドン引きっぷりのその様子、そんなに俺と戦いたかったのか知らないが、大した鬱憤が溜まっていたらしい。

 ティナの原動力は貴族への対抗心。

 メラメラと燃え上がった炎が、全てシューヤに向いていた。


「俺を信じなくても構いません。だけど、現実を見てください。火の大精霊はあの子を人質にしてから、動きが止まった。明らかにシューヤの意識が強まっている。このまま行けば、騎士国家ダリスにとって最高の結果が得られる可能性が高い」


「……」


「それに姉上。手紙に書いたこと、覚えていますか? 火の大精霊はシューヤの身体を乗っ取ったばかりで、今、奴らは内側でせめぎ合っている」


「……何が言いたい」


「火の大精霊が何を考えて人質をとったのかは分かりません。だけど、人質を取った瞬間、あいつの動きが止まった。悔しいですが、シューヤを煽り、自意識を強く意識させたロコモコ先生の考えは、極めて効果的なんです」


 姉上には、人質である無力な少女が今のシューヤに食って掛かる様子が非常に恐ろしく見えるのだろう。

 確かに火の大精霊が軽く力を振るえば、ティナの命は軽く消し飛ぶ。

 だけど、俺には最高の展開には見えなかった。


 だって、女の子の顔に杖をつきつけている火の大精霊は、あの状態になってから全く動いてないのだから。むしろ怒りにプルプル震えているようにさえ見えた。


 ――シューヤが火の大精霊を押さえ込んでいるためにしか思えなかった。


「スロウ。お前が言っているのは可能性の話だ」


 サンサ・デニングという人間は、シューヤを目の敵にしているだろう一人だ。

 シューヤの内側に火の大精霊が潜んでいると分かり、大規模な討伐隊が組まれることになった際は自分を指揮官にするよう、真っ先に動いたのが姉上だった。

 他にも候補は幾人もいたが、自分こそが適任だと、女王陛下に訴えた。


「民間人が犠牲になる可能性がわずかでもあるなら私は公爵家の人間として――」


 姉上が言葉を止めた。

 向こうで、そして、異変は起きた。音はなかった。だから、ロコモコ先生の声で気づくことしか出来なかった。


「ティナ! 逃げろ――!」


 ずっと目を瞑っていた火の大精霊が、すっと目を開く。

 再び圧倒的な存在が具現する。これまでは俺一人に向けられていた力の矛先が、全方位へ向けられる。距離があっても、ビリビリと肌が焼け付くような熱さ。火の大精霊の至近距離にいるティナの身が危ない。

 ——まずい。俺でさえ一瞬そう思い、そちらを見た。

 実戦の経験も無い平民の一年生。火の大精霊が放つ威圧に当てられれば、意識を保つことすら難しいだろう。しかし、誰よりも火の大精霊の傍にいる彼女は、今度はさっきよりも大きくガッツポーズ。


「ロコモコ先生ー! もう大丈夫みたいですー!」


 俺たちの心配を他所に。 

 ぶんぶんと手を振って、アニメのサブキャラクターは自信満々に言ってのけた。


「——この人! 自分の意識、取り戻したみたいですからーッ!!」




 シューヤ・ニュケルンと火の大精霊を巡る関係性。

 あの『シューヤ・マリオネット』の世界では、必死になったアリシアによってシューヤは暴走した火の大精霊から自分の身体を取り戻した。


 それはアニメの中でもとりわけ重要な一大シーンで、少なくともアリシアはシューヤを救うために命を投げ出す覚悟だった。

 ——けれど、ここにアリシアはいない。

 ——そもそもアリシアは騎士国家ダリス守護騎士選定試練ガーディアンセリオンに興味を示さず、この結界に包まれた闘技場にすら来ていないのだから。


「え!? 自分は卑怯じゃないって!? 貴方、何言ってるんですか! 神聖な場を滅茶苦茶にして、悪いマジックアイテムに頼ったって丸わかりじゃないですか――! ……ってええー!! ロコモコ先生! この人、急に倒れちゃったんですけど!」


 まさかさ。

 アニメのサブキャラクターであるティナの罵倒によって、シューヤの自意識が火の大精霊を上回るなんて、俺ですら予想していなかった結末だ。


 

 その後、意識を取り戻したシューヤは死んだかのように眠り、一週間近く目を覚まさなかった。万が一を考えて、数日俺やロコモコ先生がシューヤの傍についていたが、寝顔は穏やかなもので悪しき存在エルドレッドの影は見えず。


 シューヤが意識を取り戻したのは、守護騎士選定試練ガーディアンセリオンの労を労うために、女王陛下やカリーナ姫が来訪した、まさにその日であった。

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