288豚 転送の魔法陣

「そうか。さすがのお前でも気になるか、デニング」


「気になるに決まってるでしょう。この建物もそうですが、全体を覆う結界も異常に高度ですし。どれだけのお金と人材を投入したらこんなものが出来るんですか」


 真新しい円形闘技場コロッセウム

 まるで初めから大掛かりな戦闘を見越していたように、森の中でしっかりとした存在感を放っている。

 こんな建物は勢いや酔狂で造れるものじゃない。貴族や金のある大商人だって無理だ。恐らく、王族が関わっている。それもかなり特別な地位にいる陛下やカリーナ姫クラス。


 俺はこのような建物が本来は何のために建造されるか知っていた。

 見世物だ。人間やモンスター、人ならざる者を戦わせ、金を取る場所。


 自由連邦では戦いを見世物にするために、こんな感じの闘技場が乱立している都市があるって聞いたことがあるけれど……まさか、祖国ダリスにも建造されていたとは。

 しかも、クルッシュ魔法学園のすぐ傍にさ。


「ていうかロコモコ先生。俺は森にこんな場所があるなんて聞いてませんでしたよ」


「俺の目が黒い内は使う機会がなければいい、そう思っていたがな……土台、無理な話だったか。デニング、これは魔法学園の再建をきっかけにして造ったものだ」


「戦いの最中から予想はしていましたけど、やはりそうでしたか」


 ようやく休憩時間になったから、こうして先生とちょっとした話ができるようになった。

 観客席にいる、まさに観客気分の生徒たちは売り子さんから軽い食べ物や飲み物何かを注文なんかして賑わっている。いや、ちょっと待て。売り子とかどっから出てきたよ。

 よくよく彼らの姿を観察すれば、学園で見たことがある平民生徒だった。逞しいというかなんというか、さすが貴族の生徒が中心のクルッシュ魔法学園に入学出来ただけはある。


「でも先生。やっぱりあの結界は、人間の手によるものじゃないですよね。俺の知る限り、これほど高度な結果を張れる人間はこの国にはいません」


「それには同意だ。俺は実際にこの結果が張られた瞬間を目にしたが、人知を超えているとしか言いようがなかった。光の大精霊、あんな化け物が守る王都でカリーナ姫を誘拐しようとした奴らには逆に頭が下げるぜ。光の大生が出てきたら、どうやって勝つつもりだったんだってな」


「やはり、そうですか。俺も光の大精霊による結界だろうと思ってましたけど、これだけの規模の結界、認識阻害の力が込められたものは初めて見ました。時間がある時に結界の構成を調べてみたいものですが」


「お前にそんな暇はねぇだろ。王室騎士のデニング様よ。まだまだ騎士になりたい奴らはうじゃうじゃいるんだぜ?」


 そうやって軽口を叩くロコモコ先生。

 シューヤの話を聞いて真っ青になっていた面影はもうどこにもなく、すっかりと自分を取り戻している。

 この立ち直りの早さ、俺も見習いたいもんだぜ。


「でも先生。魔法学園の再建に合わせてこれを造ったって、ゼロからこれを作るんじゃそれほど時間もなかったでしょうに」


「そこはまぁ気合と根性でカバーだ」


 胸を張るロコモコ先生を見て、乾いた笑いが浮かんだ。

 気合と根性だけで出来るもんじゃないことを俺はよく分かっている。


 闘技場に張られた高度な結界。

 俺でさえ大地に刻まれた超巨大な魔法陣の内側に入らなければ、建物の存在に気づけなかった。


 元々俺は、女王陛下から守護騎士選定試練は森の中にある秘密の場所で行うと聞いていた。

 だけど具体的な場所の情報については、実際に行ってからのお楽しみとあの人は何も教えてくれなかった。


 そして実際に守護騎士選定試練が始まる朝。

 太陽が上ったばかりの早朝に、学園長に連れられて森の中を二人で歩いた。王都で起きたカリーナ姫誘拐事件、その後の話をしながら、変化は突然に起きた。

 前の景色が唐突に変わり、巨大な壁が姿を現わす。

 あの時、驚きすぎて口も開かない俺に向かって、学園長はこの場が戦いの舞台になると真面目な顔で教えてくれたのだった。


 観客席にいる生徒の皆は、闘技場の周りに刻まれた魔方陣について意見を交わしている。あれは隠匿の魔法だーとか、いやいや衝撃吸収の結界だとか、絶対にあんな結界は人間じゃ作れない、光の大精霊様の力だすげーってざわついていた。

 悪くない考察力だ、日頃から魔法に慣れ親しんでいる貴族なだけはある。


 しかし。

 しかし、だ。


 まだ皆は気づいていないが、見るべき注目点はそこじゃなかったりする。


 闘技場の周りにぐるりと刻まれた魔法陣。

 皆がこの建物を森に隠すための魔法陣と思っているが、違う。

 あれの本来の用途は――転送の魔法陣だ。

 人をあるべき場所から一瞬にして移動させる神業なのだ。


 それ以外の効果は、ただの副産物。

 だからこそ人知を超えていると言わざるを得ない。

 王都の守護神、光の大精霊。

 悔しいが、奴の力は俺の遥か上だ!


「……あのー先生。いつまで休憩なんですか?」


 ……しかし、次の挑戦者がやってこないな。

 俺が前の挑戦者、マシュー先輩を氷漬けした姿を見て、おじけづいたのだろうか。

 観客席では一部の奴らり俺を見る目が真っ黒豚公爵時代と同じようにやばいことになってるけど、俺だって本気だった相手を前に手加減は出来ないっての。

 逆に相手に失礼になってしまうからな!


 ロコモコ先生が近づいてきて、口元を押さえながら俺と言葉を交わす。

 こうしていれば、話の内容が大勢の観客に気付かれることはないだろう。観客の中には生徒の実力を見極めるという建前で数人の王室騎士が紛れ込んでいるが、彼らにもシューヤの件をロコモコ先生にばらしたことは秘密にしてある。


「っち。さっきのお前にびびって、次の挑戦者予定がびびっちまった。デニング、悪いが少し休憩だ。しかし、そうだな。お前相手に黙っとけってのも無理な話か」


「ロコモコ先生――あの魔法陣、本当の役割は転送の陣テレポートですよね?」


「改めて思うが、お前にはいったい何が見えているんだ? 俺だって、教えられたのは最近だったのに……どこで気付いた? 調べる時間も無かった筈だ、まさか見ただけで判別したのか?」


「自分で言う程カッコ悪いことはないですが、俺は特別ですから」


「……お前が恐ろしい豚に見えてきたぜ」


「そもそもの話になりますが、誰の命令でこれを建造は進められたんですか? 大きな声では言えないですが、火の大精霊との因果関係を探るには時期がずれている」


「その質問に俺が答える義理はあるか?」


「大人なのに下らない意地悪は止めてください。ちゃんと火の大精霊が誰の中にいるか教えてあげたじゃないですか」


「……今じゃ、聞いたことを後悔している所だがな。あれからまともにあいつの顔を見られねえ。唯一の救いはここんとこあいつが授業をサボりまくっているところだ。なぁ、デニング。シューヤの野郎は自分が……」


「えぇ、気付いてますよ。だから、この戦いの場にも数人の王室騎士を紛れ込ましているんです。いざという時の盾、生徒を逃がすための時間稼ぎとして。最も、火の大精霊相手にどれ程持つかは未確定ですが」


「あぁ〜、くそ! 王都でお前がこそこそしてた意味を知るごとにこの学園から逃げ出したくなってきたぜ」


 頭をがしがし掻きながら、ロコモコ先生は大きく息を吐いた。

 事実、学園長やロコモコ先生以外だったらすぐに逃げ出していただろう。火の大精霊、姿を見れば命は無いと恐れられる、大精霊一の戦闘狂で無法者。

 

「逃げねえよ、逃げるわけがねえだろ。今、一番苦しんでいるのはあいつ自身だ」


 先生は心底、強い人だと思うよ。

 この人がいてもいなくても、結果は変わらない。

 シューヤを救うために俺が立てた計画は一人や二人の介入で破綻することはない。そういうものを作っている。

 それでもこうやってシューヤを救いたい、俺と志を同じくする人がいるってのは心強いもんだな。


「話を戻しましょう。この闘技場建設の件ですが、どう考えても先生も関わってますよね」


「やっぱりお前が気にするのは、どうやってじゃなく……そっちか。王都ダリスに座する光の大精霊は、カリーナ姫の頼みに頷いた。まあ、そういうことだ」


「……ダリスの将来は安泰ですね、あの方はきっと立派な女王になりますよ。王都の事件から色々喋るようになって印象が変わりました。今は女王陛下や守護騎士の陰に隠れて存在感が薄いように感じますが、その内もっと自分の考えを出してくると思います」


 アニメの中では全く姿を現さなかったカリーナ姫。

 彼女が変わり始めようとしているきっかけは多分、クルッシュ魔法学園を襲ったモンスター騒動だろう。

 同世代の若者が危険な目に遭い、悲惨な結末を迎える可能性も充分にあったあの事件。

 

 この学園は高い壁に囲まれ、追い込まれれば逃げ場がない。

 万が一、同様の事態が起きた時を見越して学園の外に逃げられる方法を生み出した。

 学園のどこと繋がっているのかは知らないけど、何かあれば一瞬で森の外に、この闘技場へ逃げ込めるようになっているんだろう。


「カリーナ姫殿下のことを偉そうに語るようになりやがって。俺だって姫殿下とは……おっと、次の挑戦者だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る