284豚 デニング。教えてくれ

 クルッシュ魔法学園は再建され、確実に華やかになった。

 花壇には色とりどりの植栽が加えられ、学園の一角には清潔な水が溢れるプールも出来た。校舎も新しくリニューアルされ、これからは今まで以上に平民生徒を受け入れられるために新寮の建造も視野に入れられているとか。

 だけど、前との一番の違いは――俺の立ち位置の変化なんだろう。

 一生徒が前代未聞の王室騎士としての身分を得てしまった。

 でも、それだけじゃない。俺の役割に新しい一枚が加わった。


「で、豚のスロウ――ぼーっとして、何を考えてるのよ」


「おい。授業中だぞ。静かにしろよ」


「っ、貴方にだけは静かにしろなんて言われたくないわね。少し前まで、授業中にイビキをかきながら寝てたのはどこのどいつよ」


「……昔の話だ。今の俺は違う」


「どーだか。全然信用出来ないわよ」


 同盟国の大国、サーキスタはダリスに要望を出した。

 混沌とするダリスの現状、クルッシュ魔法学園では幾度もの事件が起き、愛する愛娘をそんな場所へ置いておくのは胸が痛い。

 故に、愛しい愛娘に付きっ切りの王室騎士を護衛として、一名要求した。

 さらにサーキスタの王ははっきりと要望したらしい。

 それは――新任の王室騎士、スロウ・デニングが適任である、と。


「はあ、ダリスの人材不足も深刻ね。貴方が王室騎士だなんて。私、呆れちゃうわ。あのカリーナ姫の誘拐を防いだからって」


「授業中だぞ」


「……もう一度、言うけど、貴方が、あの王室騎士? 何だか、笑っちゃうわ。私ね、昔はダリスの騎士に憧れていた時代もあったのよ。なのに騎士の中の騎士、あの王室騎士に貴方が選ばれるなんて」


「……だから授業中だぞ。言いたいことがあるなら後でいくらでも聞いてやるから」


「ふん。そんなこと言ったって天下の王室騎士様は随分と忙しそうじゃない。これから生徒の選抜、するんでしょ? 貴方に人を見る目があるとは思えないけど」


「……」


「あら。だんまり? まぁいいけど」


 しかし、俺も言いたいことがあるのだ。

 何で俺がアリシアの護衛なんだよ。護衛ならもっと適任の奴らがいるだろ。例えば、俺以外の王室騎士とかさ。あいつらは光のダリス王室を守ることが本職なんだから、他国の王族だって余裕だろ。


 俺にはさ、やるべき別の使命があるんだよ!

 シューヤの中に眠る火の大精霊の件とかさ!

 女王陛下はどんだけ俺に仕事を押し付ける気なんだよ!

 アリシアの親父も何で俺を指名してくるんだよ! 俺はアリシアとの婚約を破談にした男だぞ、もう忘れたのか!


「それよりシューヤはどうしたんだ?」


「あいつは風邪。最近体調が悪いみたいで部屋にこもっていることが多いのよね……」


 アリシアとシューヤが隣同士に座るのはいつものこと。

 けれど、シューヤは体調が悪いといって欠席中。だから、アリシアの護衛に選ばれた俺がアリシアの隣に座っている。

 少し前までは本当に犬猿の仲だった俺たち。それが隣同士に座ってこうやってこそこそ話をするなんて、自分ですら信じられないよ。

 俺に対する評価も、アリシアの中で少しは上がったってことか。


「シューヤが風邪? あいつ、学院やってきてから体調崩したことなんて一回もないだろ」


「なんで貴方がそんなこと知ってんのよ。気持ち悪っ」


「……」


 しかしシューヤが体調が悪いだって?

 あの体力馬鹿が? 

 仮病だ。仮病に決まっている。しかも、メンタル面の仮病だ。あいつはアニメの戦争中でも決して体調を崩さなかった鉄の男。それが体調が悪いなんてメンタル以外に考えられない。


「まぁいいわ。でも私の護衛になったのならしっかりと、守ってよね」


「……分かってるよ」


「……本当に?」


「オレ。アリシアさま、マモル」


「っ!」


 ふざけていると足を蹴られた。いてぇ。

 俺だってな、適当な気持ちでこんな仕事を受けるわけがない。やると決めたからには何があってもアリシア守る。

 そういう覚悟は一応持っているんだ。

 内心の気持ちを表に出す気はさらさらないけどな。


 さて、問題はシューヤだよ。

 守護騎士選定試練の開幕を告げてから、全然時間は経っていない。

 だけどまぁ、こんなに早い段階で、しかも分かりやすい反応をシューヤがしてくれるとは思わなかったよ。


 きっと今、アイツは思考しているんだ。

 自分は危険じゃない、ダリスにとって自分が価値ある人間である事実を示すため、火の大精霊と計画を練っているのだろう。 

 具体的には、俺を打倒し、王室騎士となるための道を探っている。



「あー、やっぱりだめだ。調子が出ねえ。中止だ中止」


 思考を中断して前を見ると。

 教壇でロコモコ先生が匙を投げているところだった。


「悪いが、体調が悪い。ガキ共、自習にするから遊んでおけ。だが、外には出るな。教室の中で好きなようにお喋りでもしてろ。守護騎士選定試練とか、色々喋りたいことあるだろうからな」


 なんて言う授業放棄だ。

 自分の気分で授業を辞めるなんて、職務怠慢にも程があると思う。こんな人が少し前は王室騎士だったなんてさ。

 あー、だから規律が取れた王室騎士団を辞めてしまったのか。そう考えると、ロコモコ先生の授業に対する態度も凄く納得出来る。

 先生は俺に並ぶ気分屋だからなあ。


「はあ!? ロコモコ先生、そんなのってありですか!? それに全然、身体が悪そうには見えないんですけど!」


 真っ先に反応したのは、あの貧乏っちゃまだ。

 あいつ意外と真面目なところあるからな。王都でのカリーナ姫誘拐事件に少しだけ関わっていたこともあって、本気で王室騎士を目指すことにしたらしい。

 全く、丸くなりやがって。


「有りなんだよ、ビジョン・グレイトロード。それよりおい、デニング。ちょっと話があるからお前は付いて来い。お前に一言、言いたいことがある」


 ロコモコ先生は教壇から俺に向かって指をさし、そのまま上に人差し指を傾ける。

 屋上で話したいということか?

 急な話だけど仕方がない。ご指名と言う事ならば、謹んでお相手をしようじゃないか。俺は立ち上がり、廊下に続く扉へと足を進める。


「……先生って本当に自己中ですよね。でも、分かりました」


「ちょっと豚のスロウ。待ちなさいよ。貴方、私の護衛なんじゃないの?」


「大丈夫、ちょっと離れるだけだから。すぐに戻ってくるから」


「……さっきは少しかっこいいこと言ってたくせに」


「今なんて言った?」


「何でもないわよ! ほら行きなさいよっ!」


 アリシアには言えない。

 ロコモコ先生が俺だけを呼び出した理由は考えるまでもなくて、シューヤのことだろう。学園の生徒に火の大精霊が寄生している、あの話をしてからロコモコ先生はどこか浮ついて不安そうだからな。 

 先生に続いて、教室を出る。

 向かう先はやっぱり校舎の屋上、一般生徒には解放されていない密談をするには格好の場所。


「ふぅ」


 屋上からは壁に囲われたクルッシュ魔法学園の外。

 どこまでも広がっている深い森がよく見える。

 

「で。先生。確認しましたか?」


 すると、先生は一呼吸置いて。

 

「確認したどころじゃねえ! 学園の外に! 森の中に王室騎士団が布陣しているじゃねえか。それに精鋭兵もいる! 指揮はあの王室騎士団と対立している公爵家の重鎮――サンサ・デニング。次期公爵筆頭の女傑じゃねえか!!」


「だから言ったでしょ。知ったら後悔するって。今のクルッシュ魔法学園の外には……アリ一匹だって逃さない、鉄壁の陣が引かれているんですよ」


「くそったれ! 言いたいことは沢山あるが、まずは一つ。これを解決しなくちゃ、俺は夜もおちおち寝られねえ」


「先生。案外、繊細なんですね」


「当たり前だ……火の大精霊エルドレッドが学園に潜んでいるなんて話を聞かされたら他の奴らが俺どころじゃねーぞ!」


「でしょうね。だから誰に言うつもりもなかったんですよ」


「くそったれ! 聞いちまったらもうどうしようもないじゃねえか!」


「だから聞かないほうがいいって言ったのに。それでも教えろって迫ったのは先生の方ですよ」


「分かってる!だからこうして、お前を呼び出したんじゃねえか!」


「それで要件は」


「言わなくても分かるだろ!? 火の大精霊に寄生されている生徒を教えてくれ、デニング」


 驚いたよ。

 いつも適当に見えるロコモコ先生の目は、今までに俺が見たことがないぐらい真剣なものだったから。

 

 しかし、あれか。

 もうニャマリアさんが直接先生に伝えているのかと思ったけどそうじゃないみたいだ。

 こーゆー大事な話は今回の発案者でもある俺本人から伝えるべき、そういうことだろうか。

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