306豚 想定の範囲内

 シューヤの身体を乗っ取った火の大精霊さんが空に向かって片手を上げ、叫ぶ。


「儂は魔を狩る者エルドレッド! 古来より、諸国を荒らす魔を討ち続けた勇者の末裔ぞ――! それが今や、呪い振りかざす悪者として、災いが如くの扱いときたものだ!」


 大精霊の力が向かうその先。

 視界いっぱいに広がる火の魔法、黒き太陽ダン・ヘリオス。もはや空を塗り潰す程の大きさになって、ドン引きだよ。

 何よりも恐ろしいのは世界の終わりとさえ思えるその色だ。黒。漆黒の黒。今の火の大精霊エルドレッドの心象を現した、腐った心のスタート地点。


「今や、呪い振りかざす悪として、災いが如くの扱いときたものだ! 人と共生する、儂の生き方はあの頃と何も変わっておらんというに!」


 テンションの高い大精霊さんの様子を見ていたら、よく分かる。

 大精霊さんにはやっぱりシューヤが必要だ。能天気で明るくて、どこまでも真っ直ぐなシューヤがさ


 『シューヤ・マリオネット』は戦争を終わらせる救世の旅。

 だけど同時に。

 心の狂った火の大精霊エルドレッドを、正しき姿に戻す旅でもあったんだよ。


「言葉も出ないか、スロウ。デニング! だが、今さら恐怖におびえても遅いのだ!」


「怯えているのはそっちだろ。たった一人に使うには過ぎた魔法だぜ」


「遺言にしては随分な言葉だ! くはは、それに貴様もだ! から見ているな光の大精霊レクトライクルッ! 貴様が儂を滅するために送り込んだ先兵を、これから燃やし尽くしてやろう!」


 アニメじゃないから、あいつが今何を考え、何をしているかは分からない。

 けれど、俺はシューヤ・ニュケルンという人間の諦めの悪さを嫌って程知ってる。


「よい、よいぞ! 始まりの一人が、縁有る者である程、覚悟が固まるというものだ! シューヤ、お主も儂の存在にすぐ感謝するようになるだろう! これまでの世界が如何に小さな箱庭であったか、すぐに分かる!」


「シューヤが感謝? 残念だけど、それは一生ないと思うな」


 ドストル帝国の三銃士と呼ばれた奴らのように常勝不敗ではない。でも、俺にとっては、この世界で敵にしたくないナンバーワンがこのまま黙って終わるわけがない。

 不撓不屈、いつだってあいつは死の淵から這い上がってきた。

 覚えていてくれよ、火の大精霊エルドレッド

 あんたの敵はいつだって、内にいるシューヤなんだぜ。


「小僧! 儂の黒き太陽ダン・ヘリオスを見ても、逃げ出さぬその勇気だけは褒めてやろうっ! だが、時には逃げる覚悟が必要だと学ぶべきであったな! 無詠唱の魔法使い、その才能が小僧の命取りとなるのだ!」


 俺が知っているその魔法よりも小規模とはいえ、落ちてくれば闘技場の全焼は免れない。

 だけど、だけどだ。


「忠告、痛み入るよ。自称、勇者の末裔さん。だけど、残念。今の世界にお前を勇者と崇める人間は一人もいない。なぁ、シューヤ」


「何も知らぬ小僧がッ! その口、すぐに二度と喋れるようにしてやるッ!」


 あの炎には、シューヤのような強い意志がない。

 絶対負けてたまるかって意思が、全く感じられない。

 だから、こうなる。


「落ちろ、黒き太陽ダン・ヘリオス! 全てを燃やし、儂らの存在を騎士国家ダリスへ刻み込めッ!」


悪いな弾けろ想定の範囲内だよマジックミサイル


 〇 ● ○


 黒き太陽ダン・ヘリオス——暴走は避けられぬかっ!

 火の大精霊エルドレッドは即座に、己の失策を悟る。

 その魔法が放たれた瞬間。それは、抗えないものと理解した。


 ——あれが、ただの魔力の塊マジックミサイルであろうか!

 ただの魔力の塊であれば、黒き太陽ダン・ヘリオスが放つ力の余波で消滅する。

 しかし、あの魔法が黒き太陽ダン・ヘリオスへ衝突した瞬間のことだ。制御コントロールが乱され、火の大精霊エルドレッドの手を離れた。膨大な力は収束不可能となり、結界に閉ざされた世界を襲った。

 視界がゼロに。粉塵に覆われた世界の中で、火の大精霊エルドレッドは頭を働かせる。

 

 有り得ぬぞッ――小僧は儂の魔法を余りにも知り過ぎている!

 スロウ・デニングが放ったそれは、火の大精霊エルドレッドが放つ魔法の特性を熟知しなければ、達成し得ぬ離れ業。如何に光の大精霊レクトライクルの助力があろうと、信じられぬ一撃であった。

 火の大精霊エルドレッドの脳内でガンガンと警報が鳴り響く。

 奴は危険だ。戦うな。魔力の塊マジックミサイルが放たれた瞬間、奴は確かに笑っていた。まだ、奴は牙を隠し持っている。


 ――何故だ! 何故、小僧は儂の魔法を知っておるのだ!

 ――見誤っていたというのか! 奴の力を、この儂がっ!

 ――ええい! お主もいい加減諦めんか、シューヤ!

 結界の外に己を殺すダリス軍が布陣していることを教え、意識は確実にこちら側に傾いているはずだった。

 だが、スロウ・デニングの言葉に心動かされたのか、再び強い気持ちが蘇った。蘇ってしまった。

 内に宿るもう一人シューヤを、これ以上抑え込めない。


 ——儂の存在が明らかになった今!

 ——もはやこの国で、人として扱われる未来はないと言うとろうが!

 それでも、火の大精霊エルドレッドには勝機があった。

 ゼロと一では大きな違いがあるが、一と十は変わらない。

 スロウ・デニングを殺し、共に生きるもう一人シューヤに絶望を与える筈だった。

 

 ——もはや、手段は選ばぬ! 

 粉塵が舞い、視界が消える。目を開けることすら不可能な世界で、火の大精霊エルドレッドは標的を即座に変更。

 結界の外から、力ある者がやってくる。

 共に生きるもう一人にこうまで抵抗され、本来の力半分も発揮出来ない現状。彼らを突破することは不可能と判断。

 火の大精霊エルドレッドはこの結界に閉じ込められた力無き者へ、標的を移した。


 ● 〇 ●


 大精霊さんの魔法が暴走した結果。

 全てを吹き飛ばす爆風の強さに、踏み止まるのが精一杯だった。


「ごほっ、ぶひっっ。ごぼぼっ、ぶへぇ」


 しっかしやべえ、粉塵が気管に入った。むせて咳が止まらない。戦いの最中だというのに、我ながら情けない限りだ。


「ごほっ、ぶぶ。ごほぉぉ、あー、落ちついてきたぞ」


 その間に火の大精霊さんを見失ってしまったわけだけど、最後に見た大精霊さんの顔は見ものだったぜ。自分の黒き太陽ダン・ヘリオスが単純な魔力の塊に消滅させられて、信じられないって感じだった。

 黒き太陽ダン・ヘリオスは力技、バランスをぐらつかせただけで簡単に暴走する。あんなのもの、魔力を集めただけの炎で、アニメの中で難敵を何人も打倒したシューヤのオリジナル魔法、『焼け野原の軍勢グラス・ダンタリオン』や『千穿つ構えガントレット・スタイル』、『炎と共に在るエル・グランド』なんかの魔法にも遠く及ばない。

 火の大精霊さんは俺を見くびりすぎていた。それが敗因。

 残念だけど俺は奴の技を嫌って程知っていた。それが勝因。

 そして、奴は逃げた。

 砂煙の中に、隠れてしまった。

 火の大精霊さんは狡猾な歴戦の戦士である。

 俺はすぐさま奴がどこにいるか、見つけねばならない。だけど。だけどだ。


「参ったなあ」


 そっちよりも重要なことが出来たから、俺は今、全神経を背後に向けていた。

 背後から、圧を感じる。

 結界に閉ざされたこの世界で、火の大精霊さんの存在にも気付いているだろうが、俺のみを意識したその気配。

 もう少しだと思ったのに、このタイミングで来るかよ……。

 そう思わないでもないが、これだけ時間を稼げたことが、よくよく考えてみれば奇跡に近い。


「結界の外には、足止め役を置いていたんですが。あいつは役に立ちませんでしたか」


 そっちに振り向かず、声を掛けてみた。

 近づいてくる。足音でわかるよもう。

 だけど、まだ振り返るわけにはいかなかった。

 結界内部で、闘技場は半壊している。瓦礫が詰まれ、激戦の後を匂わせるこの世界。しかし彼女はそんなことを知ったもんかとばかりにお構いなしだ。どこかにシューヤの身体を乗っ取った火の大精霊さんが隠れているってのにさ。


「サンサ姉さん。それ以上近づけば、身の安全は保証しませんよ」


 反応、無しか。

 近づいてくる彼女は、間違いなくシューヤを許さないだろう。

 火の大精霊エルドレッドなんて危険な存在を内に宿す人間、とても管理出来るわけがないと殺しにかかるだろう。

 俺の姉上である、サンサ・デニングとは、そういう人間だ。


「スロウ。一つだけ教えてくれ」


 バチバチと、炎がくすぶり続けている。

 火の大精霊の、残り香が感じられるこの世界。こんな狂った世界で、そんな冷静な声が出せる肝の座った人間がこの国に何人いるだろうか。


「私にとっての大精霊とは、人の身ではとても太刀打ち出来ない存在でな。そのような存在に、この有り様を見れば、お前は真っ向から魔法での勝負を挑んだのだろう。お前が生き残っていることに驚きだか、あれが相手なら、話は別だ」


 声が示す先。視界を遮る粉塵の中から、クルッシュ魔法学園の制服を着込んだ、女の子が。

 あの姿、どこかで見たことがあると思えば。

 黒髪の平民、守護騎士選定試練ガーディアンセリオン、最後に俺に挑もうとした勇気ある黒髪の少女、その頬にぐいっと杖を突き付けた火の大精霊さんがいて。


「まさか、だが。かよわき少女を人質に取っているあの人間が、火の大精霊エルドレッドなのか?」


 それは、アニメでも、見たことがない光景だったから。

 俺もまた言葉が出ないのであった。

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