293豚 そしてお前がやってくる


 外の森には公爵家が指揮するダリス軍や大勢の王室騎士ロイヤルナイトが集結している。

 奴らの存在だけはシューヤには気付かれたくなかった。故に彼らには学園から遠く離れた場所に布陣してもらっていた。勿論、離れていたら、いざと言うときに学園の生徒を守れないじゃないかと言う意見があるにはあったが、そこは女王陛下に押し通してもらった。

 

「デニング。あいつは気付いちまった。真っ青な顔で、自分の存在が軍を引き寄せた、自分の中には火の大精霊がいるって伝えてきた。正直生きた心地がしなかったな。事前に聞いていなかったらあいつを傷つけてしまう反応をしたかもしれねえ」


 学園の外にいる軍隊はシューヤの敵だ。

 火の大精霊エルドレッドを内包するシューヤを殺すために集まっている。

 けれど彼らの出番は、やってこない可能性もあるのだ。とゆうか彼らの出番が来ないように俺は行動している。


「ロコモコ先生。シューヤはどうして軍の存在に気付いたか、言ってましたか?」


「あー、言っていたぜ。火の大精霊が教えてくれたってな。しかし、あれだ。今や学園の一教師である俺に、自分の正体を暴露したんだ。あいつがどれだけ追い詰められているか分かるってもんだ」


「そうですね。まさかあいつが自分から大精霊の存在にを暴露するなんて、思ってもいませんでした」


 まぁ俺だって隠し通せるとは思っていなかったよ。

 けれどシューヤが俺との戦いに熱中してくれたら、もしかしたらシューヤが大精霊さんの制御に成功するまで彼らに気付かない未来があるかもしれないなんて。全てが終わった後に、実はシューヤ、お前をやっつけるために学園の外には軍まで用意していたんだぜー、と軽口を叩ける未来を俺は待ち望んでいた。

 

 でも今のあいつには、火の大精霊がいる。

 闘争本能が強すぎる火の大精霊さんは、さすがに騙し切れなかったか。

 

「……ロコモコ先生。この陣地構成アースクリエイト、狙いは何ですか」


「デニング。あいつが昨夜、俺の前で殺されるぐらいなら何を犠牲にしても生きたいって言っていたぜ。まだやりたいことが山ほどある、彼女の一人もいたことがないし、結婚だってしてみたいってな」


「結婚て。あいつ意外と純情なとこありますよね」


 しかし俺はシューヤの精神を、あいつが持つ強さを見誤っていたのか。

 アニメの中ではシューヤはすぐに火の大精霊を受け入れた。むしろ自分が危ない時、望む力を与えてくれて大精霊さんに感謝までしていた。

 けれど、そうか。

 こっちのシューヤはドストル帝国の敵とも戦っていないし、そこまで追い詰められた経験も少ない。精神面がアニメ程は強くないのだ。


「で、先生。こんなに建物をにょきにょき生やして、どうするんですか?」


「いやー。あいつのあんな弱った顔を初めて見て、俺も改めて考えたわけだ。今、この状況で俺は何をすべきかってな」


「……何をすべきだと思ったんですか?」


「結論が出たわけだ。デニング、今から俺はシューヤの味方だ」


 ニカッと白い歯を見せつけて、先生は傍で呆気に取られている女子生徒の肩をポンと叩く。

 そして、すぅっと息を吸い込んだ。

 観客席にいる大勢の生徒に向かって叫ぶ。


「別にこの戦いってのは、元王室騎士である俺が挑んでもいいんだろ!? ならこんな良い機会はねえ! デニングは授業をサボり放題で俺たち教師もストレスが溜まっているからな! ほら、あぶねーから生徒は全員学園に戻ってろ! 怪我しても知らねえからな!」


「ちょ、なんつー大声ですか!」


 ロコモコ先生が大声で煽り、のっぴきならない事態に生徒が我先にと闘技場から逃げ出していく。

 賑やかな守護騎士選定試練が突然、大パニックに様変わり。

 しかも学園一の問題教師、自由人であるロコモコ先生の言葉だがら、本当に暴れるんじゃないかって言う説得感もあった。


「よしよし。これで生徒は皆、すぐに戻るだろう。ここまでしないと、あいつら動き出すのがおせーからなぁ」

 

 黒髪一年生の女の子は土の魔法使いなんだろう、先生の力にびっくりしているみたいだ。ガチガチに固まって、先生の傍で硬直している。


「ロコモコ先生……まさか貴方は―」


「デニング。あいつはお前と話したいことがあるようだぜ? だけど、こんな何もない場所じゃ監視の騎士にすぐ見つかっちまうからな。多少の目くらましは必要だと思ったわけだ」


 それは覚悟を決めた男の表情。

 俺はこの状態を知っている。生徒に頼られた時、実力の何倍も出せる人だ。


「あいつが逃避を決意したならば、俺はあいつの援護をする」


「いやいや、大惨事ですよそれ。何人の死傷者が出ると思ってるんですか」


 騎士国家ダリスが用意した戦力を突破する?

 馬鹿な。

 相当な実力者が何人いると思ってるんだよ。無理だ、絶対に無理。そう思いたいけれど、火の大精霊の力を行使できるようになったあいつなら、可能だろう。

 ただし大勢の犠牲者が出るので、なんとしてもそれだけは避けたいところだ、

  

「しかしまぁ相変わらず……生徒思いですね、先生」


「だろ? でも、これで俺の人生は終わりだ。母国を敵にしちまうなんて」


「その割にはまだ余裕がありそうですけど」


 今も拡大を続ける先生の魔法”陣地構成アースクリエイト”。

 この魔法には、先生の大半の魔力が注ぎ込まれている。こんなものを造ってしまえば、外にいる奴らと戦う力は残らない。

 陣地構成アースクリエイトの余波。

 土埃が闘技場内に蔓延。

 視界が急速に悪化し、慌てて俺はあいつがいたであろう観客席を確認する。すると案の定、このごたごたの中でその姿は消えていた。

 

「えっ、シューヤまで消えたッ。先生あいつはどこにッ!」


「デニング。あいつは逃げる前にやりたいことがあると言っててな。それを聞いたら、何とかなるんじゃねえかって思ったわけだ」


 さっきまでは観客席に、確かにあそこに座っていた。

 でも、あいつの特徴的な赤髪が消えている。

 フードを被った王室騎士。シューヤの監視人達が顔面蒼白になって、近くに座っていた生徒達に話しかけている。

 明らかに異常な事態に、席に座っていた生徒達が次々と立ち上がる。


「あの……ロコモコ先生とデニング様は、何の話をしているんですか?」


「悪いな、ティナ。お前を巻き込んじまって。けれど、お前みたいな明確な弱者がこれから必要だと思った。よく聞け、デニング! お前に全て頼らざるを得ない現状が悔しいが、!」


 闘技場に構築される先生の魔法は――止まらない。

 巨大な土石の陣地ブロックが次々と構築され、俺の足元がぐらつき、視界が一気に高くなる。

 そして目を開けることすら辛い土埃の中で、影だけが見えた。


「よう、デニング」


 どこから現れたのかも、分からない。

 余りに早すぎて、この場に着地する動きさえ捉えられなかった。

 だけど、確かにそこにいる。


「いつの間にかさ……お前に大きな差を付けられちゃったよな」


 真っ赤な髪の毛よりも紅い。

 紅き瞳のシューヤ・ニュケルンが、俺の目の前に立っていた。

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