280豚 『あのアニメ版主人公と――

 王室騎士を辞める件を棚上げ、そこからは対応の協議。

 俺は女王陛下を含めた、真実を知るダリスの最上層部にシューヤ・ニュケルンと火の大精霊の関係性を端的に伝えた。

 恐ろしいことに陛下らは火の大精霊の実態について呆れるぐらい何も知らず、俺は奴らの考えを悉く論破し、この地位をもぎ取った。

 今の俺は、シューヤを守るための――守護騎士選定試練ガーディアンセリオンを司る裁定者。

 これがまた、結構偉い立場なんだぜ。


「一応、聞いておきますけど――ロコモコ先生。分かってるんですか? 今の俺は守護騎士選定試練において、一時的ではありますが陛下より相応の地位を頂いてます」


「何が言いてえんだ」


「つまり、先生よりも遥かに偉いってことです」


「まさかお前が地位を盾に俺を脅す日がやってくるなんてな。正直、夢にも思っていなかったぜ」


「それには俺も同意です。ただ、世の中にいる固い頭の大人を動かすには地位って便利だなぁと思うことがたまにあるんですよ」


「俺がそうだっていいてぇのか」


「いいえ? そこまでは言っていませんが」


「デニング。まだ生徒の中にはあの事件の心の傷が癒えてない奴らもいるんだぞ。それはデニング、お前が一番分かってるんじゃねえのか――そこへ守護騎士選定試練なんて、お前正気かッ!」


「二人ともが、ですっ! このような場所で杖を向けあうなんて正気ですか⁉」


 ひゅん、と風が凪いだ。

 それが、先生の魔法行使の合図だった。 

 隆起する硬い足元が俺を捕えるために、襲い掛かる。

 早いな、それでいて軽くない。

 よほど実践慣れしていない動き、やっぱり王室騎士を引退したとはいえ、なまりは一切見られない。


 だけど先生。ここは一応建造されたばかりの大講堂だぜ。さすがに開校当日に破壊するわけにはいかないっての。

 腰を抜かす王室側の役人を尻目に、俺も杖を抜き地面にかざす。それだけで先生が操る土の一部、コントロールを取り返すには充分だ。


「まさか今の……本気じゃないですよね?」


「ガキに向かって本気になるバカがどこにいる」


「俺のことをガキなんて言える人は、多分この国で先生以外にはいませんよ。それよりいいんですか? 俺は先生のためを思って言っているんです。関わるべきじゃありません」


「それは――どういう意味だ?」


「……相応の覚悟があるのかって聞いてるんです。先生、この俺が守護騎士選定試練における全権代理者ですよ? 笑っちゃいませんか? 見て下さい、この身体に似合わないこの服。でも、こんな俺に学園の才能あるに推薦する権利があるんです」


「だから――理由を教えろって言ってるんだろ」


「内情を知ったら先生、絶対後悔しますよ」


「デニング卿、まさかこの男に――それはいけませんッ! モロゾフ殿に情報を与えるのだって、私は反対だったんですよ!」


「爺も共犯か。言っておくがな、俺は蚊帳の外にされるのが大嫌いなんだよ」


「なら、遠慮なく。実はですね先生、生徒が一人、火の大精霊に寄生されてます」


 教えろ教えろ五月蝿うるさいから、言ってやった。

 言ってやったぞ、ぶひ。


「……」


 すると、どうだ。

 頬を秋風が撫でる。

 風の音が聞こえるぐらい、無音になった。


「……」


 あぁ、やっぱりロコモコ先生は俺が言った言葉の意味を理解できなかったのだろう。

 何言ってんだコイツ、みたいな顔をして俺が再び何か喋るのを待っている。

 いやいや、次は先生。あんたが喋る番だから。


「……」


 やはり、じっと見つめ合う。

 先生がさっきの言葉の意味を、頭の中で少しでも理解できるようになるまでじっと。


 すると痺れを切らしたのか、メガネを掛けたお姉さん。

 そろそろ時間ですよって屋上まで俺を呼びに来たニャマリアさんが爆発した。


「デニング卿ォ!! 貴方は! 馬鹿なんですかッ! 前から思ってましたケド!」


「デニング…………ちょっと待て。よく聞き取れなかった。頼む、もう一度、言ってくれ」


 事実を知る国の役人様こと、ニャマリアさんがはぁーと溜息。 

 ぶつぶつと何でこの人はいつもいつも、みたいな呟きが風に流されて聞こえてくるが、聞こえない振り聞こえない振り。


 迷惑を掛けてごめんとも思うが、本件が俺の思う通りに解決したら、彼女にも莫大な見返りが手に入るんだ。


 それに俺だって口を滑らす相手は選んでいる。

 学園で一番生徒思いのロコモコ先生をこちら側に引き込むことが理に適っていると、判断したからこその行動である。


「で、デニング。おい、もう一回言ってくれ」


 そして先生は理解出来なったみたいで、俺はもう一度はっきりと口に出した。


 この魔法学園の生徒が火の大精霊に寄生されている、と。


「じょっ…………冗談だろ」


 長い長い沈黙の後、あれだけ息巻いていた先生が面白いぐらい青くなり。

 真実を教えないとこの先は通さないぜ、ぐらいの勢いだった先生は消えてしまった。


「デニング。じ、冗談、だよな?」


「冗談なわけないじゃないですか。幾ら俺でもこんな悪質な冗談は言わないですよ」


「ひ、火の大精霊だったか……ゆ、夢じゃ、ないんだよな?」


「夢じゃないですよ。紛れもない真実です」


 項垂れるロコモコ先生は、少し前とはまるで別人。

 どうか夢であってくれと虚空を見上げるその姿は一体誰に祈りを捧げているのか分からない。


 まぁ、そうだよな。

 それが普通の反応なんだ……。


 火の大精霊、大陸に散らばる六大精霊の中でも最も喧嘩っ早くて話が通じない。

 もしも火の大精霊に遭遇したらまず命は助からない。闇の大精霊や光の大精霊のような理性的な反応は期待するな、奴は戦闘狂だ。

 そんなバトルジャンキーとして非常に有名な存在である。


「……」


 あ、やばい。

 先生の息が激しく、っていうかあれ過呼吸になってない?


「――えーっと。後の対処は眼鏡のお姉さん、よろしくお願いします」


「そんな投げやりな! 後、何度伝えれば覚えるんですかデニング卿っ! 私は眼鏡のお姉さんじゃなくて、レウニャマリア・ロッシガウと言う立派な名前が!」


「呼びにくいんだよなぁ……後よろしく! ニャマリアさん!」


「はぁ! また関係者を一人、増やして! デニング卿! 貴方はいつもそうです! 今回の件だって、私がモロゾフ学園長を説き伏せることにどれだけの労力を使ったか分かってるんですか!」


「それだけ俺が貴方に期待してるってことですよ。では、行ってくるぶひ」


「ええ、行って下さいデニング卿! 私の出世のためにも、貴方には頑張って頂かねば困るのですから!」

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