296豚 ――たった数分で済むから

「学生の避難は完了した! 直に、火の大精霊エルドレッドがこの地へ顕現するだろう!」


 人の手が入らぬ大自然。

 クルッシュ魔法学園を守る自然の原始林の中を掛ける者達がいた。

 本隊から先行し行動を開始した王室騎士ロイヤルナイトと呼ばれる者達だ。

 雄大な自然を楽しむ余裕はどこにもなく、その顔は誰もが一様に厳しい。


「スロウ・デニングの計画は破綻した! 元々、奴の考えには穴が多すぎる! 火の大精霊エルドレッドを、寄生者であるシューヤ・ニュケルン自らが抑え込むなど不可能であったのだ! 我らは現刻を持って本隊から先行、火の大精霊エルドレッド討伐に向け急行するッ!」


 彼らは王室騎士団ロイヤルナイツの中でも強硬派と呼ばれる者達。

 王室騎士団長、ヨハネ・マルディーニの意思を何よりも重要視する一派は最初からシューヤ・ニュケルンの排除を声高に叫んでいた。

 不満があった、理解も出来なかった。

 何故、スロウ・デニングに強大な権限を。

 火の大精霊エルドレッド、都市の滅亡さえ可能とする相手の対処をたった一人に委ねたのか。

 陛下の悪い癖が出たとしか思えなかった。


「しかし、まだ陛下からの指令は――」


「相手はあの火の大精霊エルドレッドッ! 何かが起きてからでは遅いのだ! それに――我ら王室騎士ロイヤルナイト公爵家デニングに指揮される軍に遅れをとるなど許されぬ!」


 火の大精霊エルドレッドの力は抑えられると主張するスロウ・デニングの意見を、彼らが敬愛する女王陛下が肯定したときは耳を疑った。

 クルッシュ魔法学園を一体どれほどの危険に晒す気かと。

 しかし、スロウ・デニングは自説に絶対の自信があるようで。

 幾ら黒龍討伐を始めとする、次世代の英雄ドラゴンスレイヤーであろうと、やりすぎだ。

 そして現場から火の大精霊エルドレッドを心に宿すシューヤ・ニュケルンの姿を見失ったとの報告が入がり、それ見たことかと予想は的中。

 さらにロコモコ・ハイランドが対象を逃がすために陣地を整えたと報告。

 昔から情に厚い男だった、生徒を見殺しには出来なかったのか。

 しかし、これで彼らも決断出来た。 

  

 生物の内側に入り込み、破壊の限りを尽くす大精霊。

 六大精霊の中でも、最も厄介にして災いを呼ぶ力の体現者。

 脆弱な少年に取り付いた今こそ、滅ぼすに好機と誰もが考える。

 圧倒的な敵がこの先にいるとしても、王室騎士達は平静を崩さない。

 彼らには経験に裏打ちされた、確かな実力があるからだ。

 木々が途切れ、視界が広がる。


「そこにいるのは……誰だッ」


 しかし――白外套を羽織る者達は身に降りかかる殺意に足を止まる。

 遠目にはスロウ・デニングやシューヤ・ニュケルンがいるであろう場所が見えていたが、彼らの道を塞ぐように一人の男が立っていたからだ。


「友達を助けたいなんて、坊ちゃんの口から聞くなんて夢にも思っていなくてね。それにたった数分で済むなんて……坊ちゃんはどれだけそのシューヤ・ニュケルンを信用してるんだか……妬けるねえ」


 黒髪黒目の男。

 その姿は、王室騎士と呼ばれる彼らにとっても馴染み深い姿で。


「何故、お前がを! 我らの前に立ち塞がるとは何のつもりだ、シルバ!」


「こちらの台詞だな。まだ陛下の命令も出てないのに、独断が過ぎるぜ旦那方」


 そして。

 平民は、確かな属性が付与されし光の守護剣エンチャントソードを構えて、へらりと笑った。


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