289豚 覚悟のない挑戦者達

「ちょ、挑戦させて下さい! 先輩!」


 大きな声で入場してくるのは小柄な男子生徒。

 目についたのは第一学年の生徒であることを示す紫色のラインが入った制服。


 しかし、下級生の挑戦者とは珍しい。

 一日に数人来るか来ないかといったところで、俺の方も後輩が相手となれば指導に熱が入るってもんだ。

 何よりこれまでの挑戦者と違って無駄な口上が無いのがいい。


「ぶひぃ」


 固く結ばれた口元は紛れの無い勇気の証。

 そして、杖を持つ右手が震えているのは間違いの無い緊張の証明だ。


 さっきから圧倒的な力量さで挑戦者達を沈めていった。あの光景を見て、俺に挑もうなんて良い度胸だ。そこだけは買ってもいい。

 それによくよく見れば、これまでの奴らと違って確かな存在感がある。

 シューヤやアリシア程じゃないけど、アニメに出てきた主要人物特有の力。観客席から声援が飛んでいる、人気者だなぁと少し羨ましい。

 

「さっきのアレを見てデニングに挑戦するとは、良い度胸だ――名乗りを上げろ」


 ロコモコ先生も何かを感じ取ったのか、感心したように下級生を観察している。

 育ちが良さそうな貴族の生徒。

 実戦を経験した機会なんて殆ど無いだろう。

 彼の心を現しているかのような、真っ直ぐに伸びる杖。火と水の精霊が数体、彼に纏わり付いている事実から、少なくとも二重属性! 

  一年生の段階で二つの属性を扱うなんて大したもんだ!

 さてはて、どれ程のものか。お手並み拝見といこうか!


「レオナルド・ボッシュ! 父は王宮一等薬師長のベラル・ボッシュ! 全身全霊を掛けて――デニング先輩。そのニヤつきを止めてみせます!」


「元王室騎士からの忠告だがな。一瞬でやられるなんて情けない姿を見せてくれるなよ?」


「当たり前、ですっ! この場に立ったからなら、一矢でも報いてみせます!」


 大声で自分を鼓舞でもするつもりか、

 だけど、ロコモコ先生が言う通り、こんな状況にやってこれるのは只者じゃない。

 そして、即座に膨れ上がる火球と投降される水剣。へえ、やっぱり二重魔法ダブルマジック。それも、俺の心臓に向けて真っすぐ。だけどな――それぐらいで足元がふらつくようじゃ話にもならないんだよ、下級生君。彼は目をぎらつかせて、何度も何度も俺に魔法を繰り出す。そのたびに俺は風の魔法を上から塗り潰していく。

 力に込められた強い意思。

 全ては俺に一矢報い、王室騎士ロイヤルナイトへの推薦権を手に入れるため。

 だけど。


「俺を舐めるなよ」


 その心意気は買おう。しかし、それだけだ。

 軽いカマイマチを発生させる。彼は当然、魔法で応戦しようとするけれど俺の魔法は特別製だ。まるで意思があるかのように自由自在に動くそれを、実戦経験もない一年生が止められるとは思わない。


「そんなっ、当たらない!」


「学園の外に出れば、これぐらいの実力者は当たり前にいるぞ? 敗因は、実戦経験が無さすぎること。大方、クルッシュ魔法学園に入るまでは領地でチヤホヤされた生活を送ってきたんだろう」


 これでも俺は、王室騎士の一人としてこの場に立っている。

 有象無象の、名も知らなかったモブキャラに遅れを取るなんて、たった一瞬でもあってはならない。あり得ないんだ。

 背負う白外套の重み、俺が着る日が来るなんて思ってもみなかった。

 これに価値も感じられなかったし、興味もなかった。


 しかし、闘技場の観客席には生徒だけでなく、身分を隠した者たちが大勢いる。あの中には生徒を見極めるために王室騎士も混じっている。

 

 の目的の一つに、次世代の見極めがある。


「俺はっ、チヤホヤなんかされちゃいない!」


「大方の貴族はクルッシュ魔法学園に入る前、家庭教師から魔法に関して指導を受けるもんだ。そいつから血反吐が出るくらいボコボコにされたことはあったか?」


「それはっ」


「ないだろ。だから、俺が魔法でお前を傷つけようとした瞬間、分かりやすすぎるぐらい動揺が見てとれた。俺の魔法を避けるためにはどうしたらいいか、事前に何も考えていなかっただろ。倒すか、倒されるか。実戦経験があるか無いかは、そういう所で差になるんだ」


 俺はシューヤ・ニュケルンのために、伝統ある守護騎士選定試練ガーディアンセリオンを利用し、踏み躙った。誰よりも怒ったのは王室騎士団ロイヤルナイツ。彼らの多くは守護騎士選定試練に命を懸ける者もいたからな。

 子供の頃から、そのためだけに生きてきた者もいた。


 だけど最終的には俺の考えに納得してくれた彼らの気持ちに、応えるために。


「ちなみに公爵家では、幼子が立てるようになった瞬間から訓練開始だ。徐々に負荷を高め、5歳になる頃にはオークを倒す力が求められる。さっきの魔法、公爵家の人間なら5歳で避ける」


 本音を言えば、納得していない者が大半だろう。そもそも俺が王室騎士に相応しいなんて思っている同僚は一人もいないわけだし。

 だけど、俺はこの場で守護騎士に最も近い王室騎士の一人として立つ資格を得た。

 ならば王室騎士が立つ高みを、クルッシュ魔法学園の生徒に教えなければ――。


「どうした、もう終わりか。お前の気持ちはそんなものか。そんな覚悟で、本気で王室騎士ロイヤルナイトになれるなんて思っていたのか。なあ、レオナルド・ボッシュ。教えてくれよ。俺は本気で知りたいんだ。だってさ、これしきの攻防で息を切らしているお前みたいな雑魚が……どうして、本気で王室騎士ロイヤルナイトになれると思ったんだ?」


 俺は、全力で――偽りの守護騎士選定試練ガーディアンセリオンを全うしなければならないのだ。

 あっ、ロコモコ先生。そんなドン引きした表情で俺を見ないでください。

 公爵家が異常な環境ってことは充分に分かってますから。

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