292豚 巻き込まれる一年生の女の子

 騎士が守護騎士ガーディアンに至る条件は、王女と共に現役の守護騎士ガーディアンを圧倒すること。

 そんな守護騎士ガーディアンと違い――王室騎士ロイヤルナイトへのプロセスは明確に定められていない。

 

 定められていないからこそ、根性を見せろと俺は言った。その気があるのなら、何度も向かってこいとクルッシュ魔法学園の生徒に伝え――結果として、あの下級生君は良い起爆剤になった。 

 敗北を繰り返しても奴は毎日、俺に挑んできた。

 さっき俺と戦う一戦ごとに気づきがあると、下級生君は言っていた。

 そして、それは事実だった。


「見ろ! あのデニングが、初めて一撃を食らったぞ!」


「フェイントだ。あの一年生、戦い方を変えてきたなぁ。俺もあそこは今まで通り一年生が突っ込んでいくかと思ったけれど、まさか ワンテンポ挟むだけの冷静さがあるとは。成長したなあ」


 たった一発。別に痛くも痒くもない、だけど確かに下級生君は俺に一撃を入れた。それは、今のところ誰も成し得なかった成果。


「凄え。あのデニングに一撃を入れたぞ。もしかして騎士への推薦権、あの一年生が取っちゃうんじゃないか?」


「でもたった一撃だぜ? デニングの野郎、ピンピンしてるやがるし。あれぐらいで王室騎士への推薦権は無理だろ」


「だけどこれまでデニングに一撃でも与えた奴、いたか?」


「それは……」


 しかし、参った。参ったよ。

 これ……楽しいかもしれない。欠点を指摘し続けた。食らいついてくる奴がいた。百回の練習よりも一度の実践とは言ったものだ。下級生君はメキメキと腕を上げている。俺も彼の成長に合わせて、戦い方を変えた。

 俺に一撃を食らわせたのは、俺の想像を超えた証だ。


「なぁ。あの一年生がさっき言ってたことだけどさ。デニングと戦ったらすごい成長するって。そういえば俺の友達であいつに挑んだ奴も同じこと言ってたんだよ。王室騎士の推薦権はいらないけれど、俺もデニングに挑戦してみようかな」


「奇遇だな、俺も同じ事考えていたわ」


 外野の観客席もかなりの盛り上がりを見せているようだ。

 いいぞ。この調子でどんどん盛り上がって、観客席のシューヤをこっちまで連れてきて欲しいもんだ。

 シューヤが来たらあいつを何度もフルボッコにして、強引にでも火の大精霊の力を引き出して、その力を制御せざるを得ない状況に追い込んでやるんだ。

 ぶひぶひ、楽しくなってきたぜ。

 

 ● ○ ●


「……ぶひぃ」


 ただ、楽しくなってきたとは言っても限界はあるよ?

 次の子で本日の挑戦者、五十人超えとかだよな? いや、五十人はとっくに超えているか……?


 あの下級生君が俺に一撃を入れてから、数日。状況に進展は見られない。

 シューヤが闘技場にやってくるようになったのは嬉しいが、俺に挑んでくる様子はない。相変わらず観客席に座ったまま、俺の戦いをじーっと眺めている。


「これで何人目だよ……」


 最近はもう王室騎士を目指してないやつまで俺に挑んでくるんだ。どうやら生徒たちの中では俺と戦えば自分の欠点がわかるとか、実力が上がるとか言われてるみたいで。

 休日には朝から晩まで、挑戦者の相手をする羽目になっていた。


 今日もあの眩しい下級生君が最初の相手で、そっから俺も鍛えて下さいって一年生が十人以上、連続で来たんだっけ。全然フルボッコにしてやったけど、手加減するのだって神経を使うんだよ。なのに皆、息も絶え絶えでありがとうございましたって言うんだからこっちも本気で鍛えてやるしかないだろう!

 熱心なことだな! 素晴らしい! ダリスの未来は明るいな!


「俺の体力だって限界じゃねえぞ……手加減するのは、妙に疲れるんだよ……」


「デニング様! わ、私もお願いしていいですかっ! 平民ですけど、先輩と魔法戦したって家族に言えば一生の思い出になりますっ!」


「一生の思い出か。そう言われちゃ、断れないな……」


「あ、ありがとうございます! じゃあ、土の魔法で天守る城兵ロー・ゴーレム!」

 

 そう言えば、さっきの休憩中。

 観客席にいるシューヤを警戒中の王室騎士が、陛下からの言伝をこっそり伝えてくれたんだ。

 学園の様子は本物の騎士らを通じて、定期的に女王陛下に伝えられているらしい。


 ”スロウ・デニング。学園の様子を聞いた陛下からだ。今の状況、非常に興味深いから続けろ、と”

 ”陛下にお伝え下さい、シューヤを何とかする前に疲労で俺を殺すつもりですか、と”

 ”それに対する陛下からの言伝はこうだ。――スロウ・デニング。お前が言い出したことだ。最後まで全うしろ、と”

 ”……分かっています、って伝えておいて下さい”


 シューヤの監視役である騎士らも最初は気が滅入る程の重圧を感じながら仕事に取り組んでいたようだ。しかし、シューヤが全く行動を起こさないことから、最近は少し身体の硬さが取れているように思う。



「ほー。城兵シリーズのゴーレムか。一年の割には筋がいいな。試験でゴーレムに持たせる武器まで一体構築出来たら、満点付けてやるぞ」


「……ロコモコ先生は審判なんだから、余計な助言しないでくださいよ」


 そしてロコモコ先生は相変わらず、審判に徹している。先生は何だかんだこの異様な盛り上がりを間近で見ながら誰よりも楽しんでいるように思う。

 勿論、観客席に座るシューヤを時折ちらちらと気にしているようだが。


「すまんすまん。教育者として、こう燃えてきたというかな。例えば城兵シリーズのこういうゴーレムを作れるようになれれば、一人前だ。出ろ、天守る城騎兵ハイ・ゴーレム


 一年生が生み出したゴーレムの隣に、馬に乗ったゴーレムが構築される。手には突撃槍までご持参で、何故かその先端は俺に向かっている。

 つーか……この人、何で一年生の肩を持っているんだよ。


「朝からこれだけの熱戦を見せられたら燃えてきてな。どうせ、この子一人じゃ瞬殺だろ? だったら、俺も交ぜてくんねえか」


「えっ。私とロコモコ先生はチームってことですか……?」


「そういうことになるな、ティナ。俺とお前であの生意気な新米騎士に挑んでやるか。そもそも厳密な話すれば、あいつ剣全然使えないから騎士じゃないけどな。でも、どうだ? 俺との共同は家族に自慢出来る思い出になるか?」


「せ、先祖大体語り継がれる思い出になります! じゃあお願いしますっ!」


 ロコモコ先生の乱入に、闘技場が爆発的な絶叫に包まれる。

 元王室騎士の生み出したゴーレムが数を増やしていく。城兵シリーズのゴーレム。剣士や騎士、盾兵、そして竜騎兵さえ。

 王は、ロコモコ先生の魔法に守られたあの子のゴーレムか。

 雑魚の指導ばかりで、気疲れしていたところでもあるが――。


「……」


 これは一体、どういうことだよ。

 だって、この瞬間にもゴーレムの数が増えていく。それだけじゃない。詠唱を続ける先生の力により、見晴らしのよかった闘技場に、固い地面からにょきにょきと、建物が、廃墟群が構築されていくんだ。


 幾らなんでもこれはやり過ぎだ。

 生徒の肩を持つとか、そういう次元を超えている。

 

「……ロコモコ先生。いや、ロコモコ・ハイランド。これは一体、何の真似か。一応、意図を教えてくれますか」


「随分怖い顔が出来るじゃねえか、デニング」


 闘技場にこっそり隠れていた数名の王室騎士達が慌ててぞろぞろと階段を降り、最前列へ。シューヤの様子をつぶさに観察していた騎士達ではあるが、ロコモコ先生の参戦という当初の計画にはなかった事態に焦っているんだろう。

 それは、俺も同じだった。

 闘技場を埋め尽くす建物群。土の魔法”陣地構成アースクリエイト”にしては余りにも大規模過ぎる。

 

「デニング。昨夜、あいつが俺の部屋を訪ねてきてな」


「ええ、知っています。あいつの行動は監視されていますから。それで? ハイランド卿、貴方の報告では、あいつが俺に挑戦するための決意を固め、必勝法を貴方がレクチャーしたと、それだけの報告だけだったですが――」


「あれは嘘だ。だが、俺はな。自分の行動に間違いがあったとは思わねえ」

 

 眩暈がした。

 俺はロコモコ先生には全幅の信頼を置いていたからだ。

 この人はアニメの中で誰よりも生徒思いで、だから俺はシューヤを守るために、ロコモコ先生を真っ先にこちら側を引き込んだっていうのに。


「デニング。あいつ、学園をダリス軍が包囲していることに気付いちまったぞ――」

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