285豚 シューヤなんです
「先生、それは――」
「いいかデニング。火の大精霊がいるから夜怖くて眠れないとか、気になって仕事が手につかないとか。そういった事情もあるが」
「あ、それは否定しないんですね。まぁ授業に集中できてないなって丸分かりでしたけど。さすがに教師が生徒から教科書借りるってどうなんです?」
さっきの授業中、ロコモコ先生は上の空でいる時間が長かった。いつもの先生なら、アリシアとあれだけこそこそしてたら絶対に俺たちのことを冷やかしていた筈だ。
「まぁそういった細々とした事情は置いといて、だ。デニング、火の大精霊が誰に取り付いているかなんてお前がそう簡単に教えてくれるとは思っていない。その辺の事情は爺やあの眼鏡女も詳しく教えてくれなかったからな。何を聞こうにも全部、デニングに聞け、だ。あの爺をあそこまで抱き込めるなんて、全く、いつの間にお前そんな権力を持ったんだよ」
「王都で色々あったんですよ。詳しく知りたいんだったらロコモコ先生、王室騎士団に戻ってきますか? 今なら大歓迎されるかもしれませんよ」
「それだけは絶対に勘弁だ。あんな場所にいたら一日で息が詰まっちまう」
「それは否定しませんけど」
「なぁデニング。俺はな、こんな世間話をするためにわざわざお前を呼び出したわけじゃない。俺も生半可な気持ちで聞いているわけじゃないんだ、そこはわかってくれ」
ロコモコ先生の目は本気だ。
真剣に、火の大精霊に寄生された生徒の名前を、この異常な事態を引き起こした誰かを知りたがっている。
そこには遊び本位とか、興味とか、そんな感情はないように見える。
ただ一人の教育者として、生徒を守る。その一点のみ。
その気持ちに俺を疑いを抱かない。
俺は先生のことをよく知っている。危機的状況に陥った時、先生が生徒の安全を1番に考えて行動する人であることを、アニメ知識だけじゃなく、あのモンスター騒動が起きた夜にも確認している。
「デニング。例え
だけど、そうどや顔で決める先生を前にして、俺は唖然とするほかなかった。
だってさ、だって。
ちょっと今の、かっこよすぎるセリフじゃない!?
少し前まではこの学園に火の大精霊が潜んでいると知って生気を失った顔をしていた先生なんだぜ? なのにこの復活具合はどういうことだろう。
まぁ自己保身なんかを考えず、本気でこういうことを言えるからこの人は生徒から好かれているんだろうな。
さすがはアニメの主要人物ってところか。
だけど、俺はちょっと意地悪をしたくなる。
ほら俺って学園の皆が知ってる通り性格悪いからさ!
「ロコモコ先生。口では大層なことを言っていても、大精霊に寄生された本人を前にして今の台詞が言えますか? 相手は人間じゃありませんよ」
「出来るに決まってるだろ。俺は先生だぞ」
「もしかしたら急に襲い掛かって来るかもしれませんよ。過去にそうした事例は沢山ありますから」
「お、お前は俺をバカにしているのかっ!」
「そういうわけじゃないんですけどね」
まぁ……難しいんだよなー。
だって、ロコモコ先生。明らかに態度に出る人だし。
この学園に火の大精霊に寄生された生徒がいるって教えてから、今日の授業中もそうだけど明らかに動揺が隠しきれてなかったからなー。
「デニング、お前。俺を信じていねえのか、そう」
「相手は大精霊を内に囲う寄生者、自分の正体が狙われていると分かれば何をしてくるか分かりませんから。現にロコモコ先生、火の大精霊の寄生者がこの学園にいると知って震えていたじゃないですか」
「あれは……俺にも心の準備ってのがあってな……というか、当たり前だろ。火の大精霊だぞ? あの災害が学園にいるなんて言われたら、逃げ出さなかっただけましだろ。いや、待て待て。お前がそう平然としているのが可笑しいんだよ。……いや待て待て。お前はやっぱり寄生者の正体を知っているんだな? もしかして、お前の近しい奴か? ま、まさかっ、さっきの授業にいたりするのか――?」
おいおい急に先生が盛り上がりだしたぞ。
別に俺はヒントを与えた気なんてないけど、先生は想像が止まらないようだ。
さて。
正解は本日全ての授業を欠席したシューヤなんだけど、あいつ今頃何してるんだろうな。自分の部屋でベッドの中に潜り込んで、まさか本当に風邪を引いてためいるわけじゃないだろう。アリシアには気持ち悪がられたけど、火の大精霊が傍にいるあいつはちょっとしたことで体調崩さない。
それは大精霊の加護と言うべきか、まぁそんなところだ。
「デニング! まさか、さっきの授業参加者にいるのか!? だったら俺、わざわざお前を呼び出したこと怪しまれてねえよな!?」
「今度は急にびびり出して、先生らしいというかなんというか。安心してください、あの中にはいませんよ」
今のところ、シューヤは自分の正体を知っているのは俺しかいないと考えているだろう。
何故なら、あいつの正体が国に知られていたらこんなに穏やかな日常を過ごすなんてあり得ないからだ。
火の大精霊がシューヤの前に取り付いた人間は、自分の命と引き換えに広大な土地を焼き、数え切れない人間が命を落とした。
未曾有の災害として語られるあの事件、同じような人間が出ると分かれば、この国はどんな手段を使ってでも担い手、つまりシューヤを殺し、火の大精霊を葬り去ろうとするだろう。
それが国としての在るべき姿だと俺も思う。
だけど今、国の最上層部はシューヤの中に眠る化け物を認知しながら、本人への接触は厳禁としている。
シューヤに誰も接近させるな、今まで通りの日常を送らせろって命令を出しているのはこの俺だが、全てはあいつの中でダリスに自分の存在を疑われているって意識を持たせないためだ。
ぶひひ。
不思議とあいつが考えているだろう思考が俺には手に取るように分かるのである。
全部、アニメ知識のお陰だけど、うん、アリシアに言われるまでもなく、俺気持ち悪いな。
「じゃあ誰なんだ? 三年生かそれともお前の同級生か、いやまさか新入生の中にいたのか? いや待てそもそもの話だ。そいつは自分自身が火の大精霊に憑かれているってこと、知ってるのか?」
「先生。今のは良い着眼点ですね。結論から言うと、多分ですが、最近気付きました。元々そいつはちょっと変わったところがありましたが、他の国で少し事件を起こしましたね。それがきっかけで自覚症状に芽生えたってところでしょうか」
「他国の事件? 最近そんなことが……まさか、迷宮都市関連か?」
「だんだん正解に近づいてきましたね、先生。表には出てきていない情報ですが、そこで偶然、うちの生徒を見たって言う一人の証言から全てが始まったんです。森の中に隠れている軍隊も、まさか自分たちが信憑性も不確かな一人の証言だけで動かされているなんて夢にも思ってないでしょう」
現在、このクルッシュ魔法学園は公爵家の人間が指揮する軍隊、ダリスの一大戦力に囲われている。
その事実を知れば、もはやシューヤは絶望し、交渉にもならない。
自分の身を守るためシューヤと火の大精霊は入れ替わり、表に出てくる火の大精霊は猛威を振るい、この場から脱出することに何の躊躇いも持たないだろう。
大勢の軍人を殺し、何人の生徒を炎に包んだ所で火の大精霊の良心は痛まない。いや、そもそも人間なんてゴミの一つぐらいにしか考えていない大精霊に良心があるのかって話だけど。
そして、この地域の火の大精霊が顕現することは考える限り、最悪の事態だ。
だから俺は……シューヤがシューヤでいる間に、あいつの有用性をダリスに示さなければならない。
「えっとですね――ロコモコ先生。寄生者はシューヤ・ニュケルンです」
「はぁ、デニング。分かった。お前は俺が、信じられないんだな――って、は?」
その時の先生の顔は、何ともまあ呆気に取られたような。
うん、まさかこのタイミングで俺が名前を出すと思ってなかったんだろう。
控えめに言って、先生は最高の間抜け顔で――。
「ぁぁあああああああ!? あいつかあぁぁああああああああああッッ!!!」
そして、校舎の屋上に大絶叫が響いた。
――うるせえええええええええええええええええええ!!
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