275豚 久しぶりのロコモコ先生

 クルッシュ魔法学園の先生。

 そして、元王室騎士という過去を持つロコモコ・ハイランド。

 王都では後ろ姿なんかをちらりと見たことは会ったが、こうして顔を合わせるのは随分と久しぶりだったりするんだよな。


「空なんか眺めててもデニング、お前にとっちゃ退屈なだけだろ。えぇ? 王女を救った王都の英雄さんよ」


 学園を黒龍が襲ったあのモンスター騒動では、生徒を庇ってかなり大活躍してくれていたらしい先生。

 アニメでもシューヤの理解者として人気のある人だけど、俺の真っ黒学園生活の中でもかなり思い入れのある先生だったりするのだ!


 基本的に優しくて、影で色々助けてくれる人なんだよ。


「退屈だなんて、別にそんなことないですよ? 空に浮かぶ雲にも形があって風情を感じます」


「はぁー、お前の口から風情なんて台詞が聞けるなんてなぁ。同級生が聞いたらえらく驚くんじゃねえか? 学園をサボってどこに行ってるかと思ったら、芸術の都サーキスタにでも行ってきたか?」


「生憎、そんな楽しい旅行じゃなかったですよ先生」


 嫌味を言われてるんじゃなくて、不器用な先生なりのスキンシップ。

 

 この人だけは俺を公爵家という色眼鏡で見なかった先生だ。

  真っ暗豚公爵時代、お前さすがに太りすぎだろと注意してくれたのはロコモコ先生以外にいなかった。


 大抵の先生方は俺の公爵家デニングという名前にビビり、真っ黒豚公爵としての振る舞いに呆れ近寄ってすら来なかったからな。


 生真面目すぎない、バランス感を持った先生だ。

 そういうところが生徒から人気がある理由なんだろうな。


「ロコモコ先生。いいんですか? 先生が今日の式から抜け出してくるなんて不真面目にも程があると思いますけど」


「面倒な話は終わったからな。というかなデニング。お前に不真面目扱いされることほど、ムカつくことはねえな。これまでどんだけの授業をさぼってきたよ、おい」


「まぁ、そういう時代もありましたね」


「遠い目をしてるんじゃねえ。つい最近の話だろうが」


 真っ黒豚公爵時代、好き放題してたからな。

 だけど座学の時は断トツの成績を叩き出してたから文句を言ってくる先生もいなかった。

 そういう所も俺が色んな先生から煙たがられた理由だろう。


「でもロコモコ先生。今ってプログラムはどんな感じなんですか? もう半分以上終わりました?」


「これから新任の着任する教師紹介だ。俺がいようがいまいが、変わらねえよ」


「なら半分以上終わったことになりますね」


 午後から夕方まで。

 びっちりと詰め込まれた始業式。

 お偉いさん方のつまらない話を何時間も聞かなくてはいけない皆に合唱。

 俺には何時間も仏頂面で誰かの話を聞くなんて無理だよ無理無理。


「それで確か……何人でしたっけ? 新しくこの学園の先生になったのは」


「二人だ。一人は実戦経験はゼロだが、由緒正しき家柄の三重の魔法使いおぼっちゃま。もう一人は――」


 嘗てこの学園には魔法学を担当する一人の女教師がいた。

 だけど、それは傭兵が偽った仮の姿であり。

 あの時の反省を活かしてか、今回は先生となる人間の素性調査を徹底的にやったらしい。


 ロコモコ先生がお坊ちゃまと言う新しい先生の一人は確か侯爵家の若きエリートだ。しかも三重の魔法使いトリプルマスターだから魔法学の先生としては滅茶苦茶優秀だ。

 しかも、この学園には若い先生は少ないから人気が出るだろうな。


 多分、女生徒から。ぐぬぬ。


「もう一人は――バリバリの現役軍人だ。北との前線では、ドストル帝国の魔獣調教師モンスターテイマ―を肉体強化――光の魔法すら使わずに圧倒したって噂もあるが、嘘か真か真偽は定かじゃねえ。デニング公爵、お前の父親からの信頼も厚いみたいだが、ていうか、この男は軍人だ。軍に関してはお前の方が詳しいだろ」


「いえ、俺はずっと勘当同然でしたから何も知りませんよ。ちなみに俺がダリス軍に対して持つ影響なんて――軍人が公爵家の人間に対して当たり前に持つ尊敬の念ぐらいのもんです。俺は公爵家の人間にも関わらず一度もに出たことはありませんから」


「……そうか、俺も軍の情報には疎い。だが、まあこれで……この学園は要塞並みの力を持つことになったわけだ。言っちゃあれだが、魔法使いである生徒も数に入れるとだな。クルッシュ魔法学園は今や前線基地並みの戦力だぞ」


「学園の安全性を国外にアピールする必要がありますからね。お陰で退学を希望する生徒の数はゼロです。この国の貴族であれば、あの事件の影響で退学したなんて思われれば腰抜けと揶揄される。だから貴族の中から退学者は出ないと予想されてたらしいですけど、国外からの留学生も誰も退学しないってのは正直、驚きました」

  

 何よりも魔法学園関係者が恐れていたのは、今回の事件が起きたことで退学者が出ることだ。

 だけど新たにらしい二人の先生が着任した。

 それもかなりの実力者。そこには少なからず王政府の横槍が入ってるだろうな。

 

「デニング。何か、勘違いしてねえか?」


「勘違い?」


「退学者がゼロとなった直接の原因は龍殺しの誕生。あいつらに夢を見せたお前の存在だ。王都にいたのなら、分かってるだろうが、騎士国家は未だ夢の続きを期待して……っていうのにお前は騎士である証の白外套を下敷きに……それにその食い散らかした食い物、食堂からぱくってきやがったな」


 屋上にずらりと並ぶ皿を見て、先生は呆れた表情だ。

 だけど、これぐらいぺろりと食べちゃうのが俺の凄い所なんだよなぁ。


「味見ですよ、味見。皆に変なものを食べさせるわけにはいきませんからね。だけど、問題ありませんでした。全部、うまいです」


「相変わらず口の減らねえガキだ。公爵家デニングの権力を、王室騎士ロイヤルナイトの威光を、そういった方面で使うのは我慢ならねえが目を瞑ってやる」


「へえ、優しいですね」


「代わりに答えろ。俺はずっとお前に聞きたいことがあったんだよ」


「何ですか? 俺に答えられることなら何でも答えますけど」


「俺はな、スロウ・デニング。お前は――陛下から強引に着せられた王室騎士の白をすぐに脱ぐものだと思っていたんだよ。だけど、俺の予想と反してお前は変わらず王室騎士を続けている。何故だ?」


「気付いたんですよ、先生。王室騎士の地位って便利だと。こんなに色々融通が利くなら、クルッシュ魔法学園の生徒も王室騎士になりたがるわけだ」


「馬鹿にするなよデニング。俺は先日、シルバとも会った。あいつもお前が王室騎士ロイヤルナイトを辞めるつもりだと思ってたみたいじゃねえか」


 へえ。

 先生は宮中の事情には疎いと思っていたけど、そっか。先生はシルバと仲が良いんだよな。じゃあ、その辺の事情は筒抜けか。

 ……ぶひぃ。


「デニング。お前最近、王都でこそこそやってただろ。一体、何を企んでやがる」


 俺は骨にこびりついていた肉を舐め取りながら、先生の視線を受け止めた。


 うーん。

 真っ暗豚公爵を卒業したっていうのにさ。

 どうやら俺ってロコモコ先生から余り信用が無いようであった。

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