286豚 アニメ版主人公の頼れる味方

 ロコモコ先生の名誉のために言っておくと、さっきの反応は何も可笑しなことではない。

 先生がシューヤのことを特別な生徒だと思って目に掛けていたことを俺はよく知っているし、アニメの中では学園生活のシューヤの師匠的な存在でもあった。

 俺があいつの覚醒イベントを悉く潰したから、先生との距離感もアニメ程縮まっていない。

 

「シューヤ、あいつが、まさか嘘だろ」


 それでも先生にとっては非常にショッキングだったようだ。拳を力いっぱい握って、だけどどこにもぶつけることが出来ず、やり場のない怒りだけが感情として発散する。


 ひとしきり校舎の屋上で叫んだ後、ロコモコ先生はどっと冷たい床に座り込んだ。

 冷静になった後ろ姿には大人の哀愁が漂っている。トレードマークのアフロも今は沈んでいるように見える。


「あーあ。だから俺は教えるのは嫌だったんです。ロコモコ先生、これから先シューヤと変わらぬ態度で接することが出来ますか? 出来ないならーー」


「教師を舐めるなデニング! ただ俺はな、納得する時間が、欲しいだけだ! あいつは、あんな良い奴が火の大精霊に魅入られちまうなんて、そんな話が」


「あるんですよ。だから、森の中にダリス軍が布陣しているんです。名前を告げたことで、やっと現実感が出てきましたか。それじゃあ何か、質問とかありますか? 今なら何だって答えますよ」


「森に隠れているあの軍勢。王室騎士団と公爵家の奴らがいるってことは、陛下の差し金以外に考えられねえな……。デニング、どこまでの奴らがシューヤが寄生者だと知っているんだ」


「詳細に知っているのは月下の守護騎士、ドルフルーイ卿。王室騎士団長、ヨハネ・マルディーニ。そして我が父やモロゾフ学園長、後は俺の補佐の……少なくとも、ロコモコ先生が知っておくべき情報はそれぐらいでしょうか」


「……全員か?」


「全員とは?」


「そいつら全員がシューヤを殺して、火の大精霊を抑え込もうと思っているの連中ってことかって聞いてるんだよ」


「うーん。それ、知る必要がありますか?」


「……は?」


「関係者の考えなんてどうでもいい。大事なのは、先生がどっち側かってことですよ」


 シューヤを殺すか、それ以外か。

 俺にとってはそのニ択が何よりも重要だ。


「なるほど。確かにデニング、お前の言う通りだ。だが、そんな聞き方をするってことはお前はシューヤのことを――っち、大した友情じゃねえか。お前達は仲が悪いって勘違いしていた俺を許せ」


「いやまぁ、捉え方は人それぞれなので。それにシューヤと仲良しかって言われたら違うような気がしますけど」


「何にせよ、だ。お前が森の中で物騒なもんを持ってる軍の奴らとは違う意地で動いている。それが分かっただけでも充分すぎる」


 少なくとも、正攻法はシューヤ・ニュケルンが覚醒する前に、火の大精霊に身体を乗っ取られる前にシューヤを殺す。

 それが、正攻法当たり前

 歴史上、火の大精霊が取り付いた人間に対してはずっと同じ対応を実行し、被害を抑え込んで来た。

 大陸に散らばる大精霊の中でも火の大精霊は各国が対策を共有し、厄災を未然に防いできたという歴史がある。

 森の中で俺の姉上が指揮をしている軍は、動くとなれば上記の考えに則り、シューヤを抹殺しにかかるだろう。


「……俺は教育者だ。この学園にやってきた当初は俺みたいな粗暴な人間が教育者になれるわけがねえと思っていたがな。今じゃ、学園に愛着を感じるまでになった」


「ええ。知っています。赴任当初のロコモコ先生は、俺が一年生の時ぐらいに嫌われていたって学園長から聞きましたよ。やばいですね、俺と同じだって」


「馬鹿野郎……お前と一緒にすんな。お前程、嫌われちゃいなかったよ。」


 モロゾフ学園長から聞いていた。

 ロコモコ・ハイランドは学園着任当初は荒れていたって。


 王室騎士団から逃げ出した男、それが最初のロコモコ先生のイメージ。一部の生徒から、特に王室騎士を目指す者達から特に軽んじられていたらしい。

 それに先生としての経験も、適正もないロコモコ先生の授業は我流で、それはもう酷いものだったらしい。

 ボイコットする生徒も沢山出たって話だ。


 けれどその先生は今では立派な教育者だ。他の誰よりも生徒の未来を考え、成長のために協力を惜しまない。

 生徒もそんな先生の姿を見ているからこそ、何か悩み事があったら真っ先にこの人に相談するんだ。


「俺はな。シューヤ・ニュケルンを助けたいと心の底から望んでいる。理由はあいつが俺の生徒だからだ。っ、おいデニング。何笑ってやがる。俺が何か可笑しいこと言ったか」


「いえ。やっぱり先生は生徒だなって思いまして」


 むくっと、元王室騎士ロイヤルナイトは立ち上がる。

 改めて問うまでもなかった、それは予想通りの答えだから。

 だって、ロコモコ先生はいつだってアニメ版主人公、シューヤ・ニュケルンの味方だった。

 世界を救う救世主、あいつを支える一人なんだから。

 空には、晴天。

 何かを始めるには絶好の機会だ。

 

「それでデニング――俺は、何をすればいいんだ」


 そう告げる先生の目は、いつものおちゃらけた雰囲気はどこにもなくて。

 俺が知るあのアニメ、【シューヤ・マリオネット】において。

 ドストル帝国や最北端の魔人を震え上がらせたシューヤ・ニュケルン率いるパーティの一人に相応しい勇敢な顔をしていた。

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