297豚 ――動き出す公爵家の血筋
帝国の脅威が去ったとはいえ、未だ南方の国々は疑心暗鬼であった。
その証拠に未だ、ドストル帝国に対抗するために作られた南方四大同盟は健在だ。
幾らドストル帝国の兵士が北方との境たる最前線から退いたとしても、ドストル帝国には背後にあの闇の大精霊が控えているのだ。
「これは何の真似だ! 今すぐに我々を解放せねば――!」
結果的に、起こるべきドストル帝国との戦争は起きなかった。
ギリギリの瀬戸際で、本来は崩壊する予定であった迷宮都市の戦いで、スロウ・デニングがやり遂げたからだ。スロウ・デニングが達成した功績を知るものは余りにも少ないが、彼はやり遂げたのである。
しかし南方四大国を束ねる盟主の立場に、
天運の持ち主とされ、各国に多くの
彼女の手によって最強国に成り上がった騎士国家。
そんな騎士国家において、最強の力を持つ者はだれかと問われれば。
民衆の大多数は、彼らの名前を上げるのだ。
「サンサ・デニング……陛下直轄の我らによくもこのような仕打ちを!」
公爵家直系と、専属従者。
二人で一つの彼らこそ、騎士国家が誇る最強の牙なのだと。
「クシュナー卿! それはこちらの台詞でだろう! サンサ様の指示も無く、数人の王室騎士が現場へ直行とはまっこと呆れかえる!」
クルッシュ魔法学園を離れた森の中。
五千を超えるダリス兵が緊張に息を殺し、控えている。
彼らを束ねる中央部。天幕が張られたそこへ、数人の王室騎士が地面に膝をつき、屈服の姿を強制的に取らされていた。
「何を勘違いされたか知らぬが、この場における全権はサンサ様が握っておられる! 王都の守護すら満足に出来ぬ其方らが――火の大精霊を迎え討つこの地で何が出来ると言うのか!」
――そして、王室騎士に侮辱とも思える言葉を与える僧衣を着た大柄の男。
巨大な矛を大地に突き刺し、森全域に響き渡ろうかと言う大声で怒鳴っていた。
「声が大きいぞ、コクトウ。先行した騎士様方へは厳重に処罰を行う。それだけだ」
「しかし、サンサ様! これでは軍規も何もあったものではない!」
天幕の中央部、簡易な椅子に座りじっと何かを考え込んでいた黒髪の女性。
王室騎士から殺気の塊に近しい視線を浴びながらも動じない彼女こそ、大精霊討伐の任を帯びる軍の指揮を命じられた
公爵家三男、スロウ・デニングの姉に当たる人物であった。
「コクトウ、彼らもまた愛国心のため動いたのだ。
「……サンサ・デニング。この屈辱、忘れぬぞ」
事実であれば、百年度にも語り継がれるであろう前代未聞の大事件だ。
学生を早急に避難させ、然るべき対処を取るべきであっただろう。
しかし、騎士国家の
若き龍殺しと夜な夜な意見交換を行い、最終的に彼に全権を委任したのだ。
「では、コクトウ。状況の報告を――名誉に目がくらみ、先行した王室騎士様方を止めたのはシルバ、という報告は真か?」
「然り。我らがあいつの、シルバの姿を見間違うことはあり得ません」
「あの根無し草まで動くか。十中八九、陛下の差し金であろうが頭が痛い。全く、スロウもどんな陛下の弱みを握っているのか……」
「その割にはサンサ様。実に愉快な顔をされていますが」
「まあ、な。痛快だよ」
そして公爵家直系は椅子から重たい腰を上げる。
「サンサ様、進軍するので? 兵士はいつでも動けますが」
「兵士は動かさない。実際に、火の大精霊が動き出すという段階になって気付いたよ。大精霊が相手とあれば、中途半端な戦力など無駄に命を喰らわれるだけだ。無駄な血は流さない。いつも通りだ。私とお前で、将を取る」
「――お優しいことで、サンサ様」
彼女の名前は、サンサ・デニング。
公爵家の伝統に則り、齢十にして一兵卒から戦場を渡り歩いた。
次期、公爵家当主筆頭とされ、現在
この場に集う兵士から全幅の信頼を浴びる彼女は、傍に僧衣を羽織る筋骨逞ましい偉丈夫を控えさせ。
「何も優しいことなんて無いさ。指揮なんて性に合わない、それだけの話だ」
視線の先に、結界に隠された決戦の舞台を見据えた。
「では、コクトウ。懐かしい顔合わせと行こうか――」
「然り! 噂に聞く若様の雄姿ッ、この目で見届けようではありませんかッッ!」
次期公爵家の当主筆頭は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます