291豚 今日も君はやってくる
真っ黒豚公爵時代は、授業があっても昼まで寝ていることがよくあった。
あの頃は自堕落なリアルオークを演出する必要があったからだ。ロクでもない生活を送り、公爵家を追放された哀れなスロウ・デニング。誰しもが認めるオークになるため、好き勝手な毎日を送っていた。
だけど最近は、朝になると自然に目が醒めるんだ。
理由はきっと重過ぎる大役を担っているからかな。
やっとの思いで戦争を回避することができて、ようやく幸せな日を糧にできると思ったら次はアニメ版主人公様の正体が国にばれた。こんなのってありかよと思わないでもないが、アニメ版主人公様が窮地に陥っているのなら助けるのがアニメ版脇役の役目というものなのだ。
「それでデニング。お前の作戦は順調なのか?」
クルッシュ魔法学園に戻ってから、常に身体に緊張感が走っている。
今だって目を瞑ったまま、ロコモコ先生が近づいてくることに気付けたしな。
この感覚は悪くない、むしろ良い兆候とさえ思えた。
「どうしたんですかロコモコ先生。今は授業中の筈ですが」
「いてもたってもいられなくてな。今日は休講にした」
同じような戦いが繰り返されて、もう何日になっただろう。
次代女王の専属騎士を選ぶ守護騎士選定試練。
騎士の中の騎士同士がしのぎを削り、最優の騎士が守護騎士の栄光に預かれる。
「うわっ。職務怠慢ですよそれ」
「黙れ。学園長の爺も認めているかは、問題ねえ。それよりシューヤだ。ずっと授業をサボって、部屋に引きこもっているらしいぞ」
「心配ありませんよ。多分、火の大精霊とこれからどうするか相談でもしているんでしょう」
「相談、相談か。大精霊と相談なんて、信じられねえ話だ。だがデニング。お前の作戦じゃ、シューヤが守護騎士選定試練に参加しねえと何も始まらねえじゃねえか」
「そうですねぇ」
そこへ、騎士でもないクルッシュ魔法学園の生徒が関与出来る機会はあり得ない。
だけど、シューヤを救うために。
強引にクルッシュ魔法学園に巨大な熱を生み出すために、守護騎士選定試練の末端を学園で開催することにした。
俺に一撃を与えれば、学園の生徒だろうと王室騎士に推薦すると。
「大丈夫ですよ、ロコモコ先生。今、学園は俺というラスボスを相手に熱に浮かされています。シューヤみたいな熱血野郎がこの機会を見逃す筈がありませんから」
「やけに自信満々だな。その気持ち悪いぐらいの自信はどこから出てくんだ」
「俺はシューヤ・ニュケルンという男をよく知っているんですよ。最近は元気な一度年生が出てきましたし、学園の熱気も上がっている。シューヤだってこのままじゃよくないってこと、分かってると思いますよ」
相手があの龍殺しだろうと、挑戦してみる価値がある。そう仕向けるために俺だって食っちゃ寝の生活をあえて送っているんだ。
これは、あれだぞ?
あんなだらしない奴が王室騎士なんて許せない! あんなデブ相手ならもしかして俺の魔法でも一撃を当てられるんじゃないか?
「その姿を見る限り説得力の欠片もねえが、あの女王陛下を説得したぐらいだ。信じているからな」
「えぇぶひ。う、この秋の新作うめえぶひ」
「本当に信じていいのか不安になってきたぜ……」
今も俺が学園の真ん中に寝そべって、お菓子をばりぼり貪っているのは挑戦者達にそう思わせるための作戦なんだからな!?
「うまっ。うまぶひ。ぶひっ、ぶひぃぃ」
● ○ ●
誰しもが心に巣食う火の大精霊を制御することなんて不可能だと思っている。
だけど同時に、こうも理解していた。
もし制御することが出来れば、 歴史上に名を残している魔法使いに匹敵する力を手に入ることが出来ると。
そしてシューヤは戦いの中で火の大精霊を制御する術を見出し、 一人の人間としては破格の力を手に入れた。
「スロウ先輩! 今日もお願いします!」
「怪我は……うわ。もう治ってやがる。数日は医務室で寝たきりの状態に追い込んだ筈だったんだけどなあ」
「頂ける回復薬の効果が凄すぎて……後はスロウ先輩が夜になると、俺たちにヒールをこっそり掛けに来るからじゃないですかね?」
「……」
「はははっ! おーい、デニング! お前、意外と面倒見がいいんだな! なんかキャラ、違くねえ!?」
「うるさいぞ。観客席の外野は黙ってろ」
今日も今日とてやってくる下級生のレオナルド・ボッシュ君。
やる気がみなぎるいい表情で、一目散に俺の秘密を暴露してくれた。夜な夜な医務室に忍び込んで、怪我をした生徒達に特性ヒールをかけてやっていたこと。
もちろん医務室の先生は公認、いや黙認だ。
「医務室が連日大盛況で、担当の先生が困ってるって言う噂を聞いたからな。医務室に生徒を叩き込んでいる元凶の俺が、何とかするしかないと思ったんだよ。だけどおい、そういうの秘密にしておくべきだろ。今日の夜から、忍び難くなっちゃうからな。空気の読めない奴だなお前は」
「スロウ先輩ってやっぱりいい人ですよね。噂なんて当てにならないって思います」
「だからそういうこと言うなって。俺にもこう、キャラってものがあるんだから」
下級生間は準備体操のつもり、か体をぐいっと伸ばしながら、根も葉もないことを言う。
それに俺は好き勝手やってるだけで、自分がいい奴なんて自覚はこれっぽっちもないけど。
「しかし、この雰囲気。どうにかならないかなぁ」
毎日の観客は増える一方,
それ自体はこっちのやる気にも繋がるから嬉しいことなんだけど。
今ではもう戦いとは無縁の大人しそうな女の子達まで見に来るようになっていた。彼氏が俺に挑んでいるとか、友達の有志を見に来たとか、そんな感じっぽい。何だよ余興かよ、これは王室騎士に推薦する者を選ぶ……格式高い戦いなんだぞ。平民生徒が小遣い稼ぎに立ち売りとかも始めてるし、本当にどうしてこうなったって状態だよ。
「それはスロウ先輩が意外とエンターテイメントに富んだ戦い方を毎日見せてくれるからですよ。それに観客の中に、本物の王室騎士の方々が混ざってることも最近噂になってますし」
「おい俺も一応本物だぞ」
「スロウ先輩は、そもそも剣。持ってないじゃないですか。それで騎士を名乗るのはどうかと思いますけど」
「うっ。図星をつくな図星を。これでも王都で剣の練習はしたんだよ。それよりお前、毎日俺にフルボッコにされて、そろそろ諦めてもいいんじゃないか?」
「最初は先輩に一撃を入れて騎士へ推薦してもらおうと思いましたけど、今は先輩と戦うのが楽しいんです。一戦、一戦。勉強になりますから。あ、そうだスロウ先輩。以前頂いた指摘、今ならよく分るようになりました! 敵は先輩じゃなくて自分以外にあり得ないってこと!」
「……へえっ。分かってきたじゃないか、下級生君」
まいったなぁ。こんなふうに慕われたら、実は内心疲れていることを表に出せないじゃないか。
こつちは連日の疲労が重なっている。
もう一週間以上、毎日俺は戦い続けていた。相手の中には記念受験みたいなノリの奴もいる。魔法が下手くそな奴でも、俺が一人一人に強くなる秘訣を戦いの中でアドバイスしているからか、本来の授業をサボって俺の元に来る奴らが増えているらしい。
ふざけんな! ちゃんと授業受けろよ!
「先輩、目が泳いでますよ! 風と水で
「へえッ!」
化けた、化けやがった。
レオナルド・ボッシュ。モブキャラの癖に、目が爛々と輝いている。
以前と魔法の切れが段違いだ。近くで見れば、アニメ版主人公であるシューヤ・ニュケルンと同じ輝きを感じる。
そして、そんな一年生君の影響か。
シューヤが今日、初めて闘技場に姿を見せた。
これまで何をやってるのか知らないが、物語が動き出す気配がして、こちらも自然と熱くなるってもんだ。あいつの周りには、素性を隠した大人達がバレないよう座っている。全員が手練の王室騎士だ。万が一、シューヤが良からぬ行動に出た際の抑止力として、騎士達が目を光らせているってわけだ。
俺としてはシューヤに、一刻も早くこっち側に来て欲しい。こちら側ってのは、俺と戦うって言うことだ。
何故ならこの守護騎士選定試練、全てがシューヤのための舞台なんだからな。
「余所見する余裕があるんですか、スロウ先輩。以前の僕とは、違いますよ!」
「生意気な口、叩くようになりやがって」
何かやばい下級生が現れちまったぞ! このままじゃ、お前と似たキャラクターが生まれちまうぞ! 熱血主人公様! いつまでもうじうじしているんじゃねえ!
「スロウ先輩のお陰です。貴方のお陰で、貴方と一回戦うだけで、強くなる実感がある! もう王室騎士なんてどうでもいい! 僕は、もっともっと貴方と戦いたい!」
やだ、この子怖い。
一週間前とは別人だ。だけど、楽しいと思っている俺がいるのも事実。まだまだ俺は手加減しているけど、この調子じゃ一年生の中でもトップクラスの実力者になっているかもしれない。
「おーい! デニング! 何手加減してるんだよ」
「下級生に花を持たせるなんて、お前も以外と出来た人間だったんだなっ」
観客席からのヤジが飛ぶ。
そこには最近、遠征から帰ってきたばかりの最上級生の姿。鎧に身を纏い、自分達の番は今か今かと待っている。はあ、遠征から帰ってきた三年生との闘いも連日にわたる。王室騎士になる気もないのに、強い奴と戦うのは面白いからって軍属志望の先輩方が勝負を挑んでくる。しかも、俺に対してかなり舐めた口をききやがる。
分かってんのか。俺は公爵家の直系で、今は王室騎士の身分でもあるんだぞ!
しかし、毎日戦ってるとさ。変な感じになるんだよ。
この下級生君や毎日ボロボロになりながら挑んでくる先輩達との間に奇妙な友情が生まれていた。全く、不思議な気持ちだよ。これはさ、火の大精霊を持つシューヤのために始めた戦いだったってのに……。
今は俺が……誰よりも楽しんでいるかもしれない。
「――降参、です。スロウ先輩。やっぱり先輩は強いなあ……」
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