290豚 少年の名前はレオナルド・ボッシュ

 下級生君は怯えている。

 さっきまであれほど生き巻いていた勇気の持ち主が、俺の実力の一端に触れてビビっている。

 まだ実力の一割も出していないんだぜ?

 なのにビビるなんて、折角の輝きが台無しだぜ後輩くん。

 シューヤの向こう見ずな勇気を一割でもわけてやりたいところだ。


 アニメの中じゃあいつ、ドストル帝国の敵が引いちゃうぐらい何度も立ち上がるからな。


「情けない。情けなすぎるよ、お前は。何もないお前がどうして俺に勝てるのはと思ったんだ。


「……くそ」


 さぞや悔しいのだろう。

 俺みたいなデブにフルボッコにされて、気分が良い筈がない。少しは善戦出来るかもみたいな思いがどこかにあったんだろう。

 もしも俺相手に何か出来れば、少しでも善戦できたら無名の一年生から期待のホープ。学園内でも知名度が上がって、女の子からもモッテモテ!

 しかし、残念だったな。

 俺はそんなに弱い豚じゃないぞ!


「うわぁ。下級生が相手だってのにあいつ容赦ないなぁ」


「見てらんないよ。あの一年生、デニングにボコボコにされて病まなければいいけと」


 観客席からはブーイングが飛んでくる。

 確かに有望な後輩をいじめる先輩、そんな構図が出来上がっている気がする。いかんいかん、これじゃあ真っ黒豚公爵時代に逆戻り。

 だけど、これは神聖な守護騎士選定試練なんだぜ。もしこれがロコモコ先生の魔法演習の授業相手だったら少しは花を持たせて、自信をつけさせている可能性もあったけどさ。


 それに見ろよ、下級生君はまだ諦めちゃいない。

 必死で歯を食いしばりながら、立ち上がろうとしていた。


「お前だけじゃない、この場にいる学園のやつら全員にだ。いい機会だから教えてやるよ」


 風の魔法で声を闘技場全体に浸透させる。

 全くさ。嫌われものを演じるってのも大変だ。


 毎日の授業後に、こうして行われる守護騎士選定試練。

 森の中に足を運んで、秘密の結界を潜り、この円形闘技場へとやってくる。

 お目当てのシューヤはいつになっても現れないし。あいつ、授業にも出ないで引き篭もって何してんだよ。こういうお祭り騒ぎは率先して楽しむ奴なのに。

 火の大精霊さんも動き出す気配が無いしさ。このまま停滞ってことはないだろうが不気味な感じだ。

 

「今、俺の目の前で倒れているこいつも含めて、この学園にいる皆は弱い、弱すぎるよ。俺が五歳の頃よりも遥かに弱い。確かに俺は才能があった。才能があったけど、それに胡坐をかいていた訳じゃない。毎日、死ぬ気で戦いに明け暮れていたんだよ。おい、お前いつまで寝てるんだよ。俺は昔話をするためにお前の相手をしているわけじゃないんだぞ。なあ、これだけ言ってもまだわからないのか」


「くそおおおおお」


 俺に挑んでこない大半の生徒は、挑戦者が俺に一矢を報いることなんて出来っこないと思い込んでいる。

 まぁ、自分て言うのもあれだが、今や俺はダリスの英雄。

 公爵家の神童と呼ばれ、王室騎士の証である白マントも手に入れた。

 そりゃー、大勢にとっては勝ち目のない戦いに挑む負け戦。俺に負けた奴は力の差を感じとって、俺に一撃を当てることすら無理と悟り、観客席の野次馬に成り下がる。

 それが悪いこととは言わない、言わないけどさぁ。


「力の差は埋まらない。だったら、そこで這いつくばってないで死ぬ気で向かって来いと言ったんだ。覚悟を見せろよ、覚悟。どれだけ大きな怪我をしても安心していいぞ。たっぷり回復薬、用意してあるから。高位冒険者が迷宮に持っていくような目玉が飛び出るぐらい高いやつ」


「……っ、うわあああああああああああああああああああああああ」


「――よしよし」


 その後、俺は再び立ち上がった彼を徹底的にボコボコにし。

 その日だけで俺はレオナルド・ボッシュ少年の後に続いた、勇気ある二十二人の少年少女を役目通り叩き潰してやったんだ。


 だけど残念なことに、目的のシューヤはいつまで立っても決戦の場に現れなかった。


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