281豚 ――唯一無二の友となること』

 収容人数は凡そ二千五百人超。

 時にはオペラや劇団なんかも呼べるよう、あらゆる舞台芸術に対応した大講堂。あんな事件があったからこそ、学園生活を少しでも活気ある、楽しいものにしようとする思いが込められた場所に、俺は一人で立っていた。


 シャーロットだけが滅茶苦茶カッコいいと言ってくれたあの服を着て――。

 うっ。この白外套を意識すると、他の王室騎士達からは我々の歴史を汚されたとか酷い言われようをした記憶が蘇ってくる。

 はぁー、すーはー。

 思いっきり息を吸って、嫌な記憶は忘れてるに限るよ。


 さてはて、そろそろ喋るとするか。

 全校生徒が待ち侘びいているようだし。


 二千人を軽く超える全校生徒の視線を全身に浴びながら、声を張ろう。

 聞こえない人がいないよう。


「皆が理解出来ていないようだがら、もう一度だけ伝える」


 馴染みのある顔、初めて見る顔、真っ暗豚公爵次代に縁があった者。俺がこの手で魔法を教えた者、喋ったことは無いけれどアニメの登場人物たちもそこにいる。

 彼らが一様に、俺を凝視している理由は何だろう?

 それは、俺が王室騎士の証である白外套を着ているから? 

 それとも――俺が学園に留学中のサーキスタ第二王女、アリシア・ブラ・ディア・サーキスタの護衛を引き受けたから?


「学園をモンスターが襲撃、あの夜をきっかけに皆も気付いたと思う。平和なんて幻で、いざ、そのときが来れば――俺たちは余りにも無力、ボロ雑巾のようなものだと」


 それとも――黒龍を討伐してから、俺の姿を初めて見る人が多いから?

 それとも――急いでいたから、入場の際に格好悪くこけてしまったから?

 それとも――俺がメッチャデブになってるから?


 真っ暗闇の大講堂。

 どうやら俺が、本日のメインイベントだったらしい。

 俺が出てくると、とんでもない拍手で迎えられた。だけど、その後ずっこけて笑いが起きた。どうやら俺がまた滅茶苦茶太ってたり、いきなりこけたのがとっても面白かったらしい。

 全く、失礼な奴らである。

 俺はお前らの命の恩人だぞ、もう忘れたのか?


「俺たちは生徒という立場だけど、いつまでも守られるべき人間なんてどこにもいない。たった数年で、俺達は守られる側から、守る側になるのだから」


 しかし、皆が緊張した顔で俺を見つめているのは。

 

 もしかして――誰にでも守護騎士選定試練ガーディアンセリオンに、参加する機会チャンスがあると告げたから?

 俺に向けられているものは、少なくとも同級生に向ける視線じゃない。


「危険は目に見えないだけだって、俺はあの事件で痛感したよ。手配犯が学園に忍び込んでいたり、ヨーレムの町に危険な傭兵団がいたりしてさ」


 ……ふう。

 でも、これだけの人数に見られるってのもあれだな。

 皆の視界に俺が映ってると思うと、圧倒されるな。

 これだけの圧力をかけられると、内心ぶるってしまう自分がいるのは確か。だけどそれを表に出すようなヘマはしない。そんな情けない教育は受けていない。

 これはクルッシュ魔法学園では教わらない、公爵家の人間が持つべき品格の問題なんだ。戦場で軍人数千人へ活を入れるとかに比べれば全然大したことないのだ。


「ということは、だ。もしかしたら今度はこの中にか、が隠れ潜んでいる可能性だってあるわけだ」


 ビジョンもアリシアもいる、俺が魔法を教えた新入生もいる。貴族も平民も、全員に共通しているのは、皆が俺の言葉に聞き入っているってことだ。


 ちなみに隠れ潜んでるってのは、あのノーフェイスを意識した言葉なんだけど無反応。皆んな、もうあの件は忘れたんだろうか。


「っ!」


 最前列に並ぶモロゾフ学園長ら偉い人の後ろへ、ロコモコ先生が腰を屈めて割って入る。

 屋上でニャマリアさんからこれから起こる真実を聞いて、まだ現実感が追いついてないんだろう。

 顔色が青いと言うよりも、血の気を失っていた。


 先生の様子をちらりと見て、学園長は屋上で俺が先生にこの守護騎士選定試練ガーディアンセリオンの真実を伝えたことに気づいただろうか。

 学園長は学園側で守護騎士選定試練の本当の意味を唯一、知っている人間だ。


「――おっと、話が脱線したかな。みんな、早く守護騎士選定試練ガーディアンセリオンの話をしろって顔をしてるし、本題に戻るとしよう」


 しかし、俺に向けられる視線の中に一際強烈なものがある。

 視線の元を辿れば、それはやっぱり俺の想像通り、赤髪のアイツだった。

 少し前までは俺が意識してやまなかったアニメ版主人公様。

 水晶に喋りかけると言う、真っ黒豚公爵にも並ぶ奇人っ振りで学園でも有名だった男の子。


 ……。

 だけど、様子が可笑しいな。

 あいつはずっと俺を睨みつけていたけれど、不意に何かをこらえるような顔で視線を落とした。

 瞬間、俺はシューヤ・ニュケルンを凝視。

 そして視た。

 両隣に座るアイツの級友は気付いちゃいないだろうが、アイツは。シューヤ・ニュケルンは両拳に力を入れ――目を閉じ、頬を伝う涙。


 な、涙っ!

 どうやら先生と同じように感情のコントロールが出来ていないようだった。

 

 俺が黙っていると学園長の後ろでロコモコ先生がごほごほと咳払い。余計なことを言って、シューヤ・ニュケルンを刺激するなと言いたいのかな。ま、先生からすれば今のアイツを動揺させるような言葉は、その職務上許せないだろう。


 ってことは、俺が去った後。ニャマリアさんはどの生徒の中に火の大精霊がいるのかきちんと先生に伝えたみたいだ。

 まぁ先生としても火の大精霊が誰に寄生しているのか、そんな重要な情報は知っておきたいよな。


 ……そして。

 アニメの中ではそのすぎる洞察力から、あいつ頭可笑しいだろ扱いされていたシューヤは、さっきの俺の言葉で気付いてしまったんだろう。

 

「まず最初に言っておく。皆は、不快に思うかもしれないが」


 己の中に潜む火の大精霊。

 エルドレッドの存在に、俺が気付いているという事実に――。

 ちゃんと自分のことを言っているのだと分かるように絶妙の配慮したつもりだけど、見事気づいたようで何よりである、


 けれど、それでいい。あえて王室側に立つ俺が、大精霊の言葉を使うことで、アイツに国側が動き出していることを伝えることが出来たのだから。


 きっと今。

 アイツは未来を見通すとさえ言われたその頭脳を必死に働かせ――。

 

「俺は――自分程、王室騎士ダリスに相応しい人間はいないと思っている」


 クルッシュ魔法学園から、この騎士国家ダリスから、逃げる方法を必死に考えているんだろう。

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