287豚 圧倒的な実力差

「前々からスロウ・デニング! お前が王室騎士になるなんて納得出来なかったんだぁあああ! 俺の水魔法で成敗してやる!」


 守護騎士選定試練には、相応しい戦いの場が用意されるものだ。

 未来の女王様を決める戦いなのだから、格式を持った場所で伝統を継承する者達が候補者を選定する必要がある。そんな古めかしい伝統が脈々と引き継がれているのが、この国ダリスである。


 だけど今回このクルッシュ魔法学園が守護騎士選定試練に至る、才能の発掘場に選ばれたのはつい最近のこと。


ギザギザ刃アクアカッター! こいつで俺は森のオークを同時に三体仕留めたんだ! 確かにデニング、今の俺はお前に敵わないかもしれないけど、そのニヤニヤした顔をゾクッとさせてやるよ!」


 一体どこで彼らを見極めるための戦いをすればいいだろう、それが最近の俺の悩みの種の一つだった。

 実際にこの学園の生徒が守護騎士になれる可能性なんて皆無だ。奇跡のような何かが起きて、生徒の誰かが王室騎士になれる栄光をつ掴んだとしても、守護騎士になるためにはさらに今の騎士達を上回る必要があるんだ。

 どれだけ甘く見たって、今の学園生徒たちは騎士に歯が立たない。


「っ! くそったれ! お菓子なんて食いやがって! だけどその油断がお前の命取りって、ロコモコ先生! 決闘の最中に相手がお菓子を食べるなんて俺聞いたことがないんですけど! あれって反則負けとかにならないんですか!」


「……おい、デニング。確かに朝からもう何十人を相手にしたか分からねえ程で、疲れているのは分かる。だが食事休憩は別に取ってるだろ」


「こんな奴が王室騎士だなんて! やっぱり俺は認めないぞ」


 ロコモコ先生はわかっていないなぁ。

 俺はすごい頭を使いながら戦っているから、糖分がすぐに足りなくなっちゃうんだ。今でも相手のことだけじゃなく、色んなことに思いを馳せていたからな。


 まっ。そういう事情があるにはあるんだけど、この戦いは守護騎士選定試練の一端、いや末端を担っている。

 つまり、それ相応の会場を用意しないといけないわけだが、学園にそんな場所があっただろうか。魔法の練習に使う演習場や校庭?

 いやいやいや。無理無理無理のかたつむり。馴染み深い場所だったら、俺も気分が乗らないし。


「おーい。デニング。何を考えてるのかしらねえが、そろそろ決闘を再開する。構わねぇな?」


 けれど、そんな俺の懸念はあっという間に解決された。


「くそ! 俺の魔法に構えもしないなんて! だけどデニング! その油断がお前の命取りになるんだ!」


「ぶひっ」


 一体、いつの間に造ったんだって言いたいけれど……。

 現実にはあったんだから仕方がない。

 

 今俺が立っている場所は、巨大な闘技場の中心地。

 魔法学園の生徒が観客として、俺たちをぐるっと取り囲むように造られた観客席に座っている。


「う、うっぁぁぁああああああ」


 冷気を感じた。

 だから、そちらに軽く杖を向ける。そこに意味なんてない。今日はもう朝から何十戦もしているから、無意識の行動だ。

 冷気には炎を。

 炎には水を。王室騎士に憧れる彼らの攻撃を、無力化する。それだけで大半の生徒は戦意喪失。こんな風に。

 

「こ、降参! 降参する! だから俺に杖を向けないでくれ!」


「ん?」


「オークを討伐した俺の魔法なんてデニング、龍殺し様には通用しないことが分かったから! さっきの発言は全部取り消す! 取り消すから杖を下げてくれ、ください!」


 な、なんだよこの変わり身の早さは!

 さっきまでの威勢の良さが嘘のようで、今日の最短記録更新だ!

 しかも、さっきは何やら気になる台詞を口走っていたぞ。今の魔法で森のオークさんを仕留めたとかなんとか。全くさ、アリシアが使う攻撃魔法よりも弱い威力でどうやって森の可愛いモンスター、オークさんを大鶴って言うんだ。


「ごめん、つい力が入った。だけどそうだな。そんな魔法でオークさんをボコボコにしたなんて二度と言うな。オークさんに失礼だからな、分かったな?」


「分かりました! 二度と言いませんから!」


「ならいいぶひぃ。二度とオークさんをバカにするなぶひぃ」


 いいか!? 幾らオークさんが冒険者から最弱とか落とし穴には絶対引っかかるとか、明らかに毒入りの食べ物でも我を争って食べ始めるモンスターだからって、あんなへなちょこ魔法でやられる程、弱くはないんだからな!


 ○ ● ○


 クルッシュ魔法学園の森の外にそれはあった。

 一般的には円形闘技場コロッセウムなんて呼ばれ方もしているよな。

 観客席に座る者たちがぐるりとリングを囲み、俺たちの戦いを見守っている。全くさ、これは神聖な戦いで、本来は見世物にするなんてもってのほかなんだぜ?


「そこまでだ。デニング相手に挑戦するだけ、よくやったとは言いたいが……おい、救護! 何をボケっとしてやがる! さっさと敗者を連れていけ! 今日だけであと何人いると思ってんだ!」


 そんな円形闘技場で、俺の前で崩れ落ちる青年が一人。

 さっきの態度が急降下した相手とは別人だ。

 ダリス貴族の中では珍しい優雅さを持った先輩で、学園生活では殆ど関わりがなかったけれど、戦いとはもう無縁な人だったように思う。

 そんな人でも栄光を求めて俺に挑んでくる。

 王室騎士への推薦権はそれほどまでに価値があると言うことか。


「キュメロン君! 傷は大丈夫ですか、あなたの勇姿、僕はしっかりと見届けましたよ! あなたのお父様には果敢に挑戦しましたが、あの方には一歩及ばなかったと伝えておきます!」


 しかしまぁ。

 今日、もう何度見たか分からない光景だ。

 あの先輩はキュメロンっていうのか。先輩は友達に肩を抱かれて立ち上がると、俺に向かってペコリと頭を下げて闘技場の外へと去っていく。

 その後も次々と生徒が俺に挑んでくるが、ほとんど勝負になった奴はいなかった。

 皆、ものは試しと挑戦をしてくるんだけど、実際に一対一で俺を目の前にしたら怖気付くやつが大半。

 挙句の果てにはロコモコ先生にまで苦言を言われてしまった。


 けれど中には、俺も知らないタフな生徒がいるもんで。

 そういう人にはこちらも相応の力で当たっている。じゃないとなんか失礼だと思うからさ。


「なぁ、デニング。お前、手加減とかはしないのか? さすがに今のは鬼すぎるだろ。あいつ、立ち直れないぞ」


「ロコモコ先生は審判に徹してください。ていうか、俺だって少しは手加減しているんですよ?」


「馬鹿野郎。開始数秒で相手をのしちまうのは、幾ら何でもやりすぎだ。相手の気持ちも考えてやれ」


 そうだろうか。

 少なくとも今の挑戦者は、本気だった。俺に一撃を入れ、王室騎士への道を全力で手繰り寄せようとしていたからな。俺も全力でいかないと、失礼かなと思ったんだよ。

 まあ、これまでの挑戦者撃退、最速記録は更新だ。

 ぐいぐい、と。身体のストレッチをしながら、少しずつギアを上げていく。10人ぐらい圧倒したわけだけど、実力差がありすぎて逆にやりづらいっての。


「ロコモコ先生。今の人。名前なんでしたっけ」


「トリアージュ・マシュー。マシュー男爵家といえば、ダリスでも影響力は皆無の末端、目立たない上級生だが、まさかお前に挑む度胸があるとはな……」


「へぇ、今の先輩があのマシュー……」


「しかし、どうすんだデニング。これじゃあ実力差がありすぎて、誰もお前に挑戦しなくなっちまうぞ」


 確かに、観客席では誰もがドン引きしているようだ。

 無理もないか。

 挑戦してきた先輩を俺は一瞬で氷漬けにしてしまったのだから。

 カチカチの氷像の出来上がり。中には金髪の先輩が綺麗に収まっている。


「……ぶひぃ」


「おい。こんな場所で現実逃避するんじゃねえ」


「ていうか、ロコモコ先生――このコロッセウム。本当は、何を想定して作ったんですか?」

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