294豚 笑わせるなよ、シューヤ

 ロコモコ先生の魔法に呼応するように現れたシューヤ。

 二人が連携して動いていたのは確実で。

 昨夜、シューヤが先生の部屋に現れたというのは間違いじゃなさそうだ。


「大きな差だって? 笑わせるなよシューヤ。お前が一度だって俺の前を歩いたことがあったかよ」


 しかし、目が惹きつけられる。

 いつもいつも、こいつは昔からそうだった。


「学校の成績でも、大食い大会の時だってそうだ。いつも俺が上だっただろ」


「ははっ。確かに、そうかもな」


 その余裕ぶった笑みは何だよ。

 もっと苦しそうな顔しろよ。

 土埃に咽せている俺と違って、こいつはこの中でも苦しくなさそうで。


「でもこれは予想出来ないって。ちょっと前まで豚公爵だったお前がさ、今は王室騎士ロイヤルナイトだなんて……笑うなって方が無理だろ」


 圧倒的な存在感を内包し、俺の目の前に現れやがる。

 さすがだよ、アニメの主人公様シューヤ・ニュケルン

 お前はいつだって俺の想定を超えていく。


「なぁ、デニング。やっぱりあの子が理由なのか?」


「……何がだよ」


 こんな世間話をしている場合じゃないんだけどな。

 だって土埃の外で、騒がしい声が聞こえている。

 それは生徒達に向けた、避難誘導の声だ。

 間違いなく――ダリス軍は動き出している。生徒の避難が完了すれば、王室騎士ロイヤルナイトを筆頭とする実力者がシューヤを抹殺するために総力を挙げてやってくる。


「デニング、お前の従者って、あのヒュージャックのお姫様なんだろ?」


「……ッ」


火の大精霊エルドレッドから聞いたんだよ。あいつ、意外とお喋りでさ」


 焦るな、動揺するな、目を逸らすな。

 心の乱れを悟られるな。

 生きるために、この国からの逃避行を選んだらしいシューヤ。

 あいつが、この状況で目の前にいる。

 ロコモコ先生が造り上げてくれたシューヤとの一対一、対話の場。


「……そうだよ。俺に色々あったのは、シャーロットが理由だ」


「あ、そこは認めるんだな」


「まぁ、な」


 理由は分からないけれど。

 今のシューヤには、嘘はつきたくなかったんだ。

 自ら火の大精霊エルドレッドの存在を暴露したシューヤ。

 その境地に至るまで、俺の知らない何かがあったことは想像に難くない。


「デニング。お前って中身もカッコいい奴だったんだな。ずっと大変だったろ」


「俺のことはどうでもいいんだよ。シューヤ、お前は――」


 俺の言いかけた言葉を、シューヤは片手で制して。


「なぁデニング。ロコモコ先生って馬鹿だと思わないか? 俺のために、人生棒に振ったんだぜ。もし俺がここからの脱出に成功したら、死刑だろ」


 いつのまにか周囲の雑音は何も聞こえなくなっていた。

 あれ程揺れていた地面の振動も消えている。

 もはや土埃は砂嵐の域に達していた。


「だって、俺だぜ? 俺の中には火の大精霊エルドレッドがいるんだぜ?」


「……」


「でも実は薄々、俺って可笑しいんじゃないかって気付いていたんだ。確信に変わったのは迷宮都市の一件からだけどな」


 敢えて触れないようにしてたけど。

 そりゃあ、そうだよな。

 迷宮都市でシューヤは一時的に身体を火の大精霊エルドレッドに乗っ取られた。

 あの時の記憶を全部綺麗さっぱり忘れているなんて、都合よすぎる話だ。


「デニング、俺、全部知ってるんだよ。森に隠れている人達は全員俺の敵で。だから、俺は自分の命を守るために国外へ逃げようって思っても可笑しくないだろ?」


「……そうだな。俺もお前の考えは正しいと思うよ」


「だろ? でも、その前にやりたいことがあって……ロコモコ先生に頼んだんだ」


 シューヤの瞳に、俺の姿が映っていた。

 白い王室騎士の外套を羽織る、やけにシリアスなデブの姿だ。


「――デニング、俺はさ。最後に少しでも、お前と話したかったんだよ」

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